第五話
土曜がやってくると、俺は早い時間に設定されたアラームでベットから降りる。
フォーマルな服とはスーツだろうかと考えたが、そんなものが俺のロッカーにかけられているわけがなく、持ち得る私服のなかで、最もカジュアルでないものを選んだ。
全身真っ黒のコーデで家を出ると、涼しいというよりか、むしろ鳥肌が浮き出る肌寒さを感じる早朝五時に、最寄りの駅に急ぐ。
始発の上り電車でターミナル駅へと向かう。二両の列車は空いているだろうと踏んだが、意外にも人が多くて座れなかった。ここで席を傲慢に確保しないことが、新幹線自由席の争奪戦に勝てるフラグでないかと期待しながら、ホームに滑り込んでくる十六両の長大編成に乗り込んだ。
東京駅に定刻通り八時十五分、到着する。中央線に乗り換えて、東京の街、東京の人にもまれながら、俺は送られてきた住所のビルの前に到着する。そのビルは、高いというより、横に小太りで、やけに新しい建物だった。
息を整える。エントランスに突入すると。
「おっ、よく来てくれたね!」
長身の、いかにも仕事ができそうなスーツの男がそこに立ち、ドアを押しのけ入ってきた俺を見た途端、接近してくる。
「ようこそ、アークライト・ゲーミングを擁する、株式会社PlayWorksへ!」
これだけ接近して思うのは、この男の背の高さだ。かるく百九十はある。バスケットボールの選手に似た背格好をしているというか、失礼ながら、スーツが画像編集ソフトで加工されたかのように引き延ばされた丈をしていた。
威圧感が凄まじい。インターネットを介したコミュニケーションとは、また違う緊張を覚える。その男はスムーズに名刺を取り出して、両手を使い俺に渡す。
彼とは、インターネット、もといNDGを経由してコミュニケーションをとってきたわけだが、こうして現実世界で会うのは初めてだ。生の距離感を覚えると、まだ高校生のガキである俺は萎縮してしまう。
手に半ば強制的に持たされた名刺の文字を眺める。長谷川、彼で間違いない。
「こちら側では、はじめまして。神薙空と申します」
俺はできる限り丁寧に返したつもりだ。お初におめにかかります、の方がよかっただろうか。そんなことを脳内で考えているうちにも、気さくな長谷川は、たじろぐ俺を見て、微笑んでいた。
彼の案内のもと、綺麗なオフィスの中を進む。
「いやしかし、まさにアバター通りだな。驚いたよ」
エレベーターの中、気まずい空気をできる限りなくしたいのか、長谷川はそう言った。
「キャラクリエイトは、原作準拠じゃないと、後々困ることが多そうだったので。だけど、長谷川さんもアバター通りで、正直、すこしびびりましたよ」
「私はビジネスの要素が強いからね。キャラクリエイトでちょけて、女装なんかできないよ」
彼は清潔で、スクエアタイプの眼鏡をかけて、いつも、どこか遠くを見ている顔をしている。たぶん、修士まで学術機関に通いつめた、本当のエリートなんだろうなと感じる。そんな優秀な人材が、Esports業界に携わるようになるとは。
「......そうだな、神薙、ソラ君。あの、もっとフランクに話してくれていいんだ」
どこにも気まずい空気は流れていなかったのだが、彼はエレベーターが所定の階に到達した瞬間、俺にそう言った。
「フランク、ですか?」
「その、そうだ。まずは敬語をやめよう」
ゲーム業界の、年齢による上下関係。ゲーマーのくくりにとどまらず、クリエイターやストリーマーの上下関係は、あまり年齢による溝はできにくい。
たとえばNDGはフルダイブで、人間の生身の身体がゲームの世界に潜入したかのような感覚を受けるが、アバターを介して現実世界の本人に一々人間関係を築くようなことはしないため、例えば俺が高校生で、相手が社会人だったとしても、俺は敬語を使わないコミュニケーションを求められることがある。
ゲーム発祥の地である欧米系が、あまり形式的な上下関係を重視しない文化だからというのもあれば、完全実力主義の考え方が蔓延しているというのもある。
