6 俺は自分のノルマを達成できればそれでいい
「なんつぅかよ、必死だなニョモモ」
オーブリは大剣を背中の鞘に納めながら鼻で笑った。
後ろに武装した男女数名を従えている。
さしずめ勇者パーティーといったところか。
「いやいや、褒めてんだぜフニョ。トロールなんざオレからすりゃ雑魚だがよ、こんなデカブツをよくもまあナイフだけで倒せたもんだミュ」
「……」
褒めているという目つきではない。
鼻の奥に目がついているのかってくらい思いっきり見下してくる。
「その小洒落た話し方はこの世界の流行りか何かか?」
俺は投げナイフを回収しつつ肩を竦めた。
オーブリは少し気恥ずかしそうな顔になっていた。
それを舌打ちで誤魔化して、
「いやオレ今、語尾でスキポ稼いでんだニュ」
スキポというのはスキルポイントのことだろう。
「語尾で稼ぐ?」
「好物を控えるとか、1週間風呂に入らねえとか、なんだっていいんだピョ。自分に制限をかけりゃ、その分ポイントが増えるんだってよココパァ。そういう呪術があんのさムニョンモ」
「願掛けみたいなものか」
「そういうことだみゅん」
オーブリはもうスキルポイントがカツカツらしい。
生存に振れば攻撃面が下がり、攻撃に振れば生存面が疎かになる。
ポイントが限られる以上、必ずどこかに無理が生じる。
持て余している俺がおかしいのだ。
「……」
「……」
馬鹿にされたとでも思ったのか、オーブリは俺に詰め寄ってきて間近に見下ろすような真似をした。
たしか身長188センチだったか。
「中1の頃は俺のほうが高かったんだけどな」
「もうあの頃のオレじゃねえポヨ。舐めてると殴んぞポポン」
「そいつは恐ろしいな」
オーブリの右手が動いた。
裏拳気味に飛んでくる。
頭を引いてかわすと、今度は固く握られた左手が俺のみぞおちに突き出された。
俺はその手をはたいて、いなした。
「チッ。セイノてめえ、相変わらずイカれた動体視力してんな。……だニョ」
オーブリは腹立ちまぎれにトロールを殴りつけた。
どごん、と車でもぶつかったような音がした。
聖武器は勇者の能力を強化すると聞いている。
いなした俺の手も痺れている。
「しっかしセイノ、お前みたいな雑魚味噌でも、いちおう勇者やってんだなミュ。ナイフで世界を救うのかニョ? 見上げた雑魚だなッパラッパ」
「馬鹿言うな。勇者なんかやりたいわけないだろ。俺は自分のノルマを達成できればそれでいい。他人のためにコストを払うつもりはない」
「……」
オーブリはほんの一瞬バツの悪そうな顔になり、目を泳がせた。
「チッ。まあ、雑魚はおとなしく男娼でもしろっぽ。魔王はオレが倒すプン。そして、オレは世界最強になるニョ」
「そうか。忙しそうだな」
「そうだぜコニョっきゅ。強者絶対だニョ。どこの世界でも同じだが、こっちの世界はその差が如実に表れるっぴ。雑魚は大変だなプイプイぽんっ」
お前のほうが大変そうだな、と思ったが、また拳が飛んできそうなので言わないでおく。
オーブリは俺に中指を立てると仲間を連れて森の奥に入っていった。
「雑魚味噌か」
俺が30分がかりで倒したトロールをオーブリは一撃で屠った。
それも何事もなかったかのように去っていった。
持って帰れば3万クリスになるトロールの耳にも見向きもしなかった。
金には困っていないのだろう。
実力、資金力、組織力、武器の性能。
差は歴然。
ゴブリンを狩れるようになったくらいで強くなった気でいた俺が馬鹿みたいだ。
「――『風舞大刃』習得」
同じ剣技が使えればと試してみたが、習得に失敗した。
大剣用の剣技だからだろう。
「困ったものだな」
しょせん短剣術は護身術の域を出ない。
装備している武器も市販品。
女神より与えられたという聖武器に勝てるはずもない。
斬り結んだりしたら鍔迫り合いになるまでもなく一撃で砕かれるだろう。
「はあ」
勝利の余韻はいつの間にか過ぎ去って、俺の胸の中は梅雨の夜みたいにしみったれた空気になっている。
やめよう。
人と優劣を比べることには生産性がない。
「別に勇者になりたいわけじゃないしな」
スキルポイントはまだ200pt近く残っている。
課題があるなら補える技を見つけるだけだ。
王都に戻る前、ちらっと2体目のトロールに目が向いた。
耳を持って帰れば討伐報酬3万クリス……。
10日は寝食に困らない。
誰も見咎める者はいないし、オーブリも文句は言うまい。
魔が差していないと言えば嘘になる。
でも、やめた。
リリアナに良識ある大人の姿を見せるつもりでここに来たんだ。
それを思い出した。
俺はシーフだが、恥知らずじゃない。
勇者にもなれなくてもいい。
でも、志くらいは高楊枝でないとな。
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