【短編版】召喚されたぽっちゃり聖女は異世界でたくましく生きる
容姿や年齢に差別的な発言が出てきます
「なんだこの肉の塊は」
嫌悪を含んだその声に、花森 可憐は顔を上げた。
そして首をかしげる。
「……えっ。ここ、どこですか?」
先ほど聞こえたけしからん言葉は無視して、とりあえず尋ねてみる。
磨かれた大理石の床に、高い天井。飾り気のない広い空間。ズラリと居並ぶ見慣れない衣装の者たち。
そして座り込む可憐を見下ろす豪華な衣装を身にまとった金髪の若い男。おそらく肉の塊発言はこの男だと思われた。
だが、今は怒る気も起きない。自分の身に何が起きているのかわからなかったから。
「えっと、コンビニ帰りに急に視界がぐにゃっと歪んで……それで、どうしたんだっけ?」
「戸惑うのも無理はありません」
そう言って一歩前に出たのは、長い銀髪の美しい男だった。
白い衣装は引きずりそうなほど長く、杖のようなものを持っている。聖職者といった風体。
「あなたはこのフォーリス王国に召喚された、……聖女様、です」
「聖女……私が!? これが噂の異世界召喚!? 二十三歳で!?」
「チッ……五十年前に召喚された聖女は十七歳のほっそりした愛らしい少女だったらしいのに、今回のは歳は食ってるわ太って醜いわヨレヨレのおかしな服を着ているわ……これのどこが聖女だというのだ!」
金髪の男が叫ぶ。
ヨレヨレのおかしな服だけは異論はなかった。コンビニだしいいやと、くたびれたジャージを着ていたから。
「お気持ちはとてもよくわかりますが、殿下。容姿や年齢は関係ございません。女神様が選んだ方が、聖女様なのです」
お気持ちはとてもよくわかるんだ、この聖職者っぽい人もなにげに失礼だな、と可憐は小さくため息をついた。
たしかに可憐はぽっちゃりしている。
昔から食べることが大好きで、今も大好きだ。
つい先ほども夜食として、コンビニでから揚げ棒と粗挽きポークフランクととんこつ醤油味のカップ麺とクリームパンとスティックシュガー三本を入れたホットカフェラテを買ってきたところだった。
「聖女よ、王子が失礼をした。私に免じて許してほしい」
国王らしき初老の男性が声を発する。
可憐はあえて何も言わない。
「あー、おほん。いきなり召喚されて戸惑っていることと思う。そなたは女神に選ばれし聖女だ。これから我が国各地にある五つの聖地を巡り、そこの神殿に祈りを捧げてきてほしい。そうすることで、我が国を覆う結界は強まり、魔獣の脅威から国を守ることができる」
「お断りします」
「そうお断り……って、何!?」
「私を帰して代わりの方を召喚してください」
可憐はよっこいしょ、と立ち上がった。
「聖女は五十年に一人しか現れぬ。そして召喚は一方通行。帰ることは不可能だ」
「ええっ!?」
銀髪杖男に視線をやると、彼は重々しくうなずいた。
「女神様に誓って、陛下の仰っていることは事実です。召喚は一方通行で帰る術はありません」
その言葉に力が抜け、尻からどすんと崩れ落ちる。
「そんな……っ。私はもう、ハンバーガーもピザも焼き鳥もラーメンもすき焼きもパスタも食べられないというの!?」
「は、内容はよくわからんが帰れないと言われて真っ先に浮かぶのは食べ物か。どうりでその体型のわけだ」
「よさぬかアレックス」
再度毒づく王子を、王がたしなめる。
食べ物しか頭に浮かばないのかと言われても、すでに両親が亡くなって家族と言える人がいない可憐にとって、大事なのはそこだった。
「さて、わかってくれたな、聖女よ。帰ることのできぬそなたはここで聖女として生きていくしかない。聖地巡礼の旅に出てくれるな?」
「お断りします。それならここを出て一人で生きていく術を探します」
「な、なにぃ!? なんと強情な! ならばこの場でそなたを斬り捨てて別の聖女を喚ぶことになるが、良いか!」
「あら? 聖女は五十年に一人しか現れないって仰っていましたよね。女神に選ばれた私を殺して大丈夫なんですか? 本当に別の人を召喚できるんですか?」
「ぐっ……」
何も言えない王に、可憐はニヤリとする。
可憐は最強のカードを手に入れたのだ。「自分を殺せない、自分に頼るしかない」。
