白い魔物
王城を出る頃にはすっかり日が傾き、辺りは薄暗く街頭には明かりが灯っていた。
...今日泊まる宿を探さなければ。
城に泊まることも出来たが...捕らえられた魔物や、多くの兵士が行き交う城の中は息苦しかった。
食事処に寄る気力もなく、全く腹も減らない。まだダンジョンのボスと戦っている方が楽だっただろう。
高価で派手な柄の絨毯を踏み歩くよりも、小さな木の小屋やひんやりと冷たい洞窟の中で焚き火をしていたい...。
「随分、やつれた顔してるわね。」
後ろから聞こえてきた声に顔を上げると、広場に見える噴水を背に二つの赤い光が誘うように揺れているのが見えた。
風が吹いた拍子に流れるような黒髪が宙を舞い、赤色のイヤリングが街灯の光で反射する。
紫色の瞳を細めてこちらに微笑むその姿に、グリムは立ち止まった。
「...コトハネ」
「お疲れ様、グリム君。ふふっ、ひどい顔ね。王様に怒られでもしたのかしら?」
様子を見にきてくれたのか...コトハネは空中に腰掛けて浮いている状態で、なびく髪をすくい上げ耳に掛ける。
目に見えない椅子を蹴るように降りると、ふわっとつま先から地面へ着地した。
昼間見たリザードマンと、コトハネが連れていた魔物...ツキイロの姿はなかった。
「...リザードマンの子供は」
「えぇ、あの子達は私の部屋で休んでるわ。ニッドの怪我もあるし...でもツキイロが一緒にいるから大丈夫。」
「ニッド?」
「リザードマンじゃ可愛くないでしょ。名前がある方が呼びやすいわ。」
コトハネの手には、いつの間にか魔道具のランタンが握られている。
魔法石が入れられたランタンは、行先を示すように目的地まで照らしだしていた。
「ついてきて、気分転換させてあげる。」
そう言って人気のない路地に入り込むと、入り組んだ細い道を手慣れたように歩いていく…進むにつれて淡いオレンジ色の街灯が路上を照らし始め、話し声のようなざわついた音が聞こえてきた。
目が眩むような光に手をかざすと、その先には一軒の巨大な建物が見て取れた。...レトロ調の古い壁に貼られた看板には『テナイド』と書かれている。
他国の商人や旅人、街の住人たちと多くの人が集まる街一番の居酒屋だ。
ひっそりとしていた表の通りからは想像も出来なかった景色に、まるで別世界に引き込まれたような不思議な感じがする。
「久しぶりの再会なんだから、付き合ってちょうだい。」
コトハネに手を引かれ、店内の活気に気を取られながら店の奥へと入っていった。
様々な話のネタを酒のつまみに飲み交わしている客の横を、働いているゴブリン達が忙しなく酒や料理を運んでいく。
魔物奴隷が一般的になったこの国にしかない光景だろう。