ゲームには深く触れてきたからこそ、こういう上下関係が明確でない世界を知っているが、それでも俺は慣れない。ゲーム内チャットで敬語は使わないが、こうして対面したとき、現実世界とゲームの世界を分裂して考えている俺にとっては、どうしても敬語がない現実世界の会話が飲み込めない。
「それは......スポンサー命令ですか」
「そうしよう」
「......わかりました」
ぎこちない形で、会話が一から立て直される。ジェンガのタワーを崩してしまったときと、同じくらいの罪悪感がある。
「それで......ハセガワさん。俺に見せたいものって、いったい」
俺はすっからかんになった脳味噌で考える。俺が朝一、足を痛めながら新幹線で東京まで来た理由が知りたい。メールを何度もやりとりするわけにいかず、ワケも聞かないでプロゲーミングチームの本社建屋に来てしまったのだ。やはり俺はまだガキだ。まともな社会の常識も知らない。
歩幅の広い長谷川に合わせて、廊下を早く進む。突然、長谷川は通路の途中で止まり、扉の前に立った。
「ああ、今からお見せしよう」
彼は扉を開いた。なんの変哲もない白い壁の奥には、何が広がっているのだろう。俺は恐る恐る、部屋へと侵入する。
侵入すると。
「......ここは」
俺は言葉を失った。視界に映るのは、映画館ぐらいに照明が落とされた広い空間と、部屋の壁に沿うように設置された黒メラミンテーブル。台上に乗せられた分厚いディスプレイと、それを支える金属アームが机の端でクランプされている。
LEDに光る簡易水冷の大型ラジエータが余裕をもって装備できる、フルタワーの、フルスペックのゲーミングデスクトップPCが用意される。ませたZ世代の中高生が欲しがる「ゲーム部屋」のはっきりとした様相を呈しているその部屋は、もう車の免許が取れる歳になる人間でも、心の奥底から魅力的に感じた。
そんな俺の、年相応の半端な憧れと反し、そのコンピュータを操作しているプレイヤーたちの顔つきは、至って真剣なものだった。彼らはディスプレイアームを変形させて、鼻の先に画面をもってくる。至近距離で、画面に釘付けになる。
ゲーム内でラウンドが変わるごとに一喜一憂するが、それはゲームを「遊び」と認識している人間より、随分と本気じみて、何ら楽しくなさそうに見えた。
「ここがアークライト・ゲーミングの総合スタジオだ。全部門の選手がここで練習を重ねている」
長谷川は暗い部屋の中を案内する。
「彼らはデスクトップゲームの選手だ。君も聞いたことのあるだろうAAAタイトルのスポーツ部門に所属していて、今練習しているのはアカデミーの子だ」
「アカデミー、」
彼ら五人組のプレイヤーが、ラウンドを勝利し、一大の歓声をあげる。自信のある視力でコンピュータの画面を見やると、そこには「WIN」の文字があった。
「練習生と言ったらわかりやすいかな。ちょうど、海外チームとの練習試合に勝利したようだね。彼らは、次世代のアークライト・ゲーミング、そして、日本のEsports業界を牽引してもらうために、継続的な練習を望んでいる」
「スカウトで?」
「スカウトというより、大半は募集だ」
長谷川は広い部屋の中を移動しはじめた。俺は、彼の背中を追う。
「Esportsは、スポーツと言っておきながら、実力が測りづらいんだ。例えば、ゲームをやっていて、スコアが上振れしたり、禿げたりすることがあるだろう?」
「ざらにある」
「例えばサッカー選手は、そのフィジカルとか足元の技術は努力の結晶で、とても魅力的だが、ゲームはどうだ。突き詰めると、やっぱり、『遊び』なんだ。運が良い時、悪い時。勿論、ほかのスポーツにも、運の要素は大きく絡んでくるだろうが、ゲームの分野ほどわかりにくい実力なんてあるだろうか」
「わかりにくい実力?」
