19 なんか冷めたんだよ。ヒーローなんかいないんだってな
図体も声も態度も武器もデカイ勇者オーブリ。
そして、ショッキングピンクが目に痛い猫耳美少女。
この二人がいると、俺が病室にしていた畑横のあばら屋がひどく手狭に感じられた。
なので、リハビリも兼ねて村を歩くことにした。
村の名前はクリュスドルフ。
晶峰山を見上げる好立地にあるこの村は、観光に力を入れているらしく、乗合馬車があちこちに見られる。
村の中にも立派な水晶の柱が生えていて、ときおり刺すような光を投げかけてきた。
俺は小川にかかった石橋の中ほどに腰を下ろし、足を水に投げ出した。
骨折していた場所がまだ少し痛い。
「なあ、教えてくれ、ケイ。お前はどうしてあの竜に立ち向かえたんだ? それも、たった一人で」
ここまでの道中、ずっと難しい顔で黙っていたオーブリが重々しく口を開いた。
セイノじゃなくて、ケイか。
何か心境に変化でもあったのだろうか。
俺が答えずにいると、オーブリは焦れたように一歩踏み出した。
「あのときだってそうだったろ」
「あのとき?」
「中学ンときだよ。お前、オレを助けただろうが」
「ああ……」
思わぬ話題に飛び火したものだ。
俺は小川を泳ぐ小魚みたいに目を泳がせた。
あまり思い出したい話ではなかった。
中学1年の頃のオーブリはまだ俺より背が低かった。
ベビーフェイスで気弱。
少し太っていて、芋っぽい奴だった。
入学早々上級生に目をつけられ、ゴールデンウィークを待たず、いじめが始まった。
「体育館の裏で、オレは全裸でリンチされてた。そんとき、お前が一人で乗り込んできたんだ。スーパーヒーロー参上とかワケわかんねえこと叫びながらな」
「人の黒歴史をほじくり返すなよ……」
まだ俺がヒーローに憧れていて、町内パトロールとかしていた頃の話だ。
あの頃はどうかしていた。
「3年相手にたった一人で大立ち回りだ。お前は何回も殴られてんのに何度だって立ち上がって殴り返してよ、ハハ。今思い出すと笑えるぜ」
「その話はしないでくれ」
顔が熱い。
川面には影しか映ってなかったが、これが鏡なら真っ赤な自分の顔とご対面したはずだ。
「黒歴史ってこたぁねえだろ」
オーブリは少し怒ったようだった。
「ケイ、オレが最強に固執する理由がわかるか?」
ざあああんん、と水しぶきが上がる。
オーブリが小川に飛び込んだのだ。
ざばざばと水を掻き分けて、オーブリは俺の正面に立った。
やや見上げ気味に言った。
「お前だよ、ケイ。オレはお前に憧れてんだよ」
面と向かってそう言われた。
「オレはあのとき、怖くて立ち向かえなかった。だが、お前は違う。多勢に無勢、先輩相手に殴り込んできてオレを助けた。オレはあのときのお前に憧れてたんだ。お前みたいに強くなりてえって思ったんだよ」
真っ直ぐすぎる目は高2になった今の俺にはまぶしすぎた。
俺は目をそらした。
「そうか。……でもな。俺はお前を助けたことを後悔しているんだ」
「え……」
あの後、いじめっ子の3年生たちは厳重注意という名の無罪放免に終わった。
一方、俺は停学を食らった。
俺が殴った3年の一人が鼻を骨折する大怪我を負ったからだった。
警察沙汰にこそならなかったが、俺は親からは殴られ、先生からは煙たがられ、クラスでも急に暴れ出すヤバい奴認定された。
そして、中学3年間をぼっちで過ごすハメになった。
俺をヒーローだともてはやす奴は一人もいなかった。
「なんか冷めたんだよ。ヒーローなんかいないんだってな。ま、当たり前だが」
あの一件を境に、俺はヒーローごっこをやめた。
夢から覚めて、大人になったのだ。
そして、決めた。
他人のためにコストを支払うのはやめようと。
良心や正義漢で突沸みたいに動くのではなく、良識と損得勘定で打算的に動こうと決めたのだ。
痛い思いをしてそう学んだ。
その教訓をきっちり守れていたら、俺の左手はまだ左腕の先にあった。
