1 ……いや、ゴブリン強くね?
異世界に転生した。
俺はナイフしか装備できない。
それで今、途方に暮れているところだ。
「……いや、ゴブリン強くね?」
肩でぜえぜえ息をしている。
雨でずぶ濡れなのが惨めさに拍車をかけていた。
最弱の魔物なら俺でもいけるかも、とか思っていた半日前の俺、勘違いだ。
おとなしく薬草採集にしとけ。
死闘だった。
こいつら、幼稚園児みたいなナリのくせに、すごく強い。
何回刺しても死なないし、長い爪でめちゃくちゃに引っ掻いてくる。
1匹倒しただけなのに、もう満身創痍だ。
一歩も動ける気がしない。
なのに、ゴブリンはあと5匹もいる。
さよなら、俺の人生。
やっぱナイフじゃ無理だわ。
現実は甘くない。
俺にもみんなと同じ『聖武器』があればよかったんだけどな。
異世界に来たのは、5日前。
気づけば、真っ白な空間にいた。
周りにはクラスメイトがいて、女神を自称する有翼の美女が、
「なんでもひとつだけ願いを叶えて差し上げましょう」
と夢のようなことを言い、魔王を倒すことをその条件とした。
そして、俺たちは異世界各地に転送されたのだった。
ここ――クリストンベルグ晶王国に召喚されたのは俺のほかに3人いる。
国王いわく、俺たちは『勇者』であるらしい。
いや、俺たちは、というと語弊があるな。
晶王国に代々伝わるという聖武器を装備できなかった俺だけは、無能とみなされ即日城を追われた。
で、今こうして市販のナイフ1本握りしめて夜の森で殺されかけているという……。
子供の頃、俺はヒーローに憧れていた。
小学校高学年になってもおもちゃの剣を握りしめて町内パトロールとかやっていたアホなガキだった。
割と真剣にヒーローになる夢を見ていた。
だが、こうして実際に敵を前にしてみればわかる。
現実の俺は雑魚。
勇者にはなれないのだ。
「白氷華槍! えーいっ!」
もはやこれまでというそのとき、鈴を転がしたような声が聞こえた。
夜闇を斬り裂いて飛んできたのは白い槍。
槍はゴブリンの1匹を貫いた。
氷の花弁を広げて周りの個体も氷漬けにした。
俺が苦戦したゴブリンをただの一撃で一掃していた。
「やーっ! あっぶなかったね! 大丈夫だったケイちゃん?」
そう言って春のたんぽぽのような笑顔を浮かべたのは、同じクラスの女子、長津絵里花だ。
俺――静野佳とは幼馴染の間柄だった。
その手に握られた長い杖が俺に暗澹たる気分を思い出させてくれた。
「セイノ、お前、女子ごときに助けられて虚しくなんねえのか?」
ナガツの後ろには巨大な剣を背負った長身の少年がいる。
大淵麟児郎。
通称:オーブリ。
こいつもクラスメイトで、大剣を聖武器に持つ『大剣の勇者』だ。
ナガツは『長杖の勇者』だった。
「あーっ、いっけないんだぁ! オーブリ君、それって女子を軽んじた発言だよ?」
「女子だけじゃねえ。オレは自分より弱ぇ奴はみんな軽んじてんだよ。国王にもガンくれてやったろうが」
「あれは、ひやっとしたよねー! 大目に見てもらえてよかったね!」
場違いだと思った。
魔物ひしめく夜の森で談笑する二人もそうだが、なにより、れっきとした勇者二人と場を同じくしている無能の俺がひどくアウェーな気がした。
「ケイちゃん、立てそう? 町まで送ってあげるね。もう少しだけ頑張ろっか。できるよね、男の子だもんね」
ナガツはにっこり笑って俺に手を差し伸べた。
その悪気のない笑顔がむしろ俺には鋭利な刃物だった。
俺は下を向くしかできなかった。
前髪から落ちる水滴が涙みたいでウケる。
「おい雑魚セイノ。てめえ、これに懲りたら二度と町の外に出んなよ? ナイフしか装備できねえ笑で無能なお前じゃ恥と屍をさらすだけだ」
オーブリに尻を蹴られて俺はよろりと立ち上がった。
「そうもいかないだろ。勇者にはノルマがあるからな」
「フン。聖武器も持てねえお前が勇者名乗んのかよ。ナイフ1本でボクは勇者ですってか? マジで笑だな」
「……」
俺は討伐の証の、ゴブリンの右耳を切り取った。
目だけ上げてぼそりと言う。
「助かったよ、ナガツ」
「ううん。全然いいよ? ほかにもゴブちゃんたちいるけど、耳持って行かないの?」
「俺が倒したものじゃない」
「わたし、いらないよ? 持っていきなよ」
「……」
「やめとけって。あんな雑魚でもプライドがあんだよ。ナイフみてえにちっぽけなのがな」
オーブリの馬鹿笑いを背中で聞きながら、俺は逃げるように王都を目指した。
あちこち傷だらけ。
制服も泥まみれ。
いっそ俺が泥人形か何かだったら、この雨で溶けて消えられるのに。
「ぁ」
木の根につまずいて転んだ。
顔をしたたかに打って、熱いものが鼻から出てきた。
後ろのほうでナガツが声を上げた。
水をはねる音が近づいてくる。
俺はみっともない顔を見られたくない一心で夜の暗闇に飛び込んだ。
もうほんと消えたかった。
悲劇のヒロインみたいな気分だった。
でも、そう思う心のどこかに、奴らを見返す算段を立てている策士のような自分がいることにも気がついていた。
不思議な気分だった。
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