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4デビュタント・ホールにて


再び、私、キヨトミカ・セ・ユ・プレイジュがマイクを握らせていただきます。



ーーマイクなんてないですわね、オホホホホ。っていうか、マイクってなんでございましょうね、ウフフフフ。



まぁ、いいんです、心の中ではそのくらいゆるくても。ちゃんと侯爵令嬢として努力した甲斐もあって、外面は良いので。



ええ、私、転生者って奴ですの。

三十歳目前、御一人様を謳歌していたところ、ぽっくりいったら侯爵令嬢でしたわ。



私の言動に驚いたプレイジュの父母が頼ったのが、『聖女様』現在のレッドグローブ子爵夫人。コナツーー小夏。

話してみたら、話の通じること通じること!






「本当、車の構造しりたーい」

……分かれば作る、という話です。移動が断然楽になるし、絶対儲かるし。

「電車もいいよね」

「飛行機は怖い。実験でも無理」

「分かる。ライト兄弟とかリンドバーグってなに考えて作ったの?天才過ぎない?」



リンドバーグつながりで鼻歌に。フフフフンフンフーン。



「知ってる!」

「カラオケ行きたーい」

「何歌う?」

「ELTかな」

「何それ?」

ここら辺から雲行きが怪しくなる。

6歳児と20代の視線がバチバチと交差する。

「エブリリトルシング!」

「あー、知ってる知ってる」

「そのテレビで見たことある的な!」

「おかーさんが歌ってた」

「それ!また!オバサン扱い!」

…と、キレる6歳。すみません。6歳児なので感情コントロール上手くないんですの。

「被害妄想だって~」

カラカラとわらう20代。



ややこしいことに、アラサーで『転生した』私と、十代で『異世界に連れ込まれた』小夏では、(精神)年齢的に私が上になってしまったのだ。



「おか~さま~」

「あっ、天使発見!」

「エトワール、ご挨拶できる?」

「こんにちは!」

「こんにちは、エトワールちゃん。きれいな挨拶ね。そのぷにぷにほっぺ触って良い?」

ーー6歳児にむかってぷにぷにする6歳児。

「自分のほっぺでしたら?」

「いやーん。エトワールちゃん、かーわーいー。おばちゃんの家に来ない?」

「おばちゃんじゃなくて、だから友達になればって」







などとやって、エトワール様を溺愛する近所のおばちゃんから、12年の歳月をもって精神的にも乱高下が落ち着いて、エトワール様を溺愛する親友になったのであーる。まる。



つまり。

ミネオラスト殿下、一回死んどく?

ーーな、気分なのである。





今日はデビュタントーだろーがっ!



エトワール様を自分好みに着飾って、エスコートできるという、あれここ天国?みたいな至福を、私存分に堪能させていただきましたわ!お前の役目だろーがよっ!





☆☆☆





デビュタントの主役として、入場を待つ。周囲は先日の卒業した顔見知りばかり。

親兄弟にエスコートされている者もいるが、皆デビュタントカラーの白を身に纏い、シャンデリアの光が乱反射して、辺り一帯が光輝くようだ。



私は繋いだ所から伝わる、緊張に震える小さな手を、優しく包むように少しだけ力を入れた。ぎゅっと握り返される。

その手がいとおしくて、思わず口付ける。

ミツヤの頬が赤に染まる。…かわいい。





「…はしたない」



入場前の、控えの廊下。

先陣を切る王子である私、ミネオラストと、パートナーである、ミツヤの後ろには、ずらりと貴族子女子息が並ぶ。婚約者と手を取り合って。あるいは、親族と。



先程の言葉が、私たちへ向けたものだとは特定できず、そもそも誰が言ったかも分からない。周囲を鋭く見回しても、学園の同窓生たちが、あちらこちらを向いているだけである。この、妙に目が合わない感じーー態と、なのだ。

そこで、遠くからの視線に引き込まれる。ーープレイジュ侯爵令嬢。忌々しい。特別に美しくもなければ、特別に賢いわけでもない。身分だけの女など、兄上の隣りに並べるのも、今のうちだけだというのに。



