王城にて(3)
「私の騎士で、この国の勇者が、奴隷一匹も従わせていないとは可笑しな話だろう?なに、遠慮はいらん。」
「あら、お父様。それは勇者様が決めることじゃなくて?」
突然部屋に入ってきた甘えるような声に目を向けると、そこには可愛らしい顔をした女性が、不満げに口を尖らせて立っていた。
身に着けている派手やかなドレスが揺れるたび、縫い込まれている宝石が騒がしくキラキラと光を放っている。
国王陛下の娘で三姉妹の末っ子。リタ王女。
姉妹一の浪費家で甘えん坊。我儘だが末っ子ということもあり、長女のリディアからひどく溺愛されていた。
リタ王女のすぐ後ろには、執事の制服を着た背の高い男が立っている。
従者かと思ったが…グリムはその男の顔を見た瞬間、驚きのあまりに目を見開き、首を絞められるような感覚に息を飲んだ。
奇麗な青い髪に、生気を感じない白い肌。こめかみのあたりから、美しく曲線を描いた黒い角が生えている。
その整った顔には見覚えがあった。
二年前、魔王城で一戦を交えた魔王の副官…青の冷将。
嬉々として戦いを好む魔族の男だった。
氷魔法、空間魔法を得意とし、魔王城で戦った際もその豪快な技の数々に圧倒されコトハネと共に苦戦したことを昨日のように覚えている。
好戦的に笑っていた表情は、まるで死んだように青白く。
戦いを前に高揚し熱を帯びていた瞳も、感情を失ったように黒く濁っていた。
短かったはずの髪は胸の辺りまで伸ばされ、背の後ろで一つに束ねられている。
...まるで、生きた着せ替え人形だ。
リタ王女はグリムが後ろの男を見ていることに気がつくと、自慢気に男の腕を取りその手を回した。
「美しいでしょう。私の奴隷で、エラルドと名付けたの。とっても悪い子だったから、薬をいっぱい飲ませて感情と自我を取ってしまったのよ。今は私の言うことだったらなんでも聞いてくれるわ。...でもやっぱり、喋らないのはつまんないのよねぇ...」
リタは手を離すと新しい暇つぶしを見つけたように、その大きな瞳でグリムに笑いかける。
「お父様。もしその白い魔物、勇者様がいらないのなら私に下さいません?お話相手が欲しいの。」
「ふむ...。まぁ、良いだろう。好きにしなさい。勇者殿が気に入らなければ、リタにやるといい。」
「ふふっ、よかったわね。リタちゃん。」
喜んで微笑むリタの後ろで、かつて魔王に仕えた男がただ静かに佇んでいる。
魔王城で捕らえられたあの日から、大量の薬と魔法による束縛で自我を失い、逃げることも、叫ぶことも叶わずに...ただ人の命令を聞く人形になった。
戦いにあれほど血を燃やしていた男が...死んでもなお生かされている。
これほど残酷なことがあるのか。
かも当然のように笑う国王とそも娘たちの異様な雰囲気に、内臓を触られるような気持ち悪さを覚える。
虐待を受ける魔物奴隷、エルフの剥製...自我を奪われた魔族。
考えてはいけない。
俺が成してきた事を、この国への忠誠を...疑ってはいけない。
ゆっくりと冷えていく指先を握りしめ、王族の話に耳を澄ましながら...ただこの時間が過ぎるのを待った。