俺はまだガキのままなのかもしれない。
「オーブリ、なぜ立ち向かえたのか、と訊いたな」
俺は立ち上がって背を向けた。
「誰かを守りたいとか、そんな高尚な理由じゃないんだ。勇気でも強さでもない。たぶん、俺は馬鹿だったんだ。短絡的なアホ。だから、考えなしに突っ込んで、今死ぬほど後悔している」
ペルセーニャは死なずにすんだ。
その結果には満足している。
だが、軽くなった左腕を見ていると、虚しさがこみ上げてくる。
考えないようにしても、やっぱやめときゃよかったと思ってしまう。
俺はヒーローではない。
人を助けたことを後悔する奴は、それを名乗る資格がない。
「俺はお前が憧れるような奴じゃない」
唾棄するようにそう言うと、
「そうか?」
と、すぐさまオーブリは疑義を呈した。
「それでも、お前は今もオレの憧れだぜ? 猫娘をかばって晶峰竜の前に立ちはだかったときのお前は、オレを助けてくれたときのお前とそっくり同じだった。昔見たお前のでっけえ背中を、オレはまた見たんだ」
「……」
「ヒーローかどうかは知らねえ。でも、最高に勇者らしいと思った。あれこそ、オレが求めてきた強さだ。そう思ったんだ」
オーブリは少し笑ったようだった。
「しかもお前さ、猫娘を守り切ったよな。この国最強のドラゴンをきっちり倒しやがった。すげえよ。やっぱし、お前はオレの憧れだ、ケイ」
オーブリがどんな目で俺の背を見上げているのか、俺にはよくわからなかった。
照れ臭い感じと、そうじゃないという反発が俺の胸の中でぐるぐるしていた。
よくわからん気分だ。
しゃぱっ、と音がして、オレたちの意識はそっちに移った。
ペルセーニャが魚を鷲掴みにした音だった。
土手を軽やかに駆け上がり、獲れた獲れたとばかりに満面の笑みで駆けてくる。
オーブリは少し意地悪な顔になった。
「そういやよぉ。その猫女、ずっとケイの話ばっかしてやがったぜ? かっこいいとか、立派だとか、素敵だとか、さんざんノロケ話を聞かされたな」
「だって、本当のことですから!」
ペルセーニャは嬉々として尻尾を振っている。
ここは照れるところだろ、と俺とオーブリは揃って肩を竦めた。
「治療費のほうはオレが持ってやってもいいぜ?」
逆さにしたブーツから水をドバドバこぼしながら、オーブリがそんなことを言った。
「なんせオレは10億の賞金首を狩った男ってことになってっからな。ま、ナガツと折半で5億になっちまったが」
頼む、と一言言えば、俺が抱えている悩ましい額の治療費はさっぱり消えるわけだ。
でも、妙なプライドがニョキッ、と伸びてきて邪魔をした。
「自分のケツは自分で拭く。借りを作る気はない」
俺はどうも他人に恩を感じると意地でも返したくなるタチらしい。
妹を見つけたら拾っといてくれ、というキャッツ姉さんの要望に応えるべく、わざわざ数日がかりで登山までしちゃうほどだ。
よく考えれば、だいぶトチ狂っている。
「おい、ざけんなよ。ドえれぇ借りがあんのはオレなんだよ。少しくらい返させろ」
オーブリは殴りかかりそうな剣幕だ。
こいつはプライドが身長以上に高いからこういう物言いをしているが、内心ではかなり罪悪感を抱いているのかもしれない。
「じゃあ、これをもらおう」
俺は指輪を手のひらの上で転がした。
今、オーブリの指から『抜盗術』でくすねたものだ。
隷握の指輪というらしい。
「あ、てめ。いつの間に……」
オーブリは髪を逆立てたが、取り返そうとはしなかった。
「さて、オレは帰ぇるかな。野郎と話すのにも飽きてきたぜ」
そう言って、チンピラ歩きで王都に進路を取る。
「ケイ、最強の称号はしばらく預けといてやんよ。オレはこれからも最強を目指す。お前はのんきに前を歩いてろ。すぐに追い抜いてやっから」
オーブリはスポ根漫画のライバルキャラみたいなセリフを残して去っていった。




