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11 あいにく膝に乗らないサイズの猫には興味がないんだ


 オーブリはいつもの威圧的な態度で俺を見下ろしている。

 こいつは相手との間に勾配を作らなくては気がすまないタチらしい。


「用件は?」


「うるせえ」


「今日はあの馬鹿げた語尾をつけていないんだな」


「オレはあれを1週間頑張った。稼げたポイントを教えてやろうか」


「聞こう」


「3ptだ。まじで笑だろ?」


「そんなことないだろ。1週間で3ptなら1年で150ptだ。割に合っている」


 150ptあれば技を30種は習得できる。

 もっとも、戦況を有意に変えうるほどの剣技や魔法となると、1つか2つ程度かもしれないが。


 割に合わねえよ、とオーブリは唾棄するように言った。


「オレは先日、魔王軍の砦を落とした。そのとき、なんて叫んだか教えてやろうか」


「聞こう」


「オレたちの勝利だニョオオオオ……だ。しーんと静まり返った戦場が今も忘れられねえ」


「そいつは笑だな」


「……」


 オーブリの手が胸倉を掴むような動きを見せたが、俺は横に動いてかわした。


「ああーっ、喧嘩してるーっ! だめだよ! 二人ともだーめぇ!」


 リスのように頬を膨らませたナガツが割って入った。

 その純真な笑顔にオーブリも毒っ気を抜かれたようだった。


「で、用件は?」


「オレは『晶峰竜』に挑む。この国で最強とみなされているドラゴンだ」


「ドラゴン、か」


 竜討伐の依頼は冒険者ギルドの掲示板でたまに見かける。

 どれも特級危険度で、誰も受けるところを見たことがない。


「オレの聖武器は『竜断頭ゾルフォデイン』つってな。竜種特効の効果付きなのよ。こいつの本気はまだオレも見たことがねえ」


 オーブリは巨大な剣を軽々と抜き放って俺の鼻先に突きつけた。

 赤と緑の刃文が美しい剣だった。


「それで? 俺になんの関係がある?」


「その態度がよくねえ。他人様が真面目に勇者やってるってときに街中で遊びほうけてる馬鹿を見かけたらムカつくだろ? だから、巻き込んでやろうってわけだ」


「迷惑な奴だな」


「手伝えよ、セイノ。お前も勇者なんだからな」


 俺は眉をぴくりと動かした。

 無能と呼ばれて追放される俺を、オーブリは半笑いで眺めていた。

 都合のいいときだけ勇者の義務を求められても応じる気にはならない。

 あと、単純にドラゴンと戦いたくない。

 前にドラゴン同士が縄張り争いしているのを見た。

 おぞましかった。

 火を噴き、凄まじい速度で飛翔し、巨大な体をぶつけ合う。

 ゼロ戦とドラゴンがドッグファイトしたら、ゼロ戦に勝ち目はないだろう。

 そんなものとナイフで戦えと?