「時間ですって」

下から、ミツヤの甘い声がする。わずかに袖を引くこの力無さが愛おしい。

「ドキドキするわ」


「大丈夫だ。一緒に行くのだから」


「…嬉しいっ」


抱きしめたいっ、と思ったら、ドアが開かれてしまった。

ミツヤの笑顔を見て、そっと手を引く。

ーーこの一歩から私たちは、始まるのだ。手を取り合って、共にーー。



会場には、すでにたくさんの貴族が居並び、祝福の眼差しでこちらを見る。音楽隊が華やかな曲を奏で、デビューする私たちの背を押し、勇ましく、そして優しく迎え入れる。


私たちは、会場の中央部を祝福を受けつつぐるりと歩き、そして、全員が入ったところでメインであるデビュタント・ダンスに入るーー、


の、だ、が。


エトワールを見た。気がした。

「ミネー、あの、エトワールさんが居なかった?」

「いや、居るはずがない」


同窓生の貴族令嬢として、デビュタントに居るはずがないことがおかしいのだが、卒業式にも顔を出さなかったのだ。成り上がりの辺境子爵家で育ったということもある。常識のひとつもないのだろうとは思っていたが、まさか、まさか?


ミツヤはぐいとそちらを向こうとする。しかし、我々はデビュタントの列の先頭である。決められたコースを辿らなくては、後続が乱れてしまう。あまり強くならない様に、さり気なくミツヤを進ませる。


「でも、あの、背の高い人たちに囲まれていたわよね?」


「居るはずがないが、居たとしたら一緒に来るのは、親戚かなんかだろう」


「えっ、でも、来たならダンスに入るよね?あっ、でも、ミネーが私といるから、エスコートする人がいないの?」


「親戚と来ているなら、それが相手だろう」


「えっ、あの、でも、あっちに居たよね?」


「だから、多分見間違いだよ」


「えっ、ホント?そうかな…痛っ」


話しながらも後ろを見ようとするミツヤの身体を前に進めていたため、力を入れ過ぎてしまったようだ。


「すまない。大丈夫か…?」


「うん。痛かったけど、大丈夫だよ」

ーーと、ミツヤは周りを囲んだいつもの面々に言う。


「殿下!ひどいではありませんか!」

一人は私に食ってかかり、もう二人は今がその時とばかりにミツヤの手を撫でようとする。


「手首が赤くなっていますよ。女性にそれ程まで力を入れるなんて、愛のある行動とは思えませんね」


「私ならば、ぜったいこんなことはしませんよ」

跪いて、手に口づけを落とそうとするエッセンを引き剥がす。


「ミツヤの手を離せッ」



フフフ……


背後から、女の笑い声が聞こえた。


「プレイジュ…!」


ーー最後尾の、キトヨミカ・セ・ワ・プレイジュが、マーコット兄上と共に入場して来たところだったのだ。明らかに侮蔑の色でこちらを見る。


「列が乱れているぞ」


「あにう…」


「進め」


兄上は端的にそう言って、ゆっくりとキトヨミカと共に歩く。その背を追って私達が進まなくては、始めのダンスの陣形が取れない。


「お前たち、戻れ」


流石に3人も、バツの悪い顔をしてパートナーの元に向かう。どのようにして相手の手を取るのかは知らない。一度手を離したのは自分たちなのだから、なんとか言い訳でもなり、小言を覚悟の謝罪なりをするのかして、再び手を取るしかないのだ。ダンスはまだ、始まっていない。


「ミツヤ、進もう」


ミツヤは、一度離れた手を、優しく触れてくれる。

ミツヤにとっても、私が特別なのだ。

あの三人とは違う。


ダンスの苦手なミツヤは、学園で何度も練習した型をきちんと踊りきった。私の足が三度踏まれたが、たった三度だったのだ。急成長ぶりは天才と言っていいだろう。


それに、一生懸命に身体を動かしている表情の可愛かったことーー独り占めできる悦びは何物にも変え難い。これから、ずっと、こうしていられるのだ。なんて喜ばしいのどろう!


デビュタント・ダンスを終えた面々が、知り合いの元に向かい、散り散りになる。

会場の雰囲気は、いつものパーティーと変わらない賑やかなものになる。


「ミネー、確かめましょっ」

ミツヤは急に手を引いて、走るように進もうとする。

いったい何をーー


「エトワールさんっ」


それは、私に応えたものか、それとも、つい飛び出てしまったものかーー。


前に顔を向けていたため、彼女を呼ぶもの、に聞こえてしまい、さらに、黒髪の女は、ゆっくりとこちらに視線を向けるーー。


エトワールは、いつものように淑女然とし、私に礼を取る。彼女を取り囲む面々も、同様の行動をーー


「ミネオラスト殿下、デビュタントおめでとうございます」


「…あぁ、ありがとう」


ここで普通に挨拶をされても、違和感しかないのだが、普通にしか返事もできない。デビュタント・ダンスに参加していない同窓生に『お前もおめでとう』が相応しくないことは、分かる。