それならばかなり有利に交渉を進めることができる。
「そもそも勝手に戻れない召喚をしておいて、いきなり肉の塊呼ばわりは失礼極まりないです。そちらの王子様は何度も私を馬鹿にしましたね。必要なのは聖女ですか? 若いスレンダー美人ですか? 後者ならそういう人を召喚すればよかったんです」
王子がばつが悪そうにそっぽを向く。
「女神が選んだ私を容姿という一点だけで侮辱するのなら、それは女神への侮辱だと思いますが」
銀髪男に視線をやると、彼もうつむいた。
可憐は気が強い。
小学生のころ可憐をドスコイ呼ばわりして物を投げてきた男子には「ドスコイ!」と言いながら体当たりをかました。おかげで中学でも絡んでくる男子はいなかった。
高校入学当初は馬鹿にしてくる男子もいたが、明るく正義感が強い可憐は女子には好かれていたため、かわいい女子たちに嫌われたくない男子たちは可憐を馬鹿にするのをやめた。
社会人になると弁も立つようになったため、言われっぱなしということはなかった。
「陛下は私に聖地に行くことを望まれますか」
「う、うむ、もちろんだ」
「では私のメリットはなんでしょうか」
「もちろん、生涯にわたって金銭的な援助はさせてもらう。この国を守ってくれる聖女だからな」
「その守ってくれる聖女を斬り殺そうとなさったわけですね」
「うぐっ……それはもちろん、本気ではなかった……。そなたに巡礼に行ってもらわねば、我が国は危機に瀕してしまう。その焦りから脅すようなことを言ってしまった。申し訳なかった」
王が素直に謝罪する。
ひとまず彼に関してはこれで留飲を下げることにした。
だが。
「陛下の謝罪は受け取りました。メリットやら契約やらの前に、もうお一方、謝罪をすべき方がいらっしゃいますね?」
全員が王子の方を向く。
王子が歯噛みした。
黙っている彼に、王が「アレックス」と促す。
「……っ、そなたを貶して、申し訳……なかった……」
「それから?」
「そ、それから? これ以上何を言えというのだ!」
「仕方がありませんね……私が教えて差し上げます。『肉の塊だとか馬鹿にしたけど、よく見たらくりくりお目々でかわいいなと思う』と、殿下の心の内を素直に付け加えてください」
「~~~っ!」
「まさか国の命運がかかっているのに、言葉一つ惜しむのですか?」
「……っ、肉の塊だとか馬鹿にしたが、よく見たら……くりくりした目で……っ、か、かっ、かわいいと思う!」
「殿下の謝罪と本心、しかと受け取りました」
何人かが不自然に横を向いたり口元を歪めたりしている。
王子は悔しさゆえか真っ赤になっていた。
「謝罪を受けてくれて何よりだ。まずはそなたとともに旅立つ騎士を紹介させてもらいたい」
「え? 謝罪を受けたら行くの決定なんですか?」
王はごまかすような笑みを浮かべ、扉の方にさっと合図を送る。
兵士が扉を開けると、青いマント、白いマント、黒いマントの三人の騎士が入ってきた。
三人は可憐の前に並んだところで一礼し、顔を上げる。
青マントはあからさまにがっかりしていた。白マントは笑みがひきつっていた。黒マントは表情が変わらなかった。
「青騎士団、白騎士団、黒騎士団の団長たちだ。聖女殿にはどの騎士団とともに巡礼するか選んでもらおう」
まず前に出たのは青騎士だった。
冷めた目をしていて、どこかやる気が感じられない。
「聖女様におかれましてはご機嫌うるわしく。聖地を巡る旅の護衛に、青騎士団を選んでいただけましたら幸いです」
棒読みの青騎士団長の次に前に出たのは白騎士団長。
バラでもくわえていそうな華やかな男だった。
「お初にお目にかかります、お美しい聖女様。どうか尊き御身を護衛する栄誉を、我が白騎士団にお与えください。危険からお守りするのはもちろんのこと、道中も退屈させません」
そうしてパチッとウインクする。
可憐はあいまいな笑みを浮かべた。
最後に前に出たのは黒騎士団長。
藍色の髪に鮮やかな青い瞳の、二十代後半と思しき整った顔立ちの男性。
「黒騎士団長ジークと申します。失礼でなければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「……可憐といいます」
