デリバリー配達員編①
8月某日 20:38
日が沈んでもなお25℃以上を維持し続ける熱帯夜の中、負けじと望遠鏡でとあるマンションの一室を張り込む女が1人。
まるで闇に溶け込むかのように黒いボディースーツに身を包む彼女の正体は、国の諜報機関に所属する潜入捜査官である。
主に国内に点在する非合法・悪質な犯罪組織撲滅に向けた諜報活動を担当しており、この日の彼女は近年活動が活発化しているサイバーテロ組織の情報を得るための張り込み捜査をしていた。
暑い・・・任務開始から早3か月、アジトのセキュリティやメンバー構成、少しずつ情報は集まってるけど、未だ決定的な証拠は掴めてない。
長期戦になることは覚悟していたけど、こうも暑い日が続くと精神的に来るものがあるわね。張り込み交代まであと1時間、それまでに何か・・・ん?
熱波の中全身に汗を滴らせながら任務を続ける彼女の視界に入ったのはアジトに向かう1人の男、それは近年増加しているフードデリバリーの配達員だった。これまでも配達員がアジトに食事を届けることは多々あったが、今日来た配達員が取った行動に彼女は違和感を感じるのであった。
おかしいわね、今まではどのメンバーも置き配指定で受け取ってたのに今回は手渡し・・・?
それにあの外国人、もしかして例の・・・
彼女が見た男は以前から報告書を通して把握していた、数日前からアジトに出入りするようになった中東系の外国人だった。
これまでデリバリーの注文は置き配設定にされることがほとんどで組織内でのルールであると予想していたが、入ったばかりの彼にはまだその情報が共有されていなかったのだろう。
新メンバーの加入によって生まれた組織内のこの歪みによって、彼女はある作戦を思い付くのだった。
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同日 22:15
『デリバリー配達員に変装?』
「そう、あなたが前に報告書に書いていた例の外国人がようやく隙を見せてくれたのよ」
帰宅後、汗でべたついた身体をシャワーで洗い流し終えた彼女は、バスタオルを巻きながら息つく暇もなくその日の任務内容を通話で報告し始めた。
『だが前にその話が出た時は不用意な接近は逆にリスクになるってことで没になったんじゃなかったか?』
「ええ、入り口に監視カメラもあったから今までは無闇に近づくこともできなかったけど、あの男がデリバリーを頼んだタイミングで配達員を装って近づけば、少なくとも普通に近づくより警戒は薄れるはずよ。」
『なるほど・・・なら実行は急いだ方がいいかもな。もし奴らの中で置き配ルールがあると仮定したらいつあの外人にルールが共有されるか分からん』
「そうね、それにしても毎食デリバリーなんて良い御身分だわ。こちとらここ最近携帯食しか食べれてないのに」
『ハハ・・・まあ気持ちは分かるけどな。だがそれも直に終わる、くれぐれも慎重にな』
「ええ、分かってるわ。詳しい内容はまた改めて報告書と一緒に送る」
ふう・・・報告完了。多少強引な作戦な気もするけれど、もし成功すればこれまで以上の証拠を掴むことができる。何よりこれ以上事件を長引かせるわけにはいかないわ。
後は報告書と作戦立案書の作成なんだけど、
・・・日が昇るまでに終わるかしら。
長期任務への愚痴をこぼしつつも通話を終えた彼女はこれから待ち受ける膨大な業務量に思わずため息をつく。
そして重りを外すかのようにバスタオルを脱ぎ捨て、着替える時間も惜しんでパソコンと向き合うのだった。
デリバリー配達員編②に続く
読んでいただきありがとうございます。
FANBOXに挿絵と一緒に続きを公開しております。
今後はシリーズ最初の1話目を全体公開していく予定なのでよろしくお願いします。