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14 ここが『晶峰』クリストンベルグ山だぜぇ


 踏みつけたその瞬間はザクッとして心地いい。

 だが、体重をかけるとキュキキ、と耳障りな音が鳴る。

 足元は半透明の結晶片で埋め尽くされている。

 割れたガラスの上を歩いているようだった。


「ここが『晶峰』クリストンベルグ山だぜぇ」


 前を歩く酔っ払いガイドが蹌踉とした足取りで振り返った。

 自慢気に広げた両腕の向こうに、キラキラとした絶景がある。

 水晶の山だ。

 山肌には緑の木々の代わりに大小無数の水晶柱が林立している。

 王都から馬車で2日。

 街中とは違う意味で異世界味を感じる光景だった。


「ゼンベット、あれは?」


 俺は山を見上げて目を細めた。

 8合目あたりに灰白色の地吹雪みたいなものが見えている。


「水晶ってのはな、お天道さんに照らされっと朽ちて砂になんのさ。風が吹くと、そいつが舞い上がって吹き下ろしてきやがる。目と肺をやられちまうんで、吸い込んじゃならねえぞ」


 そう言って、ガラス製のゴーグルを渡された。


「こんなのでもプロだな。ゼンベットがいてくれて助かるよ」


「こんなのは余計だっつの」


 ゼンベットによると、この山には魔物はおろか動物すらろくに棲んでいないらしい。

 いるのは、せいぜいネズミやコウモリ、それを食べるテンと鷹くらいだそうだ。

 植生は皆無。

 気休め程度に苔が生えるだけ。

 これでは、生息できないのだろう。

 魔物や狼の群れに気を払わなくていいのは好都合だった。


「ゼンベット、この見事な水晶を見てくれ。高く売れそうだと俺の勘がさっきからうるさい」


 俺は、それはもう見事と言うほかない水晶柱を聖剣のように構えた。


「そんなもん、いくらでも落ちてんぜ。二束三文にもならねえな」


「そんなもんか」


 綺麗なものには値打ちがある。

 そう思いがちだが、こうもたくさんあると商売にならない。


 物見遊山で来ているからだろう、俺は修学旅行で秋芳洞を訪れたときのことを思い出していた。

 土産物屋で紫が綾なアメジストを買ったのだ。

 一目惚れだったな。

 スマホの前にアメジストを掲げ、その煌めきの向こうに秋吉台の遠景を収めた。


 ちなみに、そのアメジストの産地はブラジル産。

 秋芳洞1ミリも関係なかった。

 笑える話だ。


 オーブリたち討伐隊は馬が通れる平らなルートで登頂を目指すようだ。

 俺たちは徒歩。

 討伐隊を見下ろす位置を維持しながら、急峻な山肌を登っていく。

 標高は2000メートルほど。

 1日で登れない高さではない。

 それでも、登山道が整備されているわけではないので、山の中腹で一晩明かすことになった。


 持ってきた薪に火をつけ、焚き火を挟んで座る。

 オレンジ色の火に照らされた水晶と、夜空を彩る星がなんともロマンチックだった。


「これでゼンベットが絶世の美女だったら言うことなしなんだが」


「お、奇遇だな。おいらも同じこと考えてたとこだ。ペルセーニャちゃん、こっち来てくれねえかな」


「まったくだ」


 このペースなら明日の午前中には戦端が開かれるだろう。

 自然と晶峰竜のことが話題に上がった。


「竜ってのは恐ろしい生き物だぜぇ? 人間様ほどじゃねえが頭がいい。パワフルで俊敏、なにより奴らは油断しねえのさ。過信もねえ。人間みたいな非力な生き物にも容赦なく全力でぶつかってきやがる。な、恐ろしいだろ?」


「竜ってやつぁ悠久の時を生きるもんだがよぉ、300年以上生きてやがる個体はとにかく別格よ、別格。そいつらはな、『竜王ドラゴンロード』とか呼ばれててな――」


「晶峰竜ってのはな、種族名じゃねえのよ。奴だけの固有名詞だ。なんたって全身がクリスタルの竜なんて、ほかに例がねえからな。おいらの見立てじゃ白翼種か、ベリーレッド種だなぁ」


「変異個体の竜自体は別段珍しくねえよ? 山の上で魔石いしころばっか食ってっから体が水晶化しちまったんだろうなぁ。おいら、酒ばっか飲んでるのに、なんで酒にならねえんだあ? ひっく……」


 飲むと饒舌になるクチらしい。

 ゼンベットは酔い潰れて寝落ちするまでノンストップでしゃべり続けた。

 興味深い話ばかりだった。

 俺もついつい夢中で聴いてしまった。


 俺は気楽だからとソロで活動している。

 こうしてベテラン冒険者と話をしていると、自分の無知を思い知る。

 俺も仲間を作ったほうがいいんだろうか。


「……」


 いや、気の迷いだな。

 竜を倒して仲間と笑顔でハイタッチを交わす自分とか想像できない。

 キモいまである。


 俺は星空に向かって苦笑した。





 翌朝。

 日の出を待って討伐隊が動き出した。

 俺たちも身を隠しつつ後を追う。


 割れ水晶のガレ場。

 切り立った透明な断崖絶壁。

 水晶砂の吹き溜まり、流砂、砂の川。

 緑のない山というのは殺伐としているが、異世界だけあってスケールがやたら大きい。


 水晶砂の花を見つけたときは、ゼンベットも目の色を変えていた。

 風雨が作り出す偶然の産物とのこと。

 砂漠のバラみたいなものだろうか。

 真剣な顔で採集していたゼンベットの手の中で、花はもろくも崩れ去った。

 大の大人の絶叫が山に響き渡った……。


 そして、俺たちは討伐隊に先行して登頂を果たした。

 山頂部は王冠のような形をしていた。

 真ん中は平らで、周囲を大きな水晶柱が囲んでいる。


「やけに平坦だな。誰かがならしたみたいだ」


「その誰かさんならほれ、そこにいるだろぉ」


 ゼンベットに言われて初めて気づいた。

 竜がいた。

 まるで巨大な水晶から削り出したような、そんな竜だ。

 朝日に照らされ、淡い水色の光をキラキラと振りまいている。

 景色に溶け込んでいて気づくのが遅れた。


「あれぞ、このお山の主。晶王国最強の生物、晶峰竜サマだぜぇ」


 ゼンベットは息を殺してそう言った。


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