秘密のお酒
中途半端な夏季休暇が始まり、俺は休みをダラダラと過ごしていた。仕事が忙しかったのもあるし、高校を卒業して地元の小さな設計事務所に就職した俺は、働くと同時に資格取得の勉強もしていた。自慢できるような特技とかもなく、食うに困らないためには、何か頼れる特技となる資格を取るのもいいと思ったからだ。
昼近くに起きて、遅い朝食と昼食とを兼ねた食事を済ませ、何となくテレビを眺めていた時だ。手元のスマートフォンが通知音を鳴らし、何かと思って手に取ると、高校の時の友人だった、カネダからのLINEだった。カネダは東京の大学に行ったはずだが、おや?っと思った。高校以来か?LINEは高校の時に作ったグループLINEで、俺は退室することなく何となくそのままにしておいたものだ。内容はこうだった。
<カネダ:久しぶり。今、こっちに帰って来てるからさ。会おうぜ。皆、飲めるんだろう?どうだ?>
俺は面倒だったので、既読スルーすることにした。俺がスルーしている間にもLINEは続いていた。
<タカギ:おう、久しぶりだな。夏休みだからな。俺は大丈夫だ。集まろうぜ>
<カネダ:おひさ。他はどうだ?>
<チナミ:ハロハロ。おひさ。私も大丈夫よ。皆の顔も見てみたいな>
<カネダ:お、いいね。他はどうだ?>
<カネダ:ユウタとアキは既読スルーか?>
ユウタとは俺のことで、何だか面倒なことになりそうだ。仕事休みで疲れてるんだよな、正直。
<アキ:いるよ>
<カネダ:お、いたいた>
<チナミ:アキ、やほー>
おや?っと思った。アキは確か海外留学したはずだ。俺の幼馴染みのアキ。向こうからなのか帰って来てるのかはわからない。
<チナミ:アキは留学先から?>
<アキ:帰国して、今こっちにいるよ>
<カネダ:いいねえ。飲もうぜ>
<アキ:う~ん>
<タカギ:おい、ユウタ、いるんだろう?>
仕方ない。このまま既読スルーを続けるのも、それはそれで面倒なことになりそうだった。
<ユウタ:久しぶり>
<カネダ:いた!>
<チナミ:いるじゃん>
<タカギ:いるじゃねえか>
<アキ:久しぶり>
<カネダ:決まりだな。店は…みなみ屋でいいな?時間は今夜の18時にしよう。予約しておく>
<タカギ:おっけー>
<チナミ:おけおけ>
<アキ:了解>
<ユウタ:わかった>
成り行きで集まることになってしまったが、夏季休暇に家に閉じこもっているだけももったいないかと思った。みなみ屋は駅前の居酒屋だ。俺が高校の時にはあったはずだ。
約束の時間まで、特に何もすることもないので、また何となくテレビを眺めていた。
そのはずだった。
だが、店には行ったがその後の記憶が薄っすらとしかない。皆で飲んだところくらいまでは覚えている。しかも、ここは俺のアパートで、俺の隣では、大人びたアキがすやすやと寝息を立てている。どういうことだ?
「おい、アキ」混乱した頭のまま、隣のアキを起こそうと体を揺さぶった。
「う、う~ん。何?」
「何でお前がここにいるんだ?」
「覚えていないのね?」
「いや、全くという程ではない」
「じゃあ、私に言ったことは?」
「俺、何か言ったか?」
「あ、え~っと言ったよ。でも、何もしてないから安心して。言ったけど」
そうか。何もなかったか。でも、何か言ったようだ。
「何て言ったんだ?」
アキは視線を少し逸らせて「…好きって言ったじゃない」そんなことを言い放った。
「本当か?」
「…うん。言ったわよ」
確かに、幼馴染であるアキには少なからず好意を持っていたが、俺はそれをずっと隠し通して来た。
「…言ったかもしれんな」
「言った。言った」
「そうだな」
「じゃあ、もう1回言って」
忘れずにいた気持ち。
「わかった。俺はアキが昔から今も大好きだ」
「きゃー、言われた」
「まずかったか?」
「ううん、嬉しい。ねえ、あのお酒『弧笛』って言ったよね」
「ごめん。それは覚えてない。どうかしたのか?」
「弧笛はね」
「何だ?」
「飲むと自分に素直になる、幻のお酒なんだって」
「そうか。でも、覚えてないな」
「ううん、いいの」
「そうか」
「私ね。私もユウタが好きだったの」
「そうか」
「ねえ、もう1回言って」
「仕方ないな」
「お願い」
「アキ、大好きだよ」
「私も大好き」
「今も昔もな」
「私も」
「同じだな」
「ずっと好きでいてね」
「ずっとだ」
「うん、大好き」
秘密のお酒