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雨が好きな理由

作者: 一ノ瀬 葵

 この季節は意外と嫌いじゃない。特にこの橋から見ると、ほら、きれい。

 「まーたここにいた。出勤前に橋にいられると飛び降りるんじゃないかってヒヤヒヤするんだから」  

 高校からの友人である灯日咲は、大学こそは違えど会社の同僚である。

 「さぁ行きますか」

 意気込むと一つ下の後輩がやってきた。

 「今日も傘見てたんすか」 

 「うん。そうだよ」

 「六月ってそんなにいいですかね」

 「まぁ普通嫌いだよね。寒かったり暑かったりするし。でも、私の隣にいる灯日さんは六月を謳歌するみたいよー」

 「もうっ先に言わないでよ」

 少し照れている咲はとても幸せそうだった。話について来られない後輩くんへ私の口から言ってやった。

 「ジューンブライドって知らない」

 「それくらいは知ってますよーってえ?」

 自慢げな表情から一変し、驚きの表情へと変わった。彼の質問攻めタイムになってしまった。もう帰ろっかな。自分が言い出したくせにね。でも、照れながら咲に言われるくらいなら自分から言いたかった。

 「え?灯日さん?どこの誰です?でも、美人だから誰でも結婚したくなっちゃうかー」

 「まぁまぁその辺にしとこ?後でゆっくり話すからさ」

 まぁ傘を差しながら話す内容でもないしな。ゆっくり惚気たいんだろう。

 会社に着くと始業まで彼女は嬉しそうに話す中、私は窓の外の雨を見つめてボーっとしつつ昔のことを思い出そうとしていた。

 「橋本さん?」

 入社から仲良くしているもう一人の同僚呼び出された。みんな始業前から元気なものだ。すっと立ち上がり同僚の方へと足を運んだ。

 「どうしたの?」

 「いや、すごくボーっとしてて体調でも悪いのかと思って」

 「いやいや、十年も前のこと思い出しそうになってただけよ」

 

降りしきる雨の中、イケメンを見つけて、話しかけた。

 「あの、濡れちゃいますよ」

 「でも、傘持ってないし」

 「傘一つ余ってるのであげます」

 なんとなく彼の顔は見てはいけない気がした。制服もびちょびちょで、きっと顔も濡れているだろう。私はその悲壮感漂う彼の名前も濡れている理由さえも知ってる。

 だから、顔なんて見られなかった。

 本当に心配していないのがバレてしまうからだ。学校から帰る私の足は少し浮き立っていた。どんな風にこれから話そうか、近づこうか。ひどい思考をしている。私は傘だけ渡して黙々と散弾を立てていた。意味のないことをしてることくらわかってるけど。

「あのさ」

「はい」

 話しかけられるのは想定外だった。

「家が隣なのに泣いている俺を拾わず、傘だけ置いていくってどういうこと?俺のこと好きなんだよね?」

 「はい。好きです。でも、他の女のことで泣いている先輩に優しく出来るほど私の心は広くありません」

 「今日だけ。いいでしょ」

 「嫌です」

 そう言い切って私は最寄り駅を目指した。しかし、先輩はあげた傘を使わずに走って追いかけてきた。

 「待ってよ。今日だけだって」

 「もうその今日だけ、は信用できません」

 「でも、ずっと許してきた。俺のこと身も心も」


 初めて先輩に彼女が出来たのは、中学三年生の時で、あまりにも浮気性がひどくてすぐに彼女に振られていた。自分が悪いくせに先輩は隣に住んでいる一つ下の私に泣いた顔で、慰めてほしい、と言ってきた。小さい頃から好きだった人に役立てるならって思ったが最後。私は先輩の行く大学まで追いかけてきてしまった。 

