20 一緒に魔王を倒して世界を救いましょう!
「勇者ケイ様、助けてくださりありがとうございました!」
小川にかかる石橋の真ん中で、ペルセーニャは俺の手をとってそう言った。
潤んだ瞳が間近に見えている。
一瞬ロマンチックな雰囲気が流れたが、鼻を突くような異臭で台無しになる。
魚臭いな……。
こいつ、生魚を握っていた手で俺の手をとってやがる。
「私がこうして今ここにいられるのもケイ様が助けてくださったおかげです」
そこまで言ってから、ペルセーニャは顔をこわばらせた。
俺の左腕が目に入ったようだった。
「私のせいでごめんなさい。私が助けてなんて言ったから、ケイ様は左腕を……」
涙がじわっと噴き出してきて、それ以上、声にならなかった。
「お前のせいじゃない。命令されてどうしようもなかったんだ。責任も過失もないんだから謝る必要もない」
俺は自分で選んでトチっただけだ。
こうならない未来もあったのに、こうなる未来を選んでしまった。
それについて他者をとやかく言うつもりはない。
「でも、このままでは私の気が収まりません。私、ケイ様に恩返しがしたいです!」
「恩なんか返してどうする? スッキリするのか? お前の自己満足に付き合ってやる必要がどこにある?」
変にまとわりつかれても面倒だ。
俺はあえて、すげなくはねつけた。
話は終わりとばかりに、あばら屋に向かって歩き出す。
だが、ペルセーニャのほうが一枚上手だった。
ピンクの頭が俺の左の脇の下からにゅっ、と出てくる。
体を支えるようにしているのは介助のつもりらしい。
「自己満足ではないです。そのままではご不便でしょうから、私がケイ様の左腕になります! ご満足させて差し上げます!」
「魚、触った手で引っ付かないでくれる?」
「いい匂いになってしまいますね!」
「生臭くなるよ……」
自称左腕のくせに早くも価値観が乖離している件について。
「私、どうしてもケイ様の力になりたいんです」
至近距離でキラキラした瞳を向けられると、どうにも居心地が悪い。
介助役失格だな。
お前もさっさと王都に帰れ。
「あのときも助けていただきましたし」
「どのときだ?」
「闘技場でのことです」
麻痺毒を塗った棒手裏剣を投げた件だと察しがついた。
「ケイ様のおかげで罪を重ねずにすみました」
罪、か。
無理じいされたとはいえ、毎日人殺しショーに参加していたのだ。
ペルセーニャが歩いてきた道には屍の山ができている。
20人殺しなんて話もある。
でも、不思議と怖いという感覚はなかった。
俺の体を必死に支えるペルセーニャは健気で優しい普通の子にしか見えない。
「……ああ、そうだ」
首の魔法陣が見えて、俺は思い出した。
握っていたものをペルセーニャに差し出す。
隷握の指輪だ。
「これはお前が持っていろ」
「でも、いいんですか? 私は奴隷で……」
「いいも糞もない。自分の主は常に自分だ。もう他人に主導権を渡すな」
ペルセーニャは細い指でそっと指輪を持ち上げ、それを大切そうに握りしめた。
しばらく目を閉じてじっとしていたが、不意に強い目で俺を見上げた。
「やっぱりケイ様こそ真の勇者様です。私は残りの人生のすべてをかけて勇者であるケイ様にご恩返しします! この指輪はケイ様が持っていてください」
「いや、たった今、自由になったばかりだろ。奴隷に戻ろうとするな」
俺は指輪を押し返した。
女の子を奴隷化して連れ回す趣味はない。
「ケイ様! ケイ様ケイ様ケイ様!」
「なんだよ?」
「呼んだだけですっ!」
何が嬉しいのかペルセーニャはうふふ、と笑って、よく懐いた猫みたいに頭を寄せてきた。
尻尾まで絡めてくる。
当分離れそうもない。
家猫に憧れる野良猫みたいな感じだろうか?
ちなみに、俺は家なし文なしだ。
懐かれても餌は出せない。
「さあ、これからどこに向かいますか? 前線で魔王軍と戦いますか?」
「っ?」
「これからは私もケイ様と一緒に戦います。一緒に魔王を倒して世界を救いましょう!」
陽光を浴びたルビーのように瞳を煌めかせ、ペルセーニャは意味不明なことをほざいている。
何言ってんだ、こいつは。
俺が魔王を倒す?
ないない。
ナイフで倒せる魔王なら聖武器なんてそもそも存在しないだろう。
女神もわざわざ異世界から勇者を動員したりしない。
ナイフの流通量を増やせばそれですむ。
誰かがサクッとやってくれるはずだ。
魔王なんて知らん。
俺はこれからもノルマ分のゴブリンを狩って、その日暮らしをする。
それだけだ。
「私、知っていますよ。以前、エリカ様に聞きました。ケイ様は人助けが大好きで、子供の頃から町を守っていたんですよね!?」
「ぐふ……」
ナガツめ。
俺の黒歴史を吹聴するんじゃない。
「私のことも助けてくださいましたし。いずれ魔王を倒して世界を救うおつもりですよね?」
「いや、違うが?」
「違わないです、絶対! ケイ様ならきっと魔王を倒せます!」
ペルセーニャは1ミリも疑っていない様子だ。
こいつの中で俺はだいぶ美化されているらしい。
命懸けで助けてくれたから、どうしても綺麗に映るのだろう。
「私はケイ様の左腕です! どこまでも、おともします!」
ペルセーニャは忠犬のように尻尾を振っていた。




