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ホタルの帰り道 - return to the world of aqua -  作者: きもとまさひこ
第一章
4/36

1-4

 川原を通って町に帰ろう、という話になった。


 川原といっても、まだまだ上流のこの場所は、大きな石が転がる岩場の連続だ。必要ならちょっとした岩を登って乗り越えなければならない。だけど川育ちにとっては、リクリエーションのようなものだった。


 テレビでボルダリングという競技を見たことがある。壁に石を固定して、それを足場に上に登っていく競技だ。岩場なんて自然の中ならそこら中にあるのに、どうしてわざわざ人工の壁を作るのだろうと、ふたりは首をひねった。


 挑みたい自然ならいくらでもある。それは本当に自然が自然として存在し、人間はそこに立ち向かいながら片隅にひっそり住まわせてもらっている。自然と触れ合う遊びというのは、遊んでいるというよりは、むしろ遊ばせてもらっているという感覚に近い。


 孫悟空は御釈迦様の手のひらから逃げ出せなかったという。人間は誰も、自然の手のひらから抜け出せない。伊豆半島のまんなかのこの町では、それは主に山だったり川だったりするが、海岸沿いの町なら抜け出せない自然は海かもしれない。


 誠人はそんなことを考えつつ、大小の石や木の枝などに気を配りながら慎重に河川敷を下流のほうに進んでいった。


 だが、考え事をしていたのは、やっぱりよくなかったかもしれない。


「まーこーとーっ! はやくーっ!」


「待ってよ、——とっ!」


 ズッと足を滑らせた。ちょうど出っ張りがないツルツルの岩だった。


 まずい! と思った時には、転倒して背中を岩に打ち付け、痛みのあまり身体を丸めたせいで、そのまま支えるものがなくなった。


 グボッ!


 流れの急な川に落ちる。ちょうど深い場所だった。


 とはいえ、誠人も川の町で育った少年であるわけで、水の中の恐ろしさを知っていると同時に、相対し方もまるっきりの素人でもない。あわてずに息をとめて、水中で身体をまるべてくるりと一回転。身体が浮上する方向を見極めて水面に向かった。


 顔を出す。


 息を継ぐ。


「誠人! 大丈夫っ! ?」


 桃子の声がする。


 桃子は、誠人が落ちた川の流れを見定めようとしていた。飛び込むつもりに違いない。


 川の流れは、誠人が思っていたよりも速い。いくら桃子でも飲み込まれてしまう可能性がある。


「来るな!」


 水面に顔を出すと同時に叫ぶ。一回潜って再度顔を出し、空気を吸う。こうしている間にも、どんどん下流に流されていくのが分かる。


 足がついた……ふんばれるか?


 と思ったら、苔ですべって完全にバランスを失った。


 急流に身体を持っていかれる。


 水を飲んだ。——落ち着け。川育ちだろ!


 でも姿勢を戻せられない。上はどっちだ。空気があるほうはどっちだ。どっちだ!


 ああ、吸い込まれる。河底から何かの声がする。引き寄せられる。


 誰かが呼んでいる。このまま沈んでいってしまうのか。それとも沈むこともできずに流されていってしまうのか。


 光が……光が見える……。


 《帰りなさい。帰ってきなさい……》


 誰かの声だ。透き通るような、それでいて低くて重い声。


 水が身体に、まとわりつく。


 《あなたは、帰らないといけないわ……》


 静かなささやきが耳にまとわりつくのを感じながら、誠人は意識を失った。



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