15 嘘……
多士済々。
居並ぶ18名はいずれも一騎当千の猛者ばかり。
晶王国の名を冠するクリストンベルグ山の、その頂に立つにふさわしい顔ぶれだった。
そんな彼らが揃って息を呑んでいた。
ごつごつと水晶同士がぶつかり合う音がする。
晶峰竜が小山のような巨体を動かすたびに、あたり一面に虹色の反射光が踊った。
討伐隊の陣容をひと渡り見渡して、晶峰竜は彼らの用件を察したようだった。
巨体を持ち上げ、翼をひとつ羽ばたかせると、押し潰すような大咆哮を轟かせた。
討伐隊が奇襲を行わず正面から乗り込んだのは、勇者一行の自負というより戦力十分という自信からだった。
だが、いざ敵の威容を前にすると気を呑まれたようでもあった。
そんな中、一人の少年が臆するでもなく前に出た。
抜き放った大剣を正眼に構えている。
そのまま何かを待つかのように静止していたが、やがてその顔がいびつに歪んだ。
「影打ちのままだと? なぜ、真打ちにならねえ。『竜種特効』は魔竜種にしか適応されねえってか? チッ、聖武器ってのも大概融通が利かねえな」
オーブリは徒労を感じる笑みを浮かべた。
「今日こそ、こいつの本気を見られると思ったんだがな。こんなとこまで登ってきたのに、とんだ骨折り損だぜ。マジ笑だな。遊んでやるつもりだったが、やめだ。とっとと始末して帰る」
肩に担いだ大剣がうなりを上げて振り下ろされる。
「大剣技『風舞大刃』――ッ!」
その一撃は晶峰竜の体を突き抜け、背後にある水晶柱を粉々に打ち砕いた。
しかし、とうの晶峰竜は打ち水をくらった猫のように不満げなそぶりをしただけだった。
「んだよ? 飛び技無効化スキルってか? なら、直にぶった斬ってやんよ。――スキル『電光石火』!」
閃光のような動きの中でオーブリは体をくるりと回転、遠心力を乗せた大振りの一撃を振り下ろした。
晶峰竜も動く。
巨体に似合わぬ俊敏さだった。
前脚が迎え撃つように走り、馬の胴ほどもある野太い爪が大剣と重なった。
ごつん、と。
硬い岩がぶつかるような音がした。
刹那の鍔迫り合いを演じる。
「おおおおあああああああッ!!」
野獣の咆哮を上げてオーブリは刃を押し込んだ。
しかし、水晶の爪は涼しい色の光をたたえたまま、砕けることはおろか削れることすらなかった。
オーブリの体を晶峰竜は軽々と弾き返してみせた。
「野郎! クソ硬てえじゃねえか! 刃ァ通んねえぞ!」
「わたしに任せてっ! 伏せてないと火傷しちゃうよ! ――『烈星砲』えいやあ!」
ナガツの杖から生まれた巨大な火球は、水晶のガレ場を溶解させ、赤黒い線を引きながら晶峰竜に向かった。
晶峰竜は翼をたたむと、真っ向からそれを受けた。
巨大な爆発が起こる。
早くも決着がついたかに思われた。
しかし、山頂に吹く強い風が爆煙を吹き晴らしたとき、まだ晶峰竜はそこにいた。
なんらダメージを負ったようには見えない。
分厚い水晶の甲殻が爆轟を受け流したらしかった。
「嘘……」
ナガツの短い声が騎士たちの怒声の合間に聞こえた。
『大剣の勇者』オーブリと『長杖の勇者』ナガツ。
二人は勇者の名に違わぬ規格外の力を振るい続けた。
討伐隊の勇士も何度となく波のように踊りかかった。
しかし、オーブリの大剣は銅鑼鐘のような音を立てるばかりで肉を断つには至らなかった。
ナガツの魔法も雨粒のごとく弾かれる。
なにより、晶峰竜の攻撃は二人を遥かに凌駕して苛烈だった。
晶峰竜の胸が赤熱し、牙の隙間から火炎が漏れる。
口ががぱりと開くと、炎の突風が山頂を薙ぎ払った。
騎士3人が一瞬で黒い塊になる。
動揺が収まらぬうちに、勇者パーティーの前衛2人が長い尾に弾き飛ばされ、水晶柱に激突。
赤い染みになる。
盾持ちの大男が盾ごと前足で叩き潰された。
晶峰竜は巨大な水晶塊を鷲掴みにすると、大空の高みからそれを叩きつけた。
大小無数に砕けた凶器が騎士をむごたらしく斬り裂き、あるいは、容赦なく潰した。
巨大な翼で陽光を遮る晶峰竜のその麗姿は、まさしく竜王と呼ばれるにふさわしい堂々たるものだった。
ナガツは杖を持ったまま棒立ちになった。
目の前で潰された騎士の血を頭から浴び、戦意を喪失していた。
オーブリは大剣を振り回してギャーギャー騒いでいるが、有効打とおぼしきものは皆無だ。
ヤンキーが金属バットでコンクリ壁を叩き続けるといった様子だった。
その威勢も長く続くものではなかった。
「こ、こんなのありえねえ。オレ……オレが一番強ぇはずなのに」
晶峰竜の尾がガレ場に弧を描く。
飛んできた水晶片がオーブリの頬をざっくりと斬り裂いた。
「う、うわああああああああ」
オーブリは初めて血を見たと言わんばかりに過剰な反応を見せた。
異世界に来てから手傷を負ったことがなかったのかもしれない。
それで目が覚めたようだった。
血の気の引いた顔が助けを求めるように左右に向けられた。
「お、おい、そこのお前! この奴隷女!」
桃色の髪の少女がびくりと肩を震わせた。
「お、オレたちが逃げる時間を稼げ! お前は絶対逃げるな! 戦え! 主はオレだ、言うことを聞け!」
オーブリの右手で指輪が光った。
ペルセーニャの首に赤い紋様が色濃く浮き出る。
「え、そ、そんな……」
取り乱すペルセーニャを置き去りにして、オーブリはいの一番に逃げ出した。
生き残った騎士がナガツを小脇に抱え、右にならえで後に続いた。
「勇者様、待って勇者様! みんなぁ……!」
ペルセーニャも逃げようとした。
だが、その足は意に反して晶峰竜のほうを向いた。
指先から光る爪が伸びる。
命令は絶対だった。
「待ってよ! 待って勇者様、勇者様ぁ!」
泣きすがるような声が開けた山頂に虚しく響いた。
誰も振り返らなかった。
俺はその一部始終を水晶の陰から見ていた。