そこで可憐は気付く。
名前を聞かれたのが、これが初めてだったことに。
「カレン様は、聖地巡礼に同意してくださったのでしょうか」
意思確認をされたのもこれが初めてだな、と苦笑する。
「まだ戸惑っているし聖地巡礼がどんなものかもわかりません。ただ……私がそれをしなければ、魔獣とやらで困る人が大勢いるんですよね?」
「……仰るとおりです」
「王家の方々はともかく、一般の方々が脅威にさらされるのは気の毒です。だから……行こうと思います」
「おお、これはありがたい」
どこか媚びたような様子で王が言う。
押し付けるだけで意思確認もお願いもしなかったくせにありがたいとは、という言葉は呑み込んだ。
ジークが胸に手を当てる。
「本来ならば無関係なこの国の民を思って巡礼に出てくださるとは、この上なく尊き御心の持ち主です。カレン様がお許しくださるのならば、この命を賭してお守りいたします」
「わかりました。ではジークさんにお願いします」
白騎士は「ええっ!?」と声を上げ、青騎士は無反応。
ジークは深々と頭を下げた。
その後、可憐は巡礼が終わった後の生命の保証や金銭的な面などについて王と魔法契約書を交わし、準備を整えて旅に出た。
さすがに野宿などはすることがなく、その地方で一番の宿を手配されたため、旅はそこそこ快適だった。食事も思ったほど悪くはない。
服装については動きやすいジャージは許されず聖女らしい白いワンピースを着せられてしまったが、締め付けがないので我慢できた。
ただ、馬車での移動が何よりもつらい。
どうやらサスペンションのようなものも実装されている最高級の馬車らしいが、それでも可憐の豊かな尻は悲鳴をあげていた。
だが、見目麗しい騎士――ジークが向かいに座っているのに、寝転がったりできない。
道中は会話で尻の痛みを紛らわせた。
「そういえば、ジークさん。この国ではやっぱり容姿は重視されるんですか?」
「正直なところ、身分が高いほどその傾向があります」
「それを聞いて納得しました」
王はそうでもなかったが王子はあの有様だし、大神官だという銀髪男も微妙に失礼。
全員貴族出身者だという青騎士団の団長は、家格の高い貴族家の出身とのことだった。
なお、白騎士団は神殿所属で、黒騎士団は実力重視で平民が多いらしい。
ジークの教育が行き届いているのか、今のところ黒騎士団で無礼な態度をとってくる者は一人もいない。
「この世界にいらして、ご不快な思いをされたのでしょうか。もしそうでしたら、申し訳ございません」
「ジークさんは何も悪くないですよ! ほっそりした人の方が好まれるのもよくわかっていますし、あの程度のことは言われ慣れてます」
「慣れていいものではないかと思います。言う方がおかしいのです」
真剣な顔でジークが言う。
可憐が少し驚いた顔を見せると、ジークは「申し訳ありません、きつい言い方でした」と謝罪した。
「いえいえ、うれしかったんです。私、痩せたらかわいいだろうと言われてきましたけど、目もくりっとしてるし唇だってプルプルだし肌艶もいいし、今の自分も気に入っているんです」
「はい。とてもかわいらしいと思います」
一拍置いて、ジークがしまったという表情で真っ赤になる。
可憐もつられて赤くなった。
聖地をめぐる旅は順調だった。
第一の神殿で祈りを捧げると、『聖女パンチ』という技を女神から授かった。
なぜ聖女らしい回復魔法などではなく物理攻撃なのかと文句を言ったところ、「では試しにこれを倒してみるがよい」というありがたいお言葉とともに巨大な狼のような魔獣が現れた。
聖女パンチと言いながら腕を突き出すと聖なる力が対象に向かって放たれるらしく、何度目かの聖女パンチで狼魔獣は倒れた。
浄化されたらしいその魔獣は愛らしい白い子犬の姿になり、後をついてくるようになった。
既に害はなくかわいらしいので『白飯』略して『メッシー』と名付けて旅を共にすることにした。
第二の神殿で祈りを捧げると、『聖女バリア』を授かった。
