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ホタルの帰り道 - return to the world of aqua -  作者: きもとまさひこ
第一章
1/36

1-1

 西島桃子(にしじま ももこ)が海で泳いだら、彼女は人魚になって遠くに行ってしまうのではないか。そんなことを、永見誠人(ながみ まこと)は考えていた。


 中学校の水泳の授業である。


 水泳の授業で、女子が泳ぐのをぼんやり眺めているなんて、普通に考えたら変態以外の何者でもないのだが、桃子を見る誠人の目にはそんな邪な考えはなく、純粋に綺麗だなという感想が頭を埋めていた。


 中学最後の学年は、一学期の水泳を最後に、体育の授業はほぼなくなり、二学期以降は高校受験対策の授業で占められる。ここのような伊豆半島のど真ん中の田舎の学校であっても、だ。


 なので今年の最後になるこの授業では、生徒たちもいつもより気合が入っているようだった。


 プールサイドには、男子生徒はもちろんのこと、他のクラスの女子たちも見学に来ていたりして、皆一様に水着姿の女生徒たちに注目している。中には、スマホを構えて撮影している者もいたりする。


 しかし当の本人たちはと言えば。


「あーっ!  また負けたぁ!」


 プールの中にいる女子生徒たちの中から悔しそうな声が上がる。どうやら、プールでは今まさに突発競泳大会が行われているようだ。その競泳大会の参加者の中には、ふたりの少女の姿があった。ひとりは、ショートカットの活発な印象の少女——西島桃子で、もう一人は、長い黒髪をまとめてキャップにいれた、落ち着いた雰囲気のある美少女——紀美だった。


「ふふん。またもや私の勝ちねっ。やっぱりこの学校で泳ぎが得意といえるのは、川育ちの私だけね」


 ショートカットの桃子が、自信ありげに胸を張る。だが、スレンダーなその肢体は、胸を張ってみたところで、たいして主張をするのでもなかった。


「ぐぐぐーっ! 桃子なんて、ただ速いだけじゃない!」


 黒髪の紀美は負けじと言い返すが、彼女の顔には悔しさが滲み出ていた。


「そうだよっ。でも、速く泳げることは事実だからねぇ。まあ、紀美の場合、ただ単に練習不足なんだろうけど」


 その言葉を聞いて少女の顔はさらに険しくなる。


「言ったわね!」


「ふふん、聞こえませんでしたかねぇ?  ならもう一度だけ言うよっ?」


「ぐぐぐーっ」


 二人のやり取りを見て、周りにいた生徒たちも口々に感想を言い合う。


「あの二人って、仲が良いんだか悪いんだかねー」


「いつもあんな感じだよ。見てて飽きないよね」


「あそこまでいくと、一種の愛情表現なんじゃない?」


「まぁ確かに、あれだけ喧嘩できる相手がいるっていうのはある意味貴重だもんね」


 その言葉を聞いているうちに、プールサイドに座っていた誠人はあることを思いつく。


 (……そうか! )


 誠人は立ち上がった。


「ん?  どうしたんだ永見」


 隣に座る友人が話しかけてくる。


「ちょっと思いついたことがあるから、行ってくるよ」


 それだけ言うと、誠人はプールへと駆け出した。


「あっ、おい! ? ええっ? 女子のところに行く気か? ……ったくあいつは相変わらずマイペースだなぁ」


 友人の呆れたような呟きを聞きながら、誠人は女子たちの方へずんずんと歩いていった。


「ねぇ、さっきから何を騒いでるの?」


 突然背後から声を掛けられて、桃子と紀美のふたりは同時に振り返る。そこに立っていた人物を見ると、桃子は驚いたように目を見開いた。


「な、誠人! ?  どうしてここに! ?」


「いや、別に大したことじゃなくて、二人がうるさいから注意しようと思っただけだよ。ほら、授業中なんだしさ」


 そう言われてみれば、自分たちが水泳の授業中だったことを思い出す。


「……というのは冗談で」


「え、冗談?」


「うん。実は僕、気づいたことがあるんだ。桃子たち二人の関係は、このままでいいのかなって」


 喧嘩なのかじゃれあいなのかを続けていたふたりの少女、桃子と紀美は、中学にはいってからの友達ではあったが、ともに水泳部でなにかとライバル心を燃やしていた。


 そして今日、最後の体育の時間で競泳大会が行われたわけなのだが、そこで紀美が桃子に勝負を挑んだのだ。エースである桃子に勝つことができれば、自分の実力を証明できると考えたからだろう。


