3レディーの準備
私は、エトワール・セ・ヲ・レッドグローブ。レッドグローブ子爵令嬢です。
20年ほど前に両陛下と共に竜退治に成功した両親の下に産まれ、大事に育てられてきました。
しかしーー両親を筆頭に、周りの存在感が強すぎて、ぱっとしないまま育ってしまったことは否めません。髪も母譲りの黒髪ですが、「夜露のような輝きだ」などと毎日父に誉めそやされる母の髪とはやはり違います。外観からもこの世の規格外な母を連想されて、同じものを期待されてしまうので、父の褐色の髪を受け継いだ方がまだ良かったのかもと、幼い頃は思っていました。
今では、私は私であると納得しています。ありがたくも友達と呼べる人が、私を導いてくれたと思っています。……まぁその友達は過保護な気がするのですが、本物の貴族令嬢、令息というものは、辺境の成り上がり子爵家とは教育が違って当たり前ですからね。
いつも、私のことでハラハラさせてしまっているようです。もう大人ですし、そろそろ落ち着きたいと思っているのですけれど、まだまだですね。
今日は母曰く『貴族の大集会』の一つ、先日学園を卒業した人々を、正式に社交界に招き入れるというデビュタントの日です。私は、あまり大集会にも集会にも参加していないのですが、今日は出席すべきであるとして、他ならぬ友人のキヨトミカ様に引っ張られるようにやって来ました。
キヨトミカ・セ・ユ・プレイジュ様。プレイジュ侯爵令嬢で、王太子殿下の婚約者です。たかが子爵家と本来なら密に付き合うことはないのだけれども、私が特殊な立場なので、学園に入る前から良くしてもらっています。
と、いうのも、私も同じく殿下の婚約者である、のです。キヨトミカ様はマーコット王太子殿下の、私は弟君である、第二王子ミネオラスト殿下の。
以前から分かってはいたのですが、ミネオラスト殿下と私の婚約は風前の灯火。
学園に入学してすぐから、恋やら愛やらに目覚めたミネオラスト殿下に、明らかに距離を置かれてしまいましたから。
私も、歩み寄る努力に疲れてしまい、逃げるように勉学に励んでしまいました。殿下よりも上位の成績であることも、可愛いげがないと言われる一つの所以でしょう。
とはいえ、貴族のーーしかも王家の婚約なので、簡単には反古になりません。
キヨトミカ様は、
「王家と龍覇者たちとの婚姻が必要なら、うちのマーコット殿下と結婚すればいいのよ!それなら、私もすぐ近くに住めるし、ずっと一緒にいれますもの!私、側室で構わないわ!」
などと戯れて、笑ってくださいます。
私の学園生活は、殿下と距離を置くことで、なんとか楽しいものになりました。
本当に、あの一年間はーー。
「エトワール様?」
考えに沈んでいたら 、声をかけてくれた侍女のナチュレと鏡越しに目が合いました。デビュタントの支度を調えてくれていたのです。
「いかがですか?」
「とてもいいわ。すごいわね。こんなの、私ではできないもの」
もう一つ鏡を広げ、後ろ姿も見せてくれる。編み込んだ複雑で優美な髪に、真珠の髪飾りを刺してくれている。
「お父様とお母様は、もう、出たのでしよう?ーー私はあまり早く行く必要もないし、お茶でも飲もうかしら」
「いえ、エトワール様にお客様がいらっしゃっております」
その予定はないはずです。
「ずっとお待たせしているの?」
「支度が調うまで取り次がなくて良いと……」
子爵家とは言え、主一家の意向すら無視しての行いーー。
「キヨトミカ様なの?」
「殿下もいらっしゃっています。それだけでなくーー」
はぁ。思わずため息が出てしまう。
今日は、ミネオラスト殿下と確実にお会いすることになる。もちろん、疎遠な私たちには、エスコートの約束などはない。殿下は彼女の手を取ってやってくるでしょうね。
『心配性で過保護な学友たち』が、心配する状況ですものね。
胸に温かいものが広がるのを感じながら、ドレスを調えて私室を出た。
靴のヒールに負けずしゃんと立てることを、皆に見せに行かなくては。