「プレイヤーの実力以外の要素が多すぎるんだ。FPSでもMOBAでも、マッチングの運、ネット回線の遅延、フレームレート、マップの有利不利、味方のAI的思考——そういった要素が結果を左右する。そんな身体能力が関与しない競技を、スポーツのひとくくりにしていいのか?」
ゲームは遊び。長谷川は、そう言い切った。暗い部屋が、空間的に、やけにいい味を出している。
「誰でも簡単にプレイできなければ、そのゲームはAAAタイトルにはならないだろうし、かといって競技用にガチガチな設定を組み込んでも、人口はとっつかないからゲーム運営がままならない。競技性を重視したゲームだとしても、結局は、競技より娯楽に傾いていく」
それを、ゲーマー育成と、日本のEsports業界振興を名刺に書く人間が言うか? と思ったが、確かに、ゲームはどこまでも「遊び」だ。もともとそういう目的でうまれたのだから。
エンターテインメント。この枠を、ゲームが脱出することはない。
「それを、Playworksの人間が言うんだな」
すると、長谷川は、「だけどね」と、逆接接続詞をつけた。
「ゲームは、おもしろいじゃないか」
その部屋は、田舎の中学校が所有する体育館ぐらいの面積があって、とても広かった。いくつもの配線をまたぎながら移動する。やがて、部屋の隅に巨大なコンピュータ群が見える。
スーパーコンピュータの筐体に近いサイズの大型PCに接続されているのは、リクライニングシート併設の、特注モデルの<NDG>だ。
「ゲームの世界大会の中継を見る人は、他スポーツのパブリックビューイングに集まる人と、目つきは全く変わらない。ルールが柔らかくて、結果が予測できず、そして奇跡の物語がそこに紡がれるから、Esportsは、十二分に魅力的なんだ」
「奇跡か」
「Playworksは、その起爆剤として機能したい」
長谷川は通路の途中で静止した。俺は彼の横に並び、彼の見ているものを共有する。
病院に設置されているMRI装置のように、リクライニングシートを包んでいる。筐体は黒く、長谷川が起動すると、眩い彩色のイルミネーションが光る。
「特注の、NDG、Gモデルだ。一台一千二百万。市販のNDGとは一線を画す深層神経同期を可能にしたものだ」
「千二百万」
「それが計四台。わが社のグループ全体で赤字になる額の投資を許可してくれたのは、私の熱弁があったからだ。社長も最後には、ディフェンダー側で、コアが爆散したときのような絶望的な表情で、リザインしてくれた」
フルダイブ対応ゲームタイトル。それは数少ない。技術が発達した現在、フルダイブ技術は家庭にも普及しているが、それでもゲームの分野となると、なかなか参入が遅れている。
はじめてのNDG対応VRゲームとしてクラッチコアがリリース。VR界のAAAタイトルになりつつあるが、コンシューマーですでに出回る別Esportsタイトルと比べると、プレイヤー人口に雲泥の差がある。
勿論、画期的な技術で発売当初は人気の大沸騰を迎えたが、半年も過ぎたころには、開発のハードルが高いが故、大手ゲーム会社は制作コストの跳ね上がるVRへの参入を諦め、依然、コンシューマーの方が人口が多い。
この話をしてしまうと破綻してしまうような気もするが、VRで発売された初タイトルのクラッチコアが、すでに存在するディスプレイ式のタクティカル・シューティングゲームというよりか、競技性重視の本格的な対人対戦、むしろサバゲーに近いコンセプトであったことも、VRゲーム界に早すぎる氷河期が訪れた原因と考えられる。
「なぜ、四台用意したか、わかるかい?」
長谷川は、黙っていた俺にそう話した。俺はテキトーに、「アークライト・ゲーミングに、クラッチコアのタイトルで優勝してほしいからだろ?」と返した。
すると、長谷川は「それもそうだが」と、不明瞭に答えた。
「出来次第では、君を、そして、君のチームに、この機械をプレゼントできるように、こしらえたわけだ」