「で、結果はどうだったの?」


 誠人が尋ねると、桃子は得意げに笑みを浮かべる。


「もちろん私の勝ちよ。だから言ったでしょう?  私は川育ちなんだから。それで、それがどうかしたの?」


「いや、ただ単に結果を聞いたんじゃなくて、今の水泳対決の結果を受けて、どういうことで手を打つのかなって思って」


 誠人のその言葉に、今度は紀美が反応する。


「あぁ、なるほど。つまり誠人くんはこう言いたいのね。『もっと仲良くしろ』とかなんとか。でも残念でした。私たちは昔からずっとこんな感じだし、今さら変えるつもりはないわ。それとも、私たちの友情にヒビが入るかもー、なんて心配してくれてるのかな?」


「いや、逆」


「逆ってどういうこと?」


「ふたりさ、いっそのこと付き合っちゃえば?」


「「はぁ? !」」


 桃子と紀美は揃って声をあげた。


「ふたりの関係ってさ、もはや友情とかライバルとかを超越して、恋だと思うんだ。恋。いまどき女子同士だからとかなんてこだわったりしないだろ?」


「そういう問題じゃなくて」


「うん、もう、付き合っちゃいなよ」


「「ちーがーうー!」」


「やっぱり、息あっているじゃん。はい、仲直りだね」


 してやられたと、ふたりは幾分不満そうに、でも何か恥ずかしくて頬を染めた。こうして、二人の少女は笑顔で和解し、その場は丸く収まった。


 その後、誠人は水泳部の部員たちから、なぜか「よくやった!」と褒め称えられることになった。


 そして放課後。誠人はいつものように生徒会室に向かい、役員仲間に今日の出来事を話した。誠人は生徒会の副会長をしていて、特に会合などで会長がピンチになった時に、横から的確な助言をすることで一目おかれていた。適当に相手を丸め込む話術に長けているだけなのかもしれないが。


「へぇ、そんなことがねー。永見くん、なかなかやるじゃない」


 そう言って、ショートカットの少女はニッコリ微笑む。書記を担当している二年生の女の子だ。


「そうですね。あの二人に仲直りさせるなんて、並大抵のことじゃないですよ」


 そう言うのは、メガネをかけた背の高い少年で、会計を担当している。


「でも、永見くんがそこまで気を遣う必要はなかったんじゃないかしら?  彼女たちはいつもあんな感じなんでしょ?」


「そうかもしれませんけど……。やっぱり、放っておくことはできないと思ったんですよ」


「なになに?  やっぱり永見くん、桃子ちゃんと特別な関係なの?」


 茶化すような口調でそう尋ねてきたのは、会長の美咲だ。彼女は、誠人と桃子の長い付き合いを知っている人物でもある。


「違いますよ。ただ、桃子に友達と喧嘩してほしくないんです」


「まぁまぁ、照れない照れない。で、これからどうするの?」


「まだ具体的には決めてませんが、とりあえず桃子と話し合ってみようと思います」


 誠人の言葉を聞いて、美咲は満足そうな表情を浮かべる。


「うんうん、頑張ってね。あ、そうだ。もしよかったら、今日はもう上がってもいいよ。あとはわたしがやっておくから」


「いいんですか?」


「うん。それと、福永先生が寄ってくれって言ってたよ。多分、畑にいると思う」


「またですか? 理科の先生の趣味が農作業ってのは、合っているような合っていないような……」


「いいじゃない。おいしい野菜がとれるのだから、ご近所でも無人販売所は有名になっているし。学校のプロモーションも兼ねているのよ」


 市立中学なんて、学区が決まっているんだから、プロモーションも何もないじゃないかと、誠人は口の中で愚痴た。


「分かりました。じゃあ、僕はこれで失礼します」


「うん。がんばってね」


「あ、ちょっと待った。忘れるところだった。これ、おみやげね」


 美咲は、鞄の中から一冊の本を取り出し、それを誠人に渡した。


「これは……?」


「『恋愛マニュアル』。わたしが執筆したの。結構いい出来だと思うんだけど、読んでみて感想を聞かせてくれる?」


「はぁ、別に構いませんけど……」


「ありがとう。じゃあ、お願いね。あ、それから、この本は誰にも見られないように注意すること。いい?」


「はい、分かりました」


「よろしい。じゃ、行ってらっしゃい」


 美咲に見送れられ、誠人は生徒会室を後にした。



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