「俺にはできない」


「あ? それは無能の武器化ってやつか」


「違う。本当にできないんだよ」


「できなくてもやれよ。クラスメイトが命懸けてんだよ。お前だけ楽しようとすんな」


 オーブリの言い分もなるほど、一理ある。

 だが、それでも、できないものはできない。

 俺にできるのはゴブリン退治と、たまのトロール狩りくらい。

 それが現実だ。


 通りを行き交う人々が次々に足を止め、気づけば黒山の人だかりができていた。

 勇者ナガツとその騎士隊。

 勇者オーブリ率いる勇者パーティー。

 魔王に抗う人類の希望。

 荘厳なるメンツがずらりと並べば、人だかりができるのも当然と言えよう。

 オーブリはやりにくそうな顔をしている。

 俺はそこを突くように問う。


「そもそも、その『晶峰竜』とやらは魔竜なのか?」


 ひとえにドラゴンといっても、いろんな種類がいる。

 大きく分ければ2つだ。

 魔王が生み出した魔竜種と、野生動物の延長に過ぎない通常種。

 通常種は魔物ではない。

 勇者が倒すべきは魔竜のほうだ。

 こいつらは好んで人里を襲う。

 魔王軍の爆撃機と言えばわかりやすいか。


「知らねえよ。どうでもいいだろ、そんなもん」


 とオーブリは舌打ちした。

 授業で難しい問題を答えるよう迫られたときも、こいつはこんな反応をする。

 要するに、わからないのだ。


「ナガツも参加するのか?」


「うんっ! あのね、王様命令なの。悪いドラゴンさんだから、倒せばみんなが幸せになるんだって」


 ナガツは命令に対してなんの疑問も持っていないらしい。

 そういう顔で笑っている。

 具体的には? と問うたところで、ろくな答えは返ってくるまい。


 勇者などと称えられているが、実態は人型兵器だ。

 国王によって運用され、勇者の行動には常に政治的な思惑が付きまとう。

 ナガツはともかく、オーブリはアホじゃない。

 そこらへんはわかっているはずだが。


「オレは暴れてえだけだ。オレが世界最強であることを証明するために、まずこの国の最強を討つ。理屈なんざケツから出して捨てちまった」


 俺の視線の意味を察し、オーブリはそう返答した。


 憎っくき国王とヤンキーの野望に付き合わされる形でドラゴンと殺し合い……。

 アホくさ。

 俺が聖剣を100本持っていても願い下げだ。


 さて。

 俺はさっきから自分の横顔に注がれている視線に遅ればせながらリアクションすることにした。

 桃色の髪に猫耳を載せた少女が瞬きもせず俺を見上げている。

 ペルセーニャだ。

 まさか闘技場の外で会うとは思わなかった。


 近くで見ると、キャッツ姉さんそっくりだ。

 と言っても、ペルセーニャは童顔で線が細い。

 指はピアニストみたいにほっそりしていて、うつむきがちなところにも弱々しさが見える。

 キャッツ姉さんは酒も飲めばタバコも吸う。

 もう少し粗暴だった。


 容姿も微妙に違うな。

 ペルセーニャの髪には灰色の毛束が差し色みたいにまじっている。

 瞳も血みたいな赤だ。

 姉さんはピンクだった。


「なんだ? 惚れちまったか」


 オーブリは俺の弱点でも見つけたと言わんばかりのシタリ顔である。

 たしかに、ペルセーニャには可憐掬すべきところがある。

 闘技場で絶叫していた少女と同一人物には思えない。


「だったらお前も来るんだな。こいつはオレの奴隷だ。晶峰竜討伐戦に備えて買った。ついて来るなら、お触りくらいさせてやるぜ?」


「あいにく膝に乗らないサイズの猫には興味がないんだ」


 俺はお断りムードを固持した。

 オーブリは情の薄い顔でほくそ笑んだ。


「お前ら、こいつを押さえろ。逆らうようなら殴っていいぞ」


 勇者パーティーがドッと動き出す。

 問答無用で拳が飛んできた。

 チンピラかよ。

 さすがオーブリの部下。


 殴られた俺の顔が砂像のように崩れた。

 光を捻じ曲げ、虚空に像を結ぶ幻影魔法『朧羽織り』。

 殴られたのはもちろん虚像のほうだ。

 やっこさんたちが困惑しているうちに俺は壁を駆け上がった。


「舐めてんのか、セイノ。オレから逃げられると思うな」


 オーブリはひとっ跳びで屋根の上に飛んできた。

 勇者の身体能力は大したものだ。

 だが、こと逃げに関してシーフの俺は一家言持っている。


 追いかけっこは長く続かなかった。

『逃走術』と『潜伏』を駆使して俺はオーブリの頭上に回った。


「あ、いて……。んだ?」


 脳天に小石をぶつけてからトンズラする。

 ナイフなら死んでいたな。

 スキルを使いこなせばチート勇者にも勝てる。

 やはり、俺には暗殺者ムーブが性に合っているらしい。


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