22 ま、ノルマ分くらいはな
「おい、来たぞ!」
「英雄様のお帰りだ。配置につけ、お前ら!」
冒険者が数人、俺を見てそんなことを言った。
意味ありげな笑みを残して冒険者ギルドの中に駆け込んでいく。
ギルドに顔を出せ、と武器屋の店主から言われたから来たのだが……。
「……」
ギルドはシンとしている。
だが、扉を一枚挟んだ向こう側には多くの気配がある。
息を殺して今か今かと獲物を待ち受けているような、そんな気配。
「ケイ様、様子がおかしいです」
ペルセーニャも爪をほんのり光らせて警戒心をあらわにしている。
まあ、真っ昼間の王都だ。
扉を開けた瞬間蜂の巣にされるということもあるまい。
それに、美少女の前で二の足を踏むのは男が廃るような気がした。
俺はあえて勢いよく扉を押し開けた。
ぱん、ぱぱん、と破裂音がした。
中には満面の笑みをたたえた冒険者やギルド職員らが何十といて、紙吹雪と紙テープが吹き抜け越しに上の階から降ってきた。
雰囲気はお誕生日会ドッキリ。
戦闘モードになっていたペルセーニャも「ふにゃ?」と戸惑いの声を上げた。
「いよっ! 竜殺し!」
「王国最強の男ォ! 勇者なんか目じゃねえぜ!」
「ゴブしか狙わねえ陰気な奴だと思ってたが、やるじゃねえか坊主よォ!」
顔ぐらいしか知らない冒険者たちが雪崩みたいに殺到した。
髪をぐしゃぐしゃにされ、肩と尻を叩かれ、これでもかと賛辞を浴びせられる。
どういう状況だ?
わからん。
なぜ、晶峰竜討伐の真相が周知の事実になっている?
「目撃者が! いましたからね! 人の口に! 戸は! 立てられませんよ!」
リリアナが人垣の間でぴょんぴょんしながら教えてくれた。
ロビーに併設された酒場のほうを指さしている。
そこで、知っている顔が大酒を飲んでいた。
ゼンベットだ。
「勇者ってのもよぉ、大したことねえぜ? 派っ手に出陣式までしたくせによぉ、まるっきりイイトコなしだったのさぁ。惨めに悲鳴上げて遁走しやがってダハハ! あの逃げっぷりなら魔王でも追いつけねえわなぁ!」
「なるほど」
あいつがしゃべって回っているのか。
勇者の悪評を立てるとは怖いもの知らずだ。
早晩、衛兵にしょっ引かれることになるだろう。
奴にはいい薬かもな。
「表向きには勇者様方の手柄となっていますが、わたしたちはケイさんが頑張ってくださったことを知ってます。いつ帰ってくるかなぁってみんなでお祝いの準備をして待っていたんですよ!」
リリアナの言葉で、全員がそうだそうだと頷いた。
晶峰竜討伐は冒険者ギルドの悲願。
表立って祝福はできないが、せめて内輪で盛り上がろうとそういうわけか。
俺は冒険者たちに背を突かれ、赤い蝶ネクタイとパーティーハットをつけさせられて、即席の演壇に担ぎ上げられた。
そこでギルドマスターを名乗る太ったおっさんの祝辞を聞き、拍手やらシャンパンシャワーやらを全身で浴びて、ひたすらされるがままになった。
こういった雰囲気は苦手だ。
主役はなおさら……。
俺はさっさと逃げ出したい気分だったが、
「さすが真の勇者ケイ様です! みんなケイ様のこと褒めてくれてます!」
とペルセーニャは最前列で推しのライブでも観ているみたいに大興奮だった。
「――よって、貴君に『特一等滅竜記章』及び『偉大なる勇気記章』並びに『勲一等傷痍生還記章』を贈るものとする」
ギルマスが厳かにそう言い、リリアナが俺の胸にブローチをつけると、ロビーが拍手でわっと賑わった。
受け取ったものの価値が左腕に釣り合うとは思えない。
すぐ外の通りでやっているパレードと比べたら質素なものだ。
でも、送られる拍手の温かみは本物だ。
俺はそう感じた。
「ケイさん、こちらもお受け取りください」
リリアナが慎重な足取りで木箱を持ってきた。
外面は漆塗りで、内面はビロード張り。
