10 ナガツはいい子だな
「ケイちゃん、助けてくれてありがとねっ!」
ナガツの顔に満面の笑みが戻ってきた。
そのまばゆさたるや、薄暗い路地裏が夏のひまわり畑に思えるほどだった。
「やっぱり優しいなぁ、ケイちゃんはっ! 昔から困っている人がいたら必ず助けてたもんね! ヒーローみたいでかっこよかったなぁ!」
「……」
俺はわざと大きな音を立ててワイヤーを回収し、聞こえなかったフリをした。
「強いんだね、ケイちゃんって!」
「そいつはなんの嫌味だ? 俺は間違いなく最弱の勇者だぞ」
ゴブリン相手に死にかけたのを知らないわけではなかろう。
「聖武器に拒絶された身だ。勇者ですらないな」
「そんなことないもん。だってケイちゃん、勇敢で優しくて、すっごく素敵だもんっ!」
距離感のバグった純な瞳が痛い。
屋根の上で傍観しながら見捨てるロジックを組み立てていたことはもちろん口にできない。
「こいつらが目を覚ます前に離れよう」
俺は暴漢どもを踏みつけて路地裏を出た。
歩きながら、ふと思った。
ナガツは「戦わなかった」のではなく、「戦えなかった」のではないか、と。
オーブリの『風舞大刃』を思い出す。
森の木々を薙ぎ払うほどの威力だった。
戦場で魔王軍相手に振るえば比類なき強さだろう。
だが、街中で人間相手となるとオーバースペックだ。
こと対人戦闘においては俺くらいの雑魚味噌がちょうどいいのかもしれない。
日の当たるところに出ると、子供たちもようやく安心したようだった。
ナガツの底なしの明るさに釣られたふうでもあった。
「ねえ、ケイちゃん。この子たち、孤児みたい」
「そのようだな」
そういう格好だ。
手脚は棒のよう。
だが、腹がまんまるに飛び出している。
栄養不足で腹水が貯まっているのだろう。
世界史の授業で見たな。
「悪そうな男の人たちに声をかけられていたから、思わず連れて来ちゃったの」
「考えなしだな。その子ら、どうするつもりだ?」
「ええっと、ええっと」
「考えてなかったのか……」
「か、考えてるもんっ! 今っ!」
わたわたするナガツに同情の目を送る。
俺に同情されるなんて、お前は本当に可哀想な奴だ。
「もちろん、わたしが面倒見るよっ! だって、勇者だもん!」
「具体的には?」
「すっごく頑張って面倒見るっ!」
「ほう。それはとても具体的だな」
ナガツはむすぅーっと頬を膨らませた。
「だって、ほっとけないんだもん」
まあ、一時は見捨てようとしていた俺よりはまっとうだろう。
それに勇者としての地位もある。
わがままを言えば、孤児の2、3人くらい国が世話してくれるはずだ。
「そうか。ナガツはいい子だな」
俺がぞんざいにそう言うと、
「いい子……」
ナガツの顔が陰って目の奥が揺れた。
地雷を踏んだような気がしたが、ナガツはすぐに笑顔になった。
「あっはは! 勇者だもん! いい子じゃないとできないよ!」
それよりさ、それよりさ、と俺の肩をペンペンと叩いて、ナガツはにっこりした。
「ケイちゃん、前みたいにエリカって呼んでよ」
「いつの時代の話だ、それは」
家も近所で幼馴染。
小学生の頃、ナガツはよく俺の家に遊びに来ていた。
一緒にお風呂に入ったことを思い出し、俺はまぶしい笑顔から顔を背けた。
中学は別々だった。
高校で再会したナガツは見違えるほどの美少女に変貌していて、面食らったのを憶えている。
陰キャ族の俺と違い、ナガツはクラスの一軍だ。
勇者としての実績でも水を開けられている。
オーブリにしてもナガツにしても、異世界に来てからの1か月ほどは慣らし運転の期間だったようだ。
二人とも冒険者の真似事をしていた。
それが最近になって魔王打倒に向けて本格始動したらしい。
さっそく前線に赴き、難攻不落だった魔王軍の砦を陥落させたと聞いている。
凱旋パレードで陽気に手を振る二人を俺も大衆の中から見ていた。
気軽に名前を呼べる関係ではない。
「俺はお前を勇者ナガツ様と呼んだほうがいいのかもしれないな。片膝ついてみようか?」
「や、やめてよ、もお!」
顔を真っ赤にしてわたわたする様子は幼かった頃と変わっていない。
それでも、もはや俺とこいつは別世界の人間だ。
「ナガツ様、ここにおられましたか!」
鎧の騎士らがどかどかと駆けてきた。
オーブリは自分の眼鏡に適った者を集めてパーティーを組んでいるようだが、ナガツは言われるがままに騎士隊と行動をともにしているようだった。
「薄汚いガキどもめが。貴様も下がっておれ」
騎士は孤児たちを蹴散らし、俺を突き飛ばすように腕を出してきた。
俺は体を引いてぬるりとかわした。
「おのれ」
肩透かしを食らったことがお気に召さないのか、騎士は不満顔だ。
「この方は『長杖の勇者』ナガツ様だ。貴様のような卑しい身分の者が言葉を交わしていいお方ではない」
「失礼なこと言わないで。ケイちゃんはわたしの大切な友達なんだから!」
「いや、友達ではないよ」
俺はローブをひるがえして通りの雑踏に消えようとした。
「待てよ、クソ雑魚」
大きな体で俺の行く手を遮ったのはオーブリだ。
面倒臭そうな展開を察して、俺は一瞬白目を剥いたのだった。
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