8 やだ! 私は誰も殺さない!
『闘技場に咲き誇るゥううううヤッ! 可憐なる桃の花アアアアア! すぅぅぱぅああああああああ! きゃっとぅガアああああああああルゥゥゥゥゥウ! 『鮮血の桃姫』ことぉオ、ペええええルセえぇぇぇぇぇニャあああああああああィアッ!』
進行役が選手を紹介すると、割れんばかりの歓声が闘技場を押し揺らした。
キャッツ姉さんの面影を持つあの少女。
名前はペルセーニャというらしい。
「対するはああああ! 宿屋通りのぉお女帝ええええええ! 鞭使いのテクニシャンんんんんヌゥ、ドエスニア陛ッ下ァアアアアア!」
対戦相手も女だった。
「女王様ああああ、お尻ぶっ叩いてええ」
「ブヒイイイイイイ!」
と観客が冷やかしている。
夜の女王みたいな人なのだろう。
「あの桃毛の獣人も剣闘士なのか?」
俺は隣のダメなおっさんに尋ねた。
「しゃ! 坊主おめえさん知らねえのかい!? 『鮮血の桃姫』ペルセーニャつったら、この闘技場でもイチニを争う使い手だぜ?」
「酒臭い。顔を寄せるな」
「なんつってもデビュー戦が伝説的でよぉ、20人もぶっ殺して、そんでもまだ止まりやがらねえ。客もぶん投げるわ貴族も蹴倒すわで大騒ぎも大騒ぎよ。結局、衛兵40人がかりで鎮圧したのさ。モノホンの狂戦士だぜ、ありゃ」
キャッツ姉さんは妹を捜していた。
容姿的特徴は一致している。
だが、20人抜きの狂戦士か。
コソ泥の姉とは釣り合いが取れないな。
「私、闘いたくないんです。負けを認めてください」
ペルセーニャは出し抜けにそんなことを言った。
気の弱い女の子が命乞いでもするような口調。
やはり、狂戦士の片鱗は感じられない。
「馬鹿言ってんじゃないよ! アタイは王都の夜を統治する女王様だよ! 子猫相手に逃げ出すわきゃないだろ。アンタなんかアタイのヤスリ鞭で生皮剥がしてカーペットにしてやるよ!」
鞭の先が火花を散らす。
その火が観客に燃え移ったようだった。
観客席は燃え上がっている。
そろそろ始まるだろう。
ペルセーニャは丸腰だ。
ナイフのひとつも持っていない。
それでも弱そうに見えない。
一見気弱に見えるたたずまいにも、喧嘩慣れした奴特有の落ち着きが見て取れる。
まず間違いなくペルセーニャが勝つな。
という見立てがあっという間に現実のものとなった。
「ぎゃん!」
顎を下から蹴り上げられたドエスニアが宙に弧を描いて背中から落下する。
圧倒的だった。
ペルセーニャには猫系獣人の身軽さと瞬発力があった。
パワー、スピードともに数段格上。
音速を超えるとも言われる鞭撃を見極め、苦もなくかわしていた。
手加減している節さえあった。
はっきり言って勝負になっていない。
ペルセーニャはいちおう武器を持っていた。
両手の先から光る爪が伸びている。
魔力を編んで作った爪で、長さは日本刀ほどもある。
それが十指すべてから生えている。
長さや形状は自由自在に変えられるらしく、指先という最も可動域が広い部位から伸びているのも強みだった。
八つ裂きになった鞭がその切れ味を物語っている。
「習得」
と一言つぶやくと小窓が開いた。
――――――――――――――――
『魔爪』を習得しました。
スキルポイント:170pt→155pt
――――――――――――――――
俺の指からニュッ、と光る爪が伸びる。
ひとつの指に魔力を集中すれば、最長で90cmほどになるだろうか。
俺の使う武器としては最長の間合いだ。
でも、燃費は最悪だ。
魔力がすごい勢いで燃やされるのを感じる。
必殺の隠し剣にしよう。
「殺せ!」
隣でそんな声が上がり、俺はギョッとした。
おっさんだけじゃない。
観客席のあちこちから殺せ殺せとヤジが飛ぶ。
本物の敗者を殺せだ。
さすが異世界。
「やだ! 私は誰も殺さない!」
ペルセーニャの毅然とした声で一瞬の静寂が訪れた。