「兄上、デビュタントおめでとうございます!」


にっこり笑ったのは、私の異母弟、第三王子イヨルカだった。

イヨルカは十二歳。その歳には幼すぎるような、無邪気な笑みだが、頭の中は計算でいっぱいな、いけ好かない子どもに育っている。


「イヨルカは、何故ここに?」


「兄上のデビュタントですから」


当然のように返すが、おかしい。社交界のデビュタントなのだ。デビュー前の人間は、ここには立ち入れない。またこの作った笑顔で、誰かを丸め込んだのだろうが、誰が許可を与えたのか。


「父上に叱られるぞ」


子供を叱る一番分かりやすい事を口にしたはずのに、返ってきたのは、「何でですか?」という質問だった。


「デビュタントだからだろう。貴族にとって重要な儀式の一つだ。規約違反を簡単に見過ごすことはできない」


「どこが違反だというのです?」


「だから、イヨルカはまだーー」


「イヨルカ王子ですかっ?初めまして、ミツヤ・ビーツです!」


さっきまで黙っていたーーエトワールの周囲の男たちを見つめていたーーミツヤが、イヨルカに向かって声を掛けた。


しん、と、周りの音が一瞬消える。


「ミネオラスト兄上、私は規約違反は犯しておりませんよ」


イヨルカは、また元の話を始めーー


「ミネー、弟さん、私のこと無視した?ね、さっきの聞こえないはずないよね?無視されたの?エトワールさんの仲間だから?」


ミツヤは私の腕を振りながら、学園でのように甘えてくる。でもさすがに相手は出来ない。

私のパートナーとはいえ、王子であるイヨルカに自分から話しかけるなんて、勇気が溢れてもはや無謀の域に入っている。私を愛称で、呼ぶのも良くない。けれど、いつもの感じが出てしまうのは、ご愛嬌として…許されるべきところだろう。


「ミツヤ、今はちょっと、静かに待ってくれないか?」


「えーっ。ミネーが冷たい」


泣きたくなるようなことを言ってくれるな。今はこの賢い弟で手一杯なのだ。

なのに。


「いいやっ。エトワールさんっ、イヨルカ王子は挨拶してくれないけど、他の方々を紹介してくれますか?みなさんイケメンですねぇっ」


ミツヤはまさかの、エトワールに話しかけるという暴挙に出た。平民である、ミツヤが、である。


「兄上はご存知なかったんですね。確かに、昨年お祝いの言葉も戴かなかったような気もします」


何が、何だか。

口が、ぱくぱくと動くが、何と言って、何から片付けていいのかよく分からない。何か言えばこの混沌は片付くのか?


「私は昨年、大学に入ったのですよ」


何を言っているのか。


「学園は、年齢で入るでしょう? けれども大学は、学力試験に受かれば入れるので、昨年受験致しまして、無事合格しました。そして、自動的に学園の卒業資格も手に入ったのですよ。ーーお祝いしてはくださりませんか?」


「え、あー、おめでとう。さすが、優秀だな」


「ありがとうございます!こちらの皆は、大学の友人なのです。みな、自身のデビュタントが懐かしいと振り返っておりました」


「イヨルカは、もう、昨年?」


「ええ、昨年のデビュタントを、エトワール嬢と共に懐かしんでおりました」



☆☆☆






そろそろ、いい頃合いーー。ね、正に。あのおバカの顔といったら、真っ青というより、黒いわよ。ホラ、イヨルカ殿下が楽しそうに。



「キトヨミカ。その顔も美しいが、2人きりの時に見たいかな」


「あら。申し訳ございません。(悪意が)だだ漏れておりましたわね」


「謀をする君は特に美しいから。私のところに帰ってくるか心配になってしまう」


「殿下の他に、私を隣に置ける猛者などおりませんわ。本来なら売れ残りになるべきものを」


「君の上辺だけ知る者と並んで乞うつもりもないけどね。私の手を取らずに売れ残る気で居るのなら放っては置けない話だね」


「ーー殿下。もう、白いドレスは本縫いに入っておりましてよ」


「そうだろう。もうあと6ヶ月と3日だ!

ーーみな、楽しんでいるか?