魔獣の攻撃や魔法を完全に遮断するが、物理攻撃は一度防げる程度だという。
前回の反省を踏まえ素直に礼を述べたところ、「なんじゃ文句は言わぬのか」という笑いを含んだ女神の声が聞こえた。
どうやら女神はドSらしい。
このあたりで、ふと気づく。
体がどんどん痩せていっていることに。
たしかに、この世界に来てから可憐はドカ食いをしていない。
ぽっちゃり御用達のコンビニはないし、食事の時間は決まっている。間食といえば、ジークが気をきかせてたまに買ってきてくれるクッキーや飴程度。
さらに、可憐が目覚めつつある聖力はエネルギーの消費が大きいのだという。
祈りを捧げた際に服が不思議とジャストサイズになるのでその点は問題なかったが、可憐はあることで悩んでいる。
第三の神殿へと向かう馬車の中、可憐はジークにそのことについて話した。
「私……このままいったらスレンダー美人になってしまうかもしれません」
「そうなのですね」
「ぽっちゃりな自分もかわいくて好きですが、太りすぎは健康によくないので、その点はよかったと思います」
「いいことですね。カレン様にはお元気でいてほしいですから」
「その……ジークさんは痩せている女性についてどう思いますか?」
ぽっちゃりしているほうが好きなのか。
痩せているほうが好きなのか。
そのどちらであっても、複雑な心境になるだろうと思われた。だが。
「お元気でいてくださるのなら、どのような体型でも関係ありません」
ジークが優しく微笑する。
可憐の過労気味な心臓が、ズキュンと音をたてた。
第三の神殿で祈りを捧げると、『聖女の歌』を授かった。
ソプラノ音域で歌うと人間を含む生物に活力を与え、魔獣を弱らせる。
一方、デスボイスで歌うと生物から活力を奪い、魔獣を活性化させるという恐ろしい効果があった。
そして女神に「その効果を試してみるがよい」と巨大な鳥型魔獣を召喚されてしまう。
ソプラノ音域で歌いながら聖女パンチを繰り出して浄化したその魔獣は、白いオカメインコになった。
地球のものと違い、白いオカメインコでも頬に丸くて赤いかわいらしい模様がある。
小梅おにぎりに似ていると思ったが呼びづらいので『小梅ちゃん』と名付けた。
第四の神殿へと向かう途中の山道で、一行は山賊の一団に襲われた。
数は護衛の黒騎士団よりもかなり多い。
ジークは「心配はいりません」と安心させるように微笑すると、馬車を飛び出して敵の中に突っ込んでいった。
普段は優しげな彼が、鬼神のごとく次々と山賊を斬り伏せていく。
あちこちで血が噴き出す光景に吐き気を覚えたが、自分を助けるために戦ってくれている騎士たちを助けたいと可憐は思った。
まず馬車の傍で守ってくれている騎士たちに聖女バリアをかけ、馬車の中でデスボイスでロックな歌を歌う。
白い子犬メッシーとオカメインコの小梅ちゃんがみるみる大きくなってゆき、馬車を飛び出していった。
元の巨大なサイズになったメッシーと小梅ちゃんが山賊を蹴散らしていく。
山賊が退却したところで、黒騎士たちから大きな歓声が上がった。
「聖女様万歳!」
「マジすごいっす! ありがとうございます!」
「メッシーとコウメチァン? もありがとな!」
「みんなも私を守ってくれてありがとー!」
馬車から出て手を振ると、わぁぁぁぁというひときわ大きな歓声が上がる。
アイドル気分を味わった可憐であった。
そんなこんなで第四の神殿に到着し、祈りを捧げると、ようやく『聖女の癒し』という回復魔法を授かることができた。
「能力を試してみるがよい」というお言葉とともに指から血が噴き出したが、想定の範囲内なので問題ない。手をかざすと、傷はすぐに消えた。
山賊戦で死亡した騎士はいなかったが負傷者は出ていたので、神殿の敷地内で傷が深い者から治療して回る。
中には「俺のような平民にまでありがとうございます」と涙を流す者もいた。
「カレン様。ご無理はなさらないでください。もう日が落ち始めていますよ」
傷一つ負っていないジークが、心配そうに近づいてくる。
「大丈夫ですよ。もうすぐ終わりますから」
そう言って立ち上がると、一瞬目の前が暗くなってふらついてしまった。
