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16 あなたは勇者様ですか……?


 討伐隊が逃げ去った山頂は、祭りの後みたいな静けさがあった。

 そんな中、重い足音が響く。

 晶峰竜が巨体に似合わぬ俊敏さで、小さな影を追っていた。

 ペルセーニャだ。


 懸命に戦っている。

 闘技場での経験からか、ほかの連中よりはまともに動けている。

 しかし、魔爪は簡単に砕けた。

 防戦一方だ。

 ほどなくペルセーニャも死ぬ。

 そこらへんに散らばっている赤い残骸と同じように、原型をとどめない姿でひねり潰される。


 絶対に逃げるな、戦え、と命じられた。

 だから、逃げ出すこともできない。

 死ぬまで戦い続けるしかない。

 ペルセーニャはたびたび顔を拭っていた。

 戦いながら、泣いているようだった。


 俺は水晶柱の陰に『潜伏』し、それをただ見ていた。

 隣ではゼンベットがすげえすげえ、と子供のように目を輝かせている。

 勇者一行VS晶峰竜――。

 夢のカードを心底満喫しているようだった。

 その対決は勇者敗走という形で決着した。

 今はペルセーニャがどう死ぬかをこいつは楽しみにしているのだ。


 不謹慎だと非難する資格は俺にはない。

 俺も見ているだけだからだ。

 だって仕方ないだろ。

 勇者の二人ですら手も足も出なかった相手だ。

 俺にどうにかできるはずがない。

 出て行けば確実に死ぬ。


 キャッツ姉さんには、そりゃ恩がある。

 でも、債務はない。

 別に必ず返さなきゃいけない借りじゃない。

 そもそも、ペルセーニャはキャッツ姉さんとはなんの関係もない赤の他人かもしれない。

 助けてやる義理さえないかもしれないのだ。


「ぎあ」


 そうこうしているうちに、ペルセーニャが被弾した。

 長い尾に打たれ、水晶のガレ場を丸太みたいに転がる。

 肌が裂けて全身真っ赤になる。

 それでも、まだ立ち上がろうとしている。

 戦おうとしている。

 オーブリにそう命じられたから。


「やだ! 誰か助けて……! 置いてかないでよ!」


 悲鳴みたいに泣きながらそれでも魔爪を伸ばして向かっていく。

 なんだこれ。

 胸糞の悪。

 変なめまいがする。

 ゴミ箱でもなんでもいいから蹴ってやりたい。


 逆らえない奴隷を置き去りにして逃げた連中にも腹が立つ。

 同じくらい自分にも虫酸が走る。

 腹を立てているくせに、助けに行く気はないからだ。

 助けないロジックをしっかり用意している自分が一番気持ち悪い。


「おい、おめえさん、変なこと考えてねえだろうなあ?」


 声を殺してゼンベットが言った。

 俺の服を引っ張っていた。

 俺はいつの間にか立ち上がっていた。

 ナイフのグリップに手をかけている。

 半ば無意識の行動だった。


「助けようなんて思うんじゃねえ。気持ちはわかるぜ。でも、見捨てろ。おいらたちにゃ関係ねえ死だ。闘技場でもバンバン死んでたろ。人間ってのは死ぬんだよ。こぼれてく命、一個一個拾ってたらキリねえぞ。大人になれ。見捨てるも勇気よ」


「わかっている。俺はここで飛び出すほど頭パーじゃない」


 合理的に考えろ。

 相手は勇者二人を軽々と退けた、晶王国最強の竜王。

 俺が出ていったところでミンチがひとつ増えるだけだ。

 助けに行きたいとか思っちゃダメだ。

 俺はそのへんの分別がつく人間だ。

 立派じゃないが、馬鹿でもない。


「やだよ! 死にたくない。やだやだやだ……!」


 聞くな。

 耳を塞げ。

 俺はここで息を殺す。

 ペルセーニャは見捨てる。

 下山して忘れる。

 俺の責任じゃないし、仕方がないことだったんだ。

 ここまで来ただけでも義理は果たした。

 容姿が似ているってだけで3日もかけて、山にまで登って、ここまで来てやったんだ。

 誠実すぎんだろ。

 十分すぎる。

 もういいだろ。


「誰か助けて! 勇者様あ……!」


 無論、見捨てる。

 みっつ数えよう。

 数え終わったら俺もさっさと逃げる。

 結果は後でゼンベットに聞く。

 さっさと逃げて、それでこの件は終わりだ。


「勇者様ぁああぁぁ……っ!」


 俺は心の中で数字を数えた。

 いち。

 に。

 さん。


「何やってんだよ、おめえさん! 頭パーなのかぁ!?」


 ゼンベットの押し殺したような声が遠くから聞こえた。


「俺はパーだったらしいな」


 そうつぶやく俺の声はみっともなく震えていた。

 目の前にバスよりデカイ顔がある。

 俺は頭パーのクソ馬鹿だった。

 みっつ数え終わって無策に飛び出してきた。

 倒れたペルセーニャの前に立ち、晶峰竜と睨めっこだ。

 ナイフも抜かずにな。

 アホすぎだろ、こんなの。


 だって仕方ないだろ。

 やっちゃったんだから。

 後悔で吐きそう。

 両目から汗がにじんできた。


 それでも、俺は背筋を伸ばした。


「ペルセーニャ、ひとつ質問」


 答え次第では頭パーどころじゃないな、と思いながら、俺は振り返らずに訊く。


「お前にコソ泥の姉さんはいるか?」


「っ……」


 後ろでペルセーニャがあっけに取られるのが気配でわかった。


「い、います……」


 小さな声でそう返ってくる。


「わかった」


 ペルセーニャはやはりキャッツ姉さんの妹だったらしい。

 俺は頭パーだ。

 でも、恩人の身内を見捨てるクソ野郎ではなかった。

 晴れ晴れとした気分で晶峰竜と向かい合った。


「あなたは勇者様ですか……?」


 そんな声が後ろから聞こえた。


「違う。俺はこういう者だ」


 俺は名刺代わりにブッチャーナイフを投げつけた。

 飛んでいく肉厚の刃が屋根瓦みたいに見えた。

 晶峰竜はあまり興味なさげにそれをかわした。

 不用意な奴だと思った。

 俺を軽視している。

 心底侮っている。

 そりゃそうだ、今の今まで人類トップクラスの戦闘力を誇る勇者たちを相手にしていたのだ。

 急に手ぶらで出てきたナイフ小僧に警戒するほうがおかしいよな。

 だから、怠慢を犯した。

 こいつは強いから知らないのだ。

 雑魚が雑魚なりに工夫を凝らしていることを。


 俺はブッチャーナイフにワイヤーをつけていた。

 ワイヤーに張力テンションをかけると、ブッチャーナイフはブーメランのように空を滑った。

 頭をそらして避けた晶峰竜を追うようにして、音もなく右目に吸い込まれた。

 目の前で打ち上げ花火が炸裂したような、凄まじい悲鳴が轟いた。


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