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9 なんでも言うこと聞くから、ひどいことしないで


 武器屋でワイヤーを買った。

 店主によると本来はブービートラップに使われるものらしい。

 視認性を抑えるために塗られた黒い塗料は、暗殺者ムーブを好む俺からすれば嬉しい配慮だった。


 魔力を込めると蛇のように動く。

 強度・導電率ともに問題なし。

 いけそうだな。


「よお、全身ナイフ野郎。たまには単価の高い商品も買っていかねえか?」


 店主は剣やら槍やらを持って買ってほしそうな顔をしている。


「俺はナイフひと筋なんだよ」


「なら、ナイフだけ値上げだな」


「そうすると俺は別の店を行きつけにするから、ナイフがやたら高い変な店だけが残されることになるな」


「ちっ。毎度」


 こういう何気ない会話をしているとき、異世界に馴染みつつあることを猛烈に感じる。

 きっとほかの連中も似たようなものだろう。

 女神はなんでも願いを叶えると言った。

 元の世界に戻ることを望む奴もいるだろう。

 俺もクーラーがあって漫画やアニメが読める世界が懐かしい。

 だが、あと3年も経てば、そんな気持ちも過去のものになっているかもしれない。

 そもそも、なんでも願いが叶うなら、この世界にクーラーを輸入することも可能だ。


「あ、猫」


 路地裏に差し込む細い陽光の下で気持ちよさげに大あくびしている。

 猫と言えば、だ。

 ペルセーニャとは結局あれっきりだった。

 人気の剣闘奴隷は花魁並みに身請け金がかかる。

 俺にはとても無理だ。

 妹である保証もない。

 今度キャッツ姉さんに会ったら、闘技場にそれっぽい子がいたと伝えておこう。

 それで義理立ては終わりだ。


「ニャ……!?」


 猫が突然逃げ出した。

 慌ただしい足音がして、路地の奥を知っている顔が横切った。

 少し遅れてその後ろを2、3人の人影が走っていく。

 ただならぬ雰囲気と、厄介事の臭い。

 俺は『壁走り』で屋根に上がり、上から眺めることにした。


 逃走劇は袋小路で幕を下ろした。

 男3人に囲まれた少女がじりじりと後ずさる。

 少女は木製の杖を持っていた。

 杖頭には、ひまわりの花をかたどった大粒の魔石が八分咲きになっている。


 クリストンベルグ晶王国の国宝がひとつ。

祓闇はらやみの日輪杖』――。

『長杖の勇者』のみが持つことを許される聖武器だ。

 追われていたのは同級生、長津絵里花ナガツ・エリカだった。


「へっへ、追い詰めたぜ」


「ガキどもをさらって売っ払うつもりだったんだがな。こんなべっぴんな嬢ちゃんまでついてきやがった」


「冒険者かい? 高っかそうな装備してんな。しばらく食うにゃ困らねえぜ」


 男らの言葉通り、ナガツは背後に小さな子供たちをかばっている。

 浮浪児だろう。

 みすぼらしい身なりの子ばかりだ。

 そういえば、昔からナガツは捨て猫に固執する奴だったな、と思い出す。

 放っておけなかったのだろう。

 勇者の鑑だな。


 男はシャキンとナイフを取り出した。

 勇者様にそんなもんで挑むつもりか?

 自虐を言うようで癪だが、秒殺されるぞ馬鹿なの?


 いつ暴漢どもが吹っ飛ぶかと眺めていたが、


「おら、おとなしくしろやクソガキャ!」


「や、やめて! こんなのひどい……!」


「うわあああん! お姉ちゃん助けてええ!」


 ナガツはおろおろするばかり。

 あっという間に人質を取られてしまった。

 おいおい大丈夫か?


 いつものひまわりみたいな笑みは鳴りを潜め、ナガツは泣きそうな顔であたふたしている。

 オーブリなら有無を言わさずぶった斬りそうな場面だが。


「このガキ痛めつけられたくなけりゃヒヒ、まずはその可愛らしいスカートから脱いでもらおうか」


 ナイフをぺろりと舐めて男が言う。

 ナガツはスカートに手をかけた。


「わ、わかったから。なんでも言うこと聞くから、ひどいことしないで」


 いやいや、なんでそうなる!?

 脱いだところで状況が好転しないのがわからないのか、あいつは。

 脱ぐと見せかけて手痛い魔法をぶっ放つ。

 という展開かなと思っていると、ナガツは普通にパンツ姿になってしまった。

 長く伸びた脚と純白の生地が薄暗い路地裏に映えている。

 暴漢たちが揃って舌なめずりをした。


 どうするかな。

 助けに入るメリットを思いつかない。

 返り討ちになり、最悪死ぬかもしれない。

 うまくこの場を切り抜けられたとしても、顔を憶えられて後で面倒なことになるかもしれない。

 デメリットばかりだ。


「……」


 スルーするほうが利口。

 と結論付けたところで、ナガツに借りがあることを思い出した。

 借りたものは返すべきだ。

 それに、新しく習得した技を試すチャンスでもある。


 じっくり思案しているうちに、ナガツは上まで脱いでしまった。

 さっさと助けるか。

 俺はワイヤー付きの棒手裏剣を投げ下ろした。

『雷牙』で通電してやると、男の一人が、


「はぎゃっ」


 と叫んで卒倒した。

 隣の男の首にワイヤーを絡め、俺は屋根から飛び下りた。

 俺が下りるに合わせて、男は宙吊りになる。

 残る一人の脳天に肘鉄を食らわせれば、ミッション完了だ。


「勇者がゴロツキの言いなりになってどうする」


 俺はローブを脱いで半裸のナガツに投げてやった。

 あっけに取られていた顔に安堵の色が浮かぶ。

 涙がつつっと頬を滑り落ちた。


「ケイちゃああああああああんん」


 ナガツが子供みたいに泣きついてきた。

 肌色が目に痛い。

 上を見上げると、四角く切り取られた空に白い雲が流れていった。


ここまで、読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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