倒れそうな体を、たくましい腕が支える。
「ほら、大丈夫ではないでしょう。もっと……ご自身を大切になさってください。あとは軽症者ばかりです。今日治す必要はありません」
低い美声がすぐ近くで聞こえる。
切なげに揺れる瞳もいつもより近い。
恋人がいたことがない可憐にとっては、強すぎる刺激だった。
「は、はい、気を付けます」
みるみる真っ赤になっていく可憐にはっとして、ジークが手を放す。
「大変失礼いたしました」
顔をそむけるジークの耳も、やはり赤くなっていた。
「い、いえ……」
そう言ったところで、可憐の腹がぐぅぅぅと盛大に鳴る。
ムードぶち壊しだと思いつつも、腹からの抗議の声は鳴りやまない。
「聖力をたくさん使ったので、エネルギー不足のようですね。街に美味い肉料理を出す店があるそうですが、これからいかがですか?」
「行きます!」
彼の馬に同乗し、街の食堂へと向かった。
下品にならないよう気を付けながらもたくさん食べる可憐と、それを微笑ましげに見つめるジーク。会話も弾んだ。
二人の間には、穏やかで温かな空気が流れていた。
可憐一行はついに最後の神殿へと到着し、女神から『聖女の幸運』を授けられた。
傍にいる人間、特に伴侶に幸運を授けるのだという。
今回は無茶なことはされなかったが、「完全に開花した能力と『聖女の幸運』、そしてそのほどほどの美貌欲しさに求婚者が殺到するであろうなあオホホホホ……」という不吉な予言を授けられた。
その予言は、可憐が王城に戻ってすぐに現実のものとなる。
謁見の間に通された可憐を見るなり、王子は「誰だ?」と首をかしげる。
隣のジークがどこか不快げな声で「聖女カレン様でございます」と言った。
周囲がざわめきに包まれる。
規則正しい三食生活と長旅、そして聖力のおかげで、可憐はやや痩せ気味の体型へと変貌していた。
聖力のおかげで汚れとは無縁の髪と肌は艶やかで、もともとくりくりと愛らしかった瞳は肉がなくなった分さらに大きくぱっちりと目立っている。
小ぶりな鼻と唇は変わらないが、頬に肉がなくなった分、その愛らしさが際立った。
ズドンとして境目のなかった体は、胸の大きさはそのままにウエストはほっそりとくびれている。当然腕も細くなっているが、たるみもない。
可憐は王子の大好きな「スレンダー美人」になっていた。
王子は、食い入るように可憐を見つめている。
「この度はご苦労だった、聖女殿。おかげで我が国は守られた。心から感謝する」
年齢ゆえか容姿にはあまりこだわりのなさそうな王が、まずは礼を述べる。
「ありがとうございます。ひとえにジーク卿をはじめとした黒騎士団のおかげです。この通り無事に聖地巡礼の旅を終えましたので、陛下におかれましても契約を遵守していただければと思います」
「うむ、もちろんだ。魔法契約書通りにしよう」
上機嫌に王が笑う。
王に関してはあまり厄介なことにはならなそうだと、可憐は胸を撫でおろした。
問題はそのあとだった。
しばし王宮に滞在後、新たに用意してもらう屋敷に移り住むことになっている可憐のもとに、次々と求婚者が訪れた。
青騎士団長は可憐の美貌と『聖女の幸運』目当て。大神官は聖女という存在そのものを神殿に囲い込みたい意図と、やはり容姿にも惹かれているようだった。
二人とも最初から失礼だったので、すげなく振った。
失礼ではなかった白騎士団長にも求婚されたが、丁寧に断った。
彼は粘ったが、「私が聖女の名と能力を女神様にお返しすると言っても結婚したいですか?」と聞くと渋々引き下がった。
残るはスレンダー美女大好き王子。
ジークと一緒に庭園を散歩していると、ズカズカと無遠慮に近づいてきた。
帰還後の雑務に追われていたジークとようやく会えたのに、と可憐はため息をつく。
「ふん……本当に変わったものだ。少々歳はいってるが、悪くない。いや、むしろ美しいと言っていいだろう」
「……恐れ入ります」
では、と去ろうとすると、王子の手が伸びてきた。
それが可憐に届く前に、ジークが間に入る。
「騎士団長ごときが、何をしている。どけ」
「どきません」
王子を見下ろすジークの表情は可憐からは見えなかったが、声と後ろ姿にさえ迫力がある。
