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4 暗殺者って感じだな


 ものが動けば音が出る。

 身動きを止めても呼吸音と心音は消えない。

 どんなに息を殺しても、気配は抑えようもなく匂い立って周囲に存在感を振りまいてしまう。


「だからね、あえて大胆に歩く忍び足ってのもあるんだよ」


 我が師キャッツ姉さんはそう説いた。


 たとえば、貴族の屋敷に盗みに入るとする。

 こそこそとしていたら露骨に怪しい。

 床がギィと鳴るたびに、誰の足音だ、と家主は訝しむだろう。

 だが、はばかりなくギシギシ歩けば、どうだ?

 使用人の誰かだと思わせることができるかもしれない。


 忍ばずして、忍ぶ――。

 盗っ人七技がひとつ、スキル『忍び足』の極意はそこにあるのだそうだ。


 俺は今、ナイフを手に森を歩いている。

 つま先立ちして猫のような歩幅。

 すぐ目の前には緑の頭。

 ゴブリンである。

 巣穴の周りを警ら中らしい。


 もうかれこれ3分になるだろうか。

 俺はこいつの後ろにぴったりくっついて歩いているのだが、一向に気づかれる気配はない。

 歩幅と歩くペース、呼吸音までも完全に同期させることで、俺はゴブリン自身が放つ気配おとと一体化している。

 音を立てないのではなく、音を合わせるという忍び足だった。


「ギギ……?」


 鼻をヒクヒクさせながらゴブリンが振り返った。

 つぶらな瞳が俺を見上げる。

 その瞳の奥にある当惑の色が驚愕に変わるより早く、俺はナイフを真一文字に振り抜いていた。


「……ッ・・、ォ……ぉ!」


 ゴブリンは紫の血をだくだくと流しながらも助けを呼ぼうとした。

 しかし、口から出たのは紫のあぶく。

 こいつらが壊れたラッパみたいな声で仲間を呼ぶことは前回の失敗から学んでいた。

 だから、初撃で声帯と頸動脈を断ち斬った。


 ゴブリンは声なき悲鳴を上げながら喉を掻きむしっていた。

 だが、ほどなく事切れた。


「あっけないな」


 快勝だ。

 満身創痍で死闘を演じた数日前の晩が嘘みたいだ。


 同じ方法で2匹目3匹目も難なく仕留めた。

 コツを覚えたら拍子抜けするほど簡単に勝負がつく。

 スキル様様だ。


 それでも俺自身が格段に強くなったわけではない。

 試しに真正面から1on1で挑んでみたら、普通に苦戦した。

 短剣術があるから以前ほどではないにせよ、やはりナイフの攻撃力は木の棒より多少マシといったレベルらしい。


 ゴブリンは群れで行動する。

 俺ではどう足掻いても群れを相手取ることはできない。

 だから、背後から近づいて手早く1匹倒したら、耳を切り取ってすぐさま『逃走術』で離脱。

 警戒心がゆるむまで『潜伏』してやり過ごし、また背後から奇襲する。

 というチキンな立ち回りが俺の基本戦術になった。


「暗殺者って感じだな」


 忍び寄って急所に一撃。

 正面切って戦うことは絶対にないし、1匹ずつしか狙わない。

 クラスの誰かが今の俺を目にすれば、それが勇者の戦い方か、と眉をひそめるはずだ。

 でも、どうせ俺が勇者を名乗ってもみんな笑うんだ。

 だから、気にするだけ無駄。

 俺なんかこんなもん。

 そう割り切って、毎日ひたすら同じことを繰り返した。


 ある日、運命的な出会いがあった。

 王都の広場で大道芸人が投げナイフ芸を披露していた。

『投剣術(コスト5pt)』を習得できたのは勿怪の幸いだった。

 死んだゴブリンが持っていた矢毒と組み合わせることで、戦い方のバリエーションが一気に広がった。

 毒投げナイフとの出会いだった。


 有効射程は10メートルほど。

 リーチの短いナイフ使いにとってこの距離は破格だ。

 当たれば数秒で呼吸中枢が麻痺。

 すみやかに死に至る。

 塗布量を調整すれば麻痺投げナイフとして使えることもわかった。

 俺はあっという間に投げナイフの虜となった。


 ひと月が経つ頃には、ゴブリン狩りも慣れたもので、日に10匹は倒せるようになった。

 ノルマには十分なはず。

 ただ、日に10匹倒したところで、討伐報酬は2500クリス程度。

 激安宿が1泊1250クリス。

 1日の食費はどんなに切り詰めても750クリスはかかる。

 俺は毎日500クリスずつ貯める日々を命懸けで送っていた。


「キミキミ、面白い服着てるネ」


 と通りすがりの好事家が制服を20万クリスで買っていかなければ今も出口なき赤貧地獄をさまよっていたはずだ。

 かくして、俺の懐は突然マグマでも流し込まれたみたいにアッチアチになったのだった。


「ということで、装備を整えに来た」


「ああ。よく売りもんを落としやがるクソガキか。なんでパンイチなんだよ……きめえ」


 武器屋の店主は早くも帰ってほしそうな顔だ。

 先に10万クリスを叩きつけてやったら、まあゆっくりしていけや、と幾分か態度も軟化したのだが。


「ナイフをあるだけ見せてくれ」


「そっちの棚のは全部そうだ」


「この斧みたいなヤツも?」


「そいつは、ブッチャーナイフ。狩人が獲物の解体に使う。太い骨もバツンとひと振りだぜ」


「手裏剣もあるじゃないか」


「シュリんケ? そいつは投擲用ナイフだな。回転させて斬るのと、投げて突き刺す用がある」


 刃渡り40センチ超の、マチェットタイプの大型ナイフ。

 指の間に隠し持てる超小型ナイフ。

 ノコギリ状のもの、刺突専用のもの、波打ったもの。


「いろいろあるな」


「ナイフってのは魔導書の次に種類が多い武器だからな」


「全部くれ」


「クソガキなんて言って悪かったな、親友!」


 俺はメイン武器を黒塗りのマチェットに定め、投げナイフと手裏剣、ブッチャーナイフを革鎧の裏やらベルトの隙間やらに押し込んでいった。


「よお、全身ナイフ野郎!」


「そう見えるか?」


「ああ、町を歩くにはちょいと物騒だ。サービスでローブ1枚つけてやるよ」


 結局20万クリスを使いきってしまったから、ありがたい。

 俺は迷わず濃紺のローブを選んだ。

 夜の闇に潜むためだ。


「暗殺者って感じだな」


「暗殺者は暗殺者って感じのナリはしてねえよ」


 武器屋は腹を抱えて笑っていた。


ここまで、読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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よろしくお願いします!

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