その反動とばかりに大ブーイングが起きる。
かえって火に油を注いだようだった。
「ったく、早く殺っちまえよぉ。ペルセーニャちゃんはなあ、強いは強いんだが優しい子だからなあ」
「勝敗はすでについている。別に無理に殺す必要はないんだろ?」
「あ? 闘技場ってのは誰が誰をどうぶっ殺すか、それを笑いながら観るところだぜぇ? 勝者が敗者をバラすまでがショーだろうがよ」
「糞みたいなショーだな」
「だから、面白れえんだろうが!」
おっさんが嬉々として殺せコールを行う。
観客席は総立ちだ。
通路を埋め尽くしていた立ち見客も酒の売り子もみんな一緒くたになって殺せ殺せの大合唱。
暴動のように沸き立ち、なおも一体感を増しながらヒートアップしていく。
耳が馬鹿になりそう。
ペルセーニャは頭の上に載った三角耳を両手で押さえ、しゃがみ込んでいる。
「わたくしの可愛いペルセーニャ。とどめを刺しなさい」
暗く陰った貴賓席の奥からそんな声が投げかけられた。
闇から伸びた白い手の先で指輪が赤く光る。
呼応するように、ペルセーニャの首元が光り始めた。
首に魔法陣のようなものが見える。
「なんだあれ」
「はあ? 奴隷紋だろ。ペルセーニャちゃんは剣闘奴隷だかんなあ。こっからが見ものだぜ、ひょー!」
おっさんは目の端まで充血させて食い入るように見下ろしている。
「いや、やだやだ! 動かないで……!」
ペルセーニャは自分の脚に向かってそう言ったようだった。
ふらふらと立ち上がると、右手を前に出した。
左手がその手首を掴んで止める。
まるで勝手に動く手脚と格闘しているような滑稽な絵ヅラだった。
右手の先から魔爪が伸びた。
風に吹かれたろうそくのような頼りない爪だったが、次第に研ぎ澄まされていく。
気絶しているドエスニアに爪が向けられた。
ペルセーニャは嫌だ嫌だとしきりに首を振っている。
それでも体は止まらない。
つまり、あれが奴隷紋の効果か。
脳から出た命令を首でカットし、主人の命令を首から下に伝えているのだろう。
よって、意思とは関係なく体が動く。
「嫌ああああああああああ」
殺せコールの中に金属音じみた叫び声が響いた。
「いやああああああ! いやあああああああ! やだやだやだああああ!」
ペルセーニャも必死だ。
でも、体は否応なく動き、爪の先がドエスニアの胸に振れる。
「いやあああああああああああああああああああああ」
聞くに堪えないな。
それでも、普段の俺なら止めなかったと思う。
今回は特別だ。
ペルセーニャにはキャッツ姉さんの妹疑惑がある。
俺は右手をサッと振った。
投げたのは細軸の棒手裏剣。
少量の麻痺毒を塗布してある。
ペルセーニャのふくらはぎにトスンと突き刺さった。
魔爪が霧散し、ペルセーニャの体が倒木のように倒れる。
桃色の乱れた髪の隙間から真っ赤な瞳が俺を見ていた。
すごいな。
これだけの大観衆の中から攻撃者を探し当てるとは。
本人の気質に反して、戦う才能は天賦のものらしい。
風船が萎むように興奮の波が引いていった。
おっさんは座席から転げ落ちてのたうち回っている。
「んだよおおおおお! いつも殺してんのに、なんで今日に限って殺さねえんだよおおおお! おいらの100クリスがああ! んごおおおおおお!」
ペルセーニャの「勝利」と「誰も死なない」の条件に銀貨を突っ込んでいた俺はまたしてもボロ儲けだ。
でも、これはイカサマだな。
「そんなに欲しけりゃくれてやるよ」
俺はおっさんの頭に銀のシャワーを降らせた。
薄汚れた金に思えて持っていたくなかった。
「うおおおおおおお神様ああああああ!」
おっさんが喜んだのは一瞬だけ。
すぐに金欠の客が殺到し、人間の洪水に呑まれて消えた。
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