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18/22

18 20点だな


 俺は半死半生で麓の村に担ぎ込まれた。

 左腕の欠損に加えて、全身の骨折・打撲。

 どうやら肺にも穴があいていたらしい。

 村一番の治癒術師だという怪しげな風体の老婆が治療を買って出てくれたのだが、頭にロウソクを生やして呪文を唱えたり、首にネギを巻きつけてきたり、木の板で突然ぶっ叩かれたり、お世辞にも名医には見えなかった。

 そんなのでも骨折のほうはあっさり治ってしまった。

 だが、左腕が生えてくるなどという奇跡は当然ながら起こらなかった。


 7日7晩うなされ、ようやく病床から出てみて、びっくり仰天。

 晶峰竜討伐の功は勇者オーブリと勇者ナガツのものになっていた。

 これもまあ、当然と言えば当然だ。

 勇者が壊走した相手を通りすがりのナイフ使いが倒しました。

 そんなことが表沙汰になれば、勇者の沽券に、ひいては国王の威信に関わる。


 結局、得るものはなし。

 俺に残されたのは短くなった腕と激しい幻肢痛。

 そして、目玉が飛び出るような治療費だけだった。


「まあ、でも……」


 満足感はあった。

 あそこでペルセーニャを見捨てていたら、一生自分のことを卑下したまま過ごすことになったと思う。

 後悔がないと言えば嘘になる。

 でも、不思議と嫌な気はしなかった。

 強がりかもしれないが。


 俺はベッドに腰かけて外を見た。

 窓ガラスのない窓枠の向こうに綺麗な青空が広がっていた。

 よく耕した畑の、土の匂いがする。

 土間のひんやりした空気が足首に心地よかった。

 田舎のばあちゃんチという感じだ。

 宿泊費と食費を請求されていなければ、いつまででもここで流れる雲を眺めていたい。

 そんな気分になっていた。


「よお。元気か、セイノ」


 すだれを押し上げてデカイ奴が入ってきた。

 オーブリだ。

 家の外に、もうひとつ気配がある。

 入ってこないところを見るに、ナガツではないらしい。


「元気なわけないだろ。帰れ」


「お前、もったいねえ奴だな。あの竜殺しの大英雄、勇者オーブリ様が土産も持たずに見舞いに来てやったってのに」


「そうか。帰れ」


 それっきり会話は途切れた。

 オーブリは遠出用の外套を羽織ったまま入り口に突っ立っている。

 逆光で見えにくいが、バツの悪そうな顔だった。

 何か俺に対して言いたいことがある。

 そんなふうに見える。


 用件はなんとなく察しがついた。

 こいつは俺が晶峰竜を倒したことを知っているのだ。

 そして、竜殺しの名声と賞金の10億を横取りしてしまったことに一丁前に罪悪感を抱いている。

 そんなとこだろう。

 デカイ図体のくせして、しょうもない奴だ。


「何考えてやがる」


 ぼそっとした声でオーブリが訊いてきた。


「人助けなんてするもんじゃないなってことだ」


 俺はぶっきらぼうに答えた。

 結果を見ろ。

 損をして終わりだ。

 道端に人が倒れていても踏まないように通り過ぎるのが正解なのかもな。

 手間がかからないし、損することもない。

 俺はそれができなかったから今こんな惨めな目に遭っている。

 ホント馬鹿だよ。

 笑だろ?


「お前、オレのことを殴りてえんじゃねえのか?」


 しばらくだんまりしてから、オーブリは出し抜けにそう言った。


「どうして、そう思う?」


「お前にはオレを殴る理由があっからだ」


「はっきりしないな」


「オレがお前の手柄を横取りしたからだ」


 少し苛立った様子でオーブリは語気を強めた。

 かと思えば、悄然と下を向く。


「信じられなかったぜ。お前はたった一人であの竜を倒しちまいやがった……」


「なんだ、見てたのか」


「そうだぜ。オレは利口だからな。真っ直ぐ逃げると見せかけて物陰に飛び込んだ。相手は空を飛べるんだ。逃げてもすぐ追いつかれると思ってな、騎士どもを第2のおとりに使って自分だけ山頂にとどまったんだ」


 そして、一部始終を見ていた、と。

 ふーん。


「言いてえことがあんなら、言えよ」


 喧嘩を吹っ掛けるようにそう言われる。

 言いたいことは特にないな。

 俺がこんな目に遭っているのは、俺の選択の結果だ。

 合理的判断を放棄し、ゼンベットの制止も無視して、感情的に行動した。

 その結果、損をした。

 それだけのことだ。

 人に不満をぶつけたところで事態は好転しない。

 よって、言いたいことなどない。

 俺みたいにはなるな、ってことぐらいだな。


 また10分ほど沈黙の時が流れた。

 俺は窓枠をまくらにして、流れる雲をぼんやり見つめていた。

 オーブリは息を殺して下を向いているようだった。

 デカイ奴が押し黙っていると空気が重苦しい。

 早く帰れ。


「殴ってもいいんだぞ」


 オーブリはぼそっとそう言った。

 殴ってほしいのだろう。

 制裁を受ければ、けじめになるとか考えている顔だ。

 無論、俺は殴らない。

 お前はずっとモヤモヤしていろ。

 馬鹿め。


「殴らねえのか? なら、オレは帰るからな?」


 いいんだな?

 本当に帰るぞ?

 みたいな雰囲気をにじませながら、オーブリは出口までの短い距離を牛歩している。


 そのとき、家の外にいた気配が動いた。

 すだれがバサッと揺れ、田舎情緒にそぐわないピンク色の影が飛び込んでくる。


「オーブリ様は弱い人です!」


 ペルセーニャは張り倒すような声でそう言った。


「人を見下す弱さ。敵を侮る弱さ。勝てないと思ったら真っ先に逃げる弱さ。人をおとりにする弱さ。素直に謝れない弱さ。あなたは強い人なんかじゃありません。最強にはなれません。あなたは弱虫のばかやろーです!」


 目を真っ直ぐに見て、アッパーカットでもかますみたいに、ペルセーニャは激しい剣幕で迫った。

 オーブリは口をパクパクさせていた。

 母親に叱られた子供のようだった。

 心なしか図体も縮んだように見える。


「言うべきことがあるんじゃないですか。そのために、わざわざ来たんじゃないですか」


 諭されて、うつむく。

 オーブリは30秒くらいそうしていた。

 だが、突然、だあぁぁもおおおッ、と髪をわしゃわしゃし、観念したように土間にどっかりあぐらをかいた。

 俺を見つめてから、頭を下げる。


「すまねえ。それとあんがとよ。お前のおかげでオレらは全滅せずにすんだ。……チッ」


「20点だな」


 と俺は言う。


「あァ? 何がだ?」


「謝罪の評価だ。何に対する謝罪かが明確じゃない。マイナス20点。敬語じゃない。マイナス10点。舌打ちした。マイナス20点。なんか長居しそう。さっさと帰れ。マイナス30点。……よってお前は20点だバカヤロー」


「うるせえよ。こまけえな。そんなだから身長伸びねえんだよクソ雑魚が」


「顔が下品で口が臭い。マイナス20点。これでお前はゼロ点だな。オーバカが」


「殴んぞ、てめえ」


 口論する俺たちを見て、ペルセーニャはなぜか楽しそうに笑っていた。


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