王子が小さく舌打ちした。
「……まあいい。ならそのまま聞け。聖女カレン、そなたを側室に迎える」
「……はい?」
「ああ、正妃は無理だぞ。私には婚約者がいるからな。だが、面倒な公務は正妃に任せて贅沢な暮らしを享受できるのだ。悪い話ではあるまい?」
「悪い話です。お断りいたします」
「なんだと!? なぜだ!」
「なぜって……失礼すぎる殿下のことがこれっぽっちも好きではない、むしろ嫌いだからです」
「そなたの気持ちは関係ない。断るというのなら、どこまででも追い続けるぞ。王子としての権力を使ってな」
「陛下が黙っていないでしょう」
「関係ない。父上のほうが先に死ぬ。私に従う者も多い」
全然めげない王子に可憐は辟易する。
拳を握りしめたジークの怒りが、今にも爆発しそうだった。
その彼の腕に、そっと手を置く。大丈夫だというように。
「わかりました、殿下」
「おお、わかってくれたか!」
「その代わり、私のペットをかわいがれない方と結婚することはできません。ペットごとかわいがっていただけますか?」
「ペットだと? ああ、もちろんだ。そんなことで良いなら」
可憐がにやりと笑う。
ジークも小さく笑いをもらした。
「それを聞いて安心しました。メッシー、小梅ちゃん!」
可憐がかわいいペットの名を呼ぶと、白い子犬がどこからともなく走ってきて、白いオカメインコが可憐の肩にそっと乗った。
「ふ、愛らしい獣たちではないか」
「そうでしょう? 自慢の子たちです」
王子にニコニコと笑みを向けながら、ジークに聖女バリアを張る。
そしてすかさずデスボイスで歌い始めた。
王子は体から力が抜けてがくりと膝をつき、メッシーと小梅ちゃんはムクムクと大きくなっていく。
「さあ、殿下。私のペットをかわいがってくださいませ」
小梅ちゃんが王子のすぐ上をぐるぐると旋回する。まるで獲物を狙っているかのように。
メッシーは動けない王子にのしのしと近づいて、グアッと大きな口を開けた。
「ひ、ひぃぃ……。わ、私が悪かった。二度とそなたに近づいたりしない。だから許してくれ……」
「ご理解いただけてうれしいです」
今度はソプラノ音域で歌い、メッシーと小梅ちゃんを元のサイズに戻す。
動けるようになった王子は、走って逃げて行った。
「ふう……これでプロポーズ騒動は一息つきそうですね」
「はい。ですが、もう一人残っています」
そう言って、ジークは可憐の前で片膝をついた。
「カレン様。どうか私と生涯を共にしていただけませんか」
「……!」
「私はあなたと共に歩み、笑い合い、美味しいものをたくさん食べる人生を夢見ています。剣の腕しか取り柄のない男ですが、あなたを想う気持ちだけは誰にも負けません」
「一緒に……美味しいものをたくさん食べてくれるんですか?」
「はい、もちろん」
「旅も終わったことだし、また太ってしまうかもしれませんよ?」
「体型がどうであれ、カレン様はカレン様です。今のお姿も以前のお姿も好きですし、何よりもあなたの心に惹かれているのです。あなたがどう伸び縮みしようが、この気持ちは変わりません」
その言葉に胸がいっぱいになり、可憐はぽろぽろと涙を流した。
「私でよければ、喜んで」
「……!」
ジークは立ち上がり、可憐をそっと抱きしめた。
「夢のようです」
「私こそ」
二人、見つめあう。
メッシーと小梅ちゃんが気をきかせて後ろを向いたそのとき、ぐぅぅぅという派手な音が鳴った。
「……」
可憐が頬を染めてうつむく。
ジークが優しい微笑を浮かべた。
「お互いの気持ちが通じ合ったのですから、まずはデートなどいかがでしょう。王都にケーキの美味しい店があるのですが、ご一緒していただけますか」
「もちろん!」
どちらからともなく手をつなぎ、歩き出す。
この人と共に生きられるのなら、ハンバーガーもピザも焼き鳥もラーメンもすき焼きもパスタもないこの世界も悪くないな、と思った可憐であった。
この後、王子は教育受けなおしの上しっかり者の王子妃の尻に敷かれ、ジークは『聖女の幸運』と実力で躍進していくものと思われます。たぶん可憐はリバウンドします。