そんないかにも高そうな箱にひと振りのナイフが納められている。
形状はククリ。
クリスタルのような涼やかな刃だ。
「銘は『晶峰爪クリュスナ』。ゼンベットさんが持ち帰った晶峰竜の爪から削り出した一品です。賞金は勇者様のものになってしまいましたから、せめて何かご用意できないかと思いまして」
お前にはもっとお似合いの武器があるぜ、と武器屋の店主が言っていた。
これのことか。
見た感じ、少し重そう。
今にも砕けそうなビジュアルだが、かなりの業物だ。
なんたってオーブリの大剣と斬り結べるほどの爪だ。
俺の『目利き』スキルよれば、数百万クリスはくだらない。
でも、光るのはよくないな。
後で艶消ししないと。
「ありがとう。嬉しいよ」
片手で受け取る俺を見て、リリアナの瞳が揺れた。
「ケイさぁん……!」
と胸に飛び込んでくる。
泣いているみたいに小さな肩を震わせていた。
「わたしが……わたしが焚きつけたせいで、ケイさんが腕を……」
それはどうだろう。
どのみち俺は討伐隊の様子を見に行っただろうし、リリアナがゼンベットを紹介してくれたから道中も快適だった。
「償いをさせてください。わたし、ケイさんをお世話します。一生かけて」
ロビーが沸き立った。
ひゅーひゅー、とベタすぎる声が上がる。
「あー、そのことなら心配無用だ」
俺は鎧の左手でリリアナの頭をなでた。
泣きっ面の前でグッパーして見せる。
「この通り、なんとかなりそうだからな」
「じゃあ、わたしの一生のお世話は?」
「必要ない」
「……」
リリアナの目が死んだ。
と、ここで、ペルセーニャが軽々と演壇に上がり、俺に寄り添う。
「ケイ様は私が支えますから大丈夫ですよ!」
リリアナは脳天に散弾銃を浴びたような顔になった。
「け、ケイさん、その女、誰ですか? リスですか!? リリアンですか!? わたしも猫耳生やせば振り向いてくれますか!?」
興奮して暴れるリリアナを先輩受付嬢らが引っ張っていく。
絵ヅラが修羅場だ。
でも、冒険者たちには大受けだった。
「討伐おめでとう! 最高にかっこよかったぜ、ケイ!」
「オレら、見てたぜ! お前が晶峰竜の野郎をぶっ殺すとこをよ!」
「マジで勇者より勇者してたよなァ!」
シャンパンで水かけっこが始まると、見たこともない冒険者たちがそう言い募ってきた。
「見ていた? ……ああ」
そういえば、と思い出す。
あのとき、突然誰もいない方向から火の玉が飛んできた。
俺とゼンベット以外にもあの場に冒険者がいたのだ。
リリアナが俺を焚きつけたように、ほかにも一丁噛みしようと思った連中がいたのだろう。
褒められて悪い気はしない。
反面、見ていたのなら参戦しろよ、とか思ってしまう。
まあ、彼らは俺と違って頭パーではなかったということだろう。
でも、不安だ……。
事実が万人の知るところとなるのも時間の問題だと思う。
勇者が逃げたなんて話が広がれば、ろくなことにならない。
冒険者たちのバカ騒ぎを見ていると、そんな心配もすぐにどうでもよくなった。
「皆さん楽しそうです。ケイ様が頑張ってくださったからですね!」
ペルセーニャは心底嬉しそうに笑った。
「さあ、どうだろうな」
俺は首をすぼめて曖昧に返した。
晶峰竜に挑んだ件は軽率だったと思っている。
でも、この笑顔を見れば助けてよかったとも思う。
俺はもう大人になってしまった。
子供に戻ることはできない。
赤マントをたなびかせて王都をパトロールしようなんて思わない。
それでも、いちおうは勇者だ。
少しくらい人助けして回るのも悪くないかもしれない。
「ま、ノルマ分くらいはな」
窓から射し込む日射しが水晶の刃をきらり、きらりと輝かせていた。
これにて完結です!
読んでくださった皆様、ありがとうございました!
次回作もよろしくお願いします!