 先輩の、どこまで心が込もっているか分からない涙に心を許してしまうのはもうやめようと決めて早五年。何回許したか分からない。

 今日もまた、先輩がそっと握ってくる冷たい手を振り払えなかった。

 空いている手で恋人繋ぎをした。 

 嘘の恋人繋ぎを。


 先輩の家に着くと、先輩も私もすぐに服を脱ぐ。ベッドに上がる。いつもの流れだった。冷えた体が段々と熱くなっていくのが分かる。

 今日も先輩は悲しそうになんてしていなかった。

 ただ欲に任せて目の前の私でよくを満たす。そんな行為、先輩はなんで続けるんだろう。私が軽く許してしまうからなのか

 「美夏、ねぇ美夏」

 「はいはい」

 「なんか今日、変。集中して」

 「ごめんなさい」

 今日の先輩はいつもより強引で乱暴だった。そういう時は、大体彼女に嫌味とか言われて振られた時か彼女に好きな人が出来た時。

 「ねぇ先輩」

 「あっなに?」

 「今日はなんで振られたの?」

 「腰振ってるときに話しかけんなっていつも言ってんじゃん」

 さらに先輩は乱暴になった。

 きっと好きな人が出来たって言われたんだろうな。

 かわいい。わかりやすくて。

 「好きな人出来たとか言われたんでしょ」

 「う、うるせぇ」

 ビンゴ。私なら何でも分かってあげられるのに。

 「そろそろ私にしようよ」

 「やだ」

 「なんで?」

 「年下は無理っていつも言ってる」

 「ひどい」

 ちょっと悲しそうな顔をすると大体いつも行為は終わる。興奮するらしい。

 私なら先輩のこと満たしてあげられるのに。

 なんでよ。教えてよ。

 いつもそれが終わると聞かない私が今日は勇気を出して聞いてみた。

 「なんで私じゃダメなんですか」

 「だから年下は」 

 「ちゃんと答えてください」

 誤魔化されそうな空気を打ち消すように少し大きな声で答えた。

 「俺とお前は付き合っても幸せになれないから」

 「なんでですか。私は一緒にいるだけで幸せですよ」

 「お前は俺に恋をしている。好きな気持ちもきっと本物だと思う。だから、こんなことにも付き合ってる。でも、俺は違う。人を好きになるとか相手を想うとかそういう感覚がわからない」

 「じゃあなんで振られた時いつも悲しそうなんですか」

 「好きになれない自分が辛いから」 

 「じゃあ付き合わなきゃいいのに」 

 「いつか好きになれるかもしれないだろ」 

 こんなに純粋に恋に憧れている人だと思わなかったし、そんな人出会ったことがない。自分のほうが汚れているような、そんな気分だった。でも、好きな気持ちに嘘はない。

 「好きになる相手が私じゃダメですか?って話をさっきからしてるんですが」 

 違うアプローチをしてみた。

「だめだよ。もうこうやって会うの最後にしよ」 

先輩は少しだけ微笑んで水を飲み、服を着始めた。

それが私と彼の最後のやり取り。



「え?ちょっと待って。それただの悲しい胸糞悪い話じゃない?」

同僚はむっとして私を見つめていた。そこに後輩くんがやってきて、話を始めた。

「好きになれないことを伝えたことこそがその人の答えだったんじゃないですか?」

私が少し驚いた顔をして彼の方を見ると、聞いちゃいましたと言わんばかりに右手を頭の後ろに当て、軽く会釈をした後、後輩くんは主張を続けた。

「彼の答えだったんですよ、橋本さんの好きな気持ちへの。もちろんそれまで彼は橋本さんを利用してたって意味では悪いけれど、橋本さんも本気で付き合いたかったらきっとやってないと思うんですよ。そういう関係を少なくとも楽しんでいた部分がある。でも、その日は違った。もうその関係を終わらせようとしたんじゃないかな。彼だけではなく、橋本さん自身も」

「咲がそいつと結婚するって聞いても同じこと言える?」

「え?どういうことですか?」 

「そういうこと」 

「そ、そんな」 

さすがの後輩くんも戸惑ったようだ。少しきつかったかな。

「ごめんね。忘れて。昔の話だから」

 昔の話を今の話にしてしまったのは私だが、自分のデスクへ戻ることにした。

「昔の話じゃなくなったから思い出したんですよね?やっぱり好きなんじゃ」

「それを聞くのは野暮ってもんだよ」

 知ってたよ。ずっと、ずーーーーっと前から。全部知ってた。だから、ね?

「じゃあ先輩が雨、好きな理由、それだけでもいいので教えてください」 

「そいつね、振られると時、大体雨降ってんの。で、いつも傘持ってないの。なんでか分かる?」

 「先輩に慰められたいからじゃ」 

 「君もまだまだだねぇ。それが分かったら全部教えてあげる」

 私は、全部知ってるんだ。先輩のこと。



キーンコーンカーンコーン。

チャイムが鳴ると私は急いで準備をする。 

「また行くの?懲りないねぇ」 

「だって好きだもん」

友達との会話をさらりと済ませ、先輩の教室へと向かう。

そして、寝ている先輩を起こす。

「せーんぱいっ起きてください」 

「んー咲。好きだよ」

「はいはい、知ってますよー」

そう答えながら寝ぼけてる先輩の頭を撫でる。


私の一番好きな時間。

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