白い魔物(2)
「好きなものを頼んで、その代わり…王城で何かあったのか聞きたいわ。王様は、今度あなたに何をお願いをしたのかしら。」
あまり感情を乗せない笑みを浮かべながらも、コトハネの目には期待の色が見え隠れしている。
どんな話でも、気になったら仕入れたいと思うのは元冒険者のサガだろう。
『情報』は時に金や時間、酒よりも高価な価値が付く。
グリムは少し考えてから、国王に命令された依頼内容についてだけ話した。
口外してはいけないとも言われていないし…王城で見てきたエルフの剥製や、魔物奴隷についてはあまり話す気にもなれなかった。
コトハネは注文した夕焼け色のカクテルを手に、終始神妙な面持ちで話を聞いていた。
だがある程度話し終えたところで、まだ数口しか飲んでいないカクテルをテーブルの上に置くと…疑うように眉を潜めて首を傾ける。
「持って行った魔道具が全部壊れたって...本当?そんなの初めて聞いたわ。」
「あぁ、魔術師が同伴しても白い魔物を見つけることはできなかった。森に入った兵士たちは、皆気付くと入り口に戻されるらしい。」
「白い魔物…ねぇ。グリム君、それ本当に一人で行くの?」
コトハネの珍しく不安そうな声に、グリムは手にしていた塩辛いジャガイモのスープから視線を上げた。
「魔術と魔法の違いは知ってるわよね。魔術師は道具に魔力を宛がうことで操る技術者で、魔法使いは魔力そのものを操る能力者…。どちらも重要なのは魔力の有無に違いないわ」
『魔力』とは、この世界に存在する全てのものに宿っている、目に見えないエネルギーそのものだ。
空気、土、水、石…生き物にも魔力は流れている。魔法使いと呼ばれる一定の者たちは、その魔力を直接操ることが出来た。
だが、魔力を操れる限界は人によって違ってくる。
魔力を操る『器』が大きければ大きいほど、より多くの魔力を取り入れ、強大な力を生み出すことができる…。
魔力の才には恵まれなかったグリムにとっては、あまりに馴染みのない話だ。
「魔道具は周りにある魔力を取り込むことで動作する。でも、瞬間的に大量の魔力を取り込んでしまうと、中の器が壊れて動かなくなってしまうの。」
「意図的に魔力が流し込まれたから、魔道具は壊れたのか。」
「えぇ、それも大量の魔力を、一瞬にして…そこにあったすべての魔道具へね。…簡単そうに見えるけど、並みの魔物が出来る技じゃないわ」
コトハネの穏やかな声が張り詰めたように重くなる。
確かに、低級の魔物ではないのだろう。…だが、それなら何故あんな辺鄙な森の中に身を潜めている。
高い魔力の器を持っていながら、何故戦いを避ける必要がある。
「気を付けた方がいい。…賢い魔物ほど手が掛かるんだから」
コトハネが口元で傾けたカクテルのグラスから、雨粒のような水滴が流れ落ちていく。グリムは黙ったまま小さく頷き、左腰に下げた剣鞘に触れた。
「…問題ない、俺には聖剣がある。魔王以上に強い魔物は存在しない。」
どんな魔物であれ、国王の命令に従うほかないのだから…俺が為すことは変わらない。
手に触れた銀の剣鞘はひんやりと冷たく、身に縛りつけられたように重く感じた。