ミネオラストは、デビュタントおめでとう」



あちらへ向かっている間、マーコット殿下にエスコートされていると、するすると進んでいたらしく、話しながら彼らの前に着いてしまった。マーコット殿下が流れるように彼らに声を掛け、あちらの皆は静々と挨拶を返す。

私は婚約者として、相応の礼をする。

本当ならば砕けた物言いができる相手達だけれども、公式の場での挨拶くらいは真面目に為す。

そこに居並ぶのは、マーコット殿下の側近。

そして、殿下の治世を支えるべき者たち。



「マーコット兄上。私やエトワール嬢にとっては学友や先輩なのですが、ミネオラスト兄上にとって、彼らは面識がないのです。ご紹介をしようかと思っていたところなのですよ」


イヨルカ殿下が無邪気を装って言う。


今日この時まで二人の大学入学と先んじてのデビューをミネオラストが知らないのは、もちろんイヨルカ殿下と私の共闘です。

ミネオラストが知らないことをマーコット殿下に知らせなかったのも同じく。



居並ぶのは、宰相の子息、大臣の子息、騎士団長の子息、辺境伯の子息…

それも、跡継ぎと定まっている者たち。アレン・セ・ワ・ガランディ、宰相子息に至っては、もうすでにトマトン領を引き継ぎ、トマトン子爵を冠している。

外交を担う大臣、サヴァカ侯爵子息は、非公式ながらもマーコット殿下の同母妹の婚約者に内定している。



ーーさて、ミネオラストよ、彼らを前に、居残ったたった3人の側近ーー爵位を引き継げるかも分からない、お粗末な次男三男たちーーでどう生き延びていく?この国のために何を為す?

何も出来ない、など、あり得ない。

もう子供ではない。

今日ここに、デビューしてしまったのだから。



「エトワール様の研究も順調だと聞きました。詳しく教えていただけて?」


「ええ。この華やかな場では、作物の話など無粋でしょうけれど…」


「まさか!今日この日に大人の仲間入りをした身としては、未来の国に広く貢献する話をすることが、どれほど胸を熱くするか、お分かりではないのね!」


「最初から張り切りすぎですよ」


「まぁっ、イヨルカ殿下にたしなめられてしまったわ。でもーー先輩ですものね。イヨルカ殿下は水害を防ぐ研究をなさっているのですよね。今年の大雨で、スルル大河が暴れなかったのは、殿下の功績とお聞きしております」


「うん。今年は五年前の記録よりは環境がよかったけれど、テテルの地に築いた水門とガナルの堀との効果はあったね。もうちょっと手を加えたいんだけれど、そのためには予算を上積みしてもらわないとーー」


「そんな目で見ても、テテルに第二水門を置く話はまだ無理だね。今年の大雨で保ったのなら、暫くは大丈夫なのだろう?」


マーコット殿下は、騎士団長の子息である、ヨーグに視線を投げかける。ヨーグはピシリとした姿勢を崩さず、


「気象学的には、五年前の雨が記録的異常気象でありますので、今後十年は起こり得ません。二十年とも三十年とも言いたいですが、あの天候、季節、位置、水位の悪条件の加算がどれほど特別であるかはまだ詳細不明です」


引き継いだのは、トマトン子爵であるアレン様。


「その間に、イヨルカ殿下の研究もさらに深みを増すでしょうから、今はそこには裂きません。全ては有限なのです。その」



「「限りある中で、何を為すかーー」」



イヨルカ殿下はキラキラとわらった。


「それはもう聞き飽きたよ。ね、エトワール?」


エトワール様も、寛いだ様子でキラキラと笑った。


「おや、さすがは私のキトヨミカ。デビュタントらしい、未来に心震わせる話題になったのではないか?」


にやにやを押し殺していると、隣に立つマーコット殿下が既にでれでれと顔を崩れ落としている。流石に引く。

でれでれにやにやした未来の国王夫妻は皆受け入れ難いでしょう!

ーーそれにしても、なんでまたこの殿下は、蓼食う虫なのかしら。


「作物も気象も水流も、歴史も争いも政策も、全て絡みあっての国家ですものね。素敵なお話が聞けて嬉しゅうございます」


ね、そこの空気。


「ね、ミネオラスト殿下」

呼びかけると、ピクリと肩を揺らした。隣にいたはずのゆるふわは、いつの間にか食べ物を手にしている。


「さぁ、殿下はこの国のために、『誰と』『何を』為さいますか?」


 



ーー後日、風前の灯であった、ミネオラスト殿下とエトワール様の婚約は、無事に白紙撤回となり、ミネオラスト殿下は騎士団に放り込まれ、色々と揉まれているらしい。



エトワール様の傷にならなきゃ、何でもいいけどね!

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