魔物奴隷(2)
ルディシャの玄関口と言われている港町「ディエナ」。
巨大市場からもっとも近い船着き場へと1隻の黒い船が停められた。
偶々その場に通りかかった商人たちは、船の帆に描かれているルディシャの国章を目にすると興味深げにその船の動向を伺い始める。
…魔物を乗せた奴隷船だ。
暫くすると銀の鎧を纏った兵士達が現れ、その少し後を手枷と猿轡で拘束されたゴブリン達の列が続いた。鎖で繋がれた状態で、拙い足取りのまま船から下ろされていく。
抵抗一つしないのは薬を飲まされているからだろう。「思考と感情」を少しずつ奪っていく、魔物を奴隷にするために作られた薬だ。
ゴブリンは荷を積むための馬車に詰め込まれていき…少し後に、ぐったりとした人の形をした魔物が同じ馬車の中に投げ込まれた。
…恐らくエルフの死骸だろう。
生きたまま捕らえられなかったか、捕らえたが自ら命を絶ってしまったか…
知能の高い魔物を手に入れるのは難しい。
だがエルフは見目が美しいので、死んでも剥製にすればまだ高値で売れた。
終始その様子を見物していた商人たちは目新しい魔物もいないことが分かると、つまらなそうに腰を上げ別々の方向へと散っていく。
…何度見ても、この光景には息が詰まる。
赤みがかった茶色の短い髪に暗いグレーの瞳。
騎士の紋章が飾られた黒の制服を身に付けた青年は、悲しみと後悔、迷いと様々な感情にその鋭い瞳をグッと細めた。
腰に提げた剣の鞘を軽く握れば、金具が触れ物悲しく音を立てる。
2年前…魔物との死闘を繰り広げ、魔王の首を切り落とした奇跡の剣。
神力が宿ったこの聖剣は、選ばれた者にしか握ることさえできない。
─勇者グリム。
人々は彼のことを畏怖の念を込めそう呼んだ。
優れた剣術と高い身体能力を持ち、この国で彼に決闘を挑んで勝てる者はいない。
恵まれた体格とその険しい顔つきから冷酷な勇者だと度々噂されるが…根は真面目で心優しく、恩義を重んじる男だった。
魔物を乗せた荷馬車はガタガタと音を立て動きだすと、整地された石畳を踏み王城へ馬を向かわせた。
まるで人形のようなゴブリンの姿が目に焼き付き、身を蝕む罪悪感に拳を握り締める。
…魔王を倒せば、国は豊かになり民は平穏に暮らすことができると信じていた。
聖剣に選ばれた『勇者』として、それは自身の使命であり国にできる唯一の恩返しだと…
だが…この国の姿が本当に、聖剣が望んだ結末なのか。
グリムは答えのない疑問に視線を落とすと、自身のブーツの下で動いている影が目に入った。
土を引きずるような足音が、ゆっくりと一歩ずつ近づいてくる。
不気味に揺れる影の動きに剣の塚を取りパッと振り返れば、そこにいた物に驚き目を瞬かせた。
大樽だ。
いや…正確には重ねられた大樽を、魔物らしき奴が後ろで運んでいる。
樽のせいで前が見えていないのか、その重さによろめきながら摺り足でゆっくりと此方に向かっていた。
「…おい、」
方向が違うことを教えたかったのだが、突然前から人が現れ驚いたのか。
魔物はビクッと飛び上がるとその衝撃でバランスを崩し、グラグラと大きくよろめいた。
「ワ、ワッ!」
咄嗟に支えようと手を伸ばしたが間に合わず、一つだけ取ったが残りは魔物が倒れるのと同時に地面へと転がり落ちていく。
ずっしりと重たい樽の中身からは、ほのかに甘い葡萄酒の香りが鼻についた。
酒場用の酒樽だろうか?割れなかったのは運が良かった。
「も、申しワケ、ゴザマセン!人間サマ!」
バッと起き上がった魔物は、まだ幼いリザードマンの子供だった。
二本足で歩くトカゲの姿をした魔物で、大きな手足に太い尻尾、皮膚は固い鱗で覆われている。
だが…その子供は随分と痩せ細り、所々に怪我を負った皮膚は鱗が剥がれ痛々しい姿をしていた。
その首の後ろには、所有者がいることを示す魔法の焼き印が刻み込まれている。
奴隷の印であり、魔物の行動や力を封じ込める束縛魔法。
印を付けた者を主とし、奴隷は主に対して絶対服従を強いられる。
カタカタと小刻みに震え、身を小さくする姿は酷く怖がっているようだった。
「…その、怪我は─」
「おい!何やってんだトカゲ野郎!」
怒鳴り声が聞こえ顔を上げると、船着場の方から褐色肌の肩に刺青を入れた男が現れた。