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1婚約破棄祭り

1婚約破棄祭り





「出てこい!エトワール・セ・ワ・レッドグローブ!」



憎々しげに呼び放たれたのは、私の敬愛する御方の名前。



出ていかずとも、と引き留める私の手をやんわりと離し、会場の一段上がった舞台の方へ身体を向ける。私に背を見せて。行ってしまう。

さらりと揺れる黒髪。見えずとも、夜の湖のように静かに輝く黒い瞳が、凛と前を見据えているのでしょう。





すっと周りの人並みが引き、花道のように一筋の空間が出来上がる。卒業パーティーのために趣向を凝らしたドレスの裾を優雅にさばいて、エトワール様は婚約者の前に躍り出る。

エトワール様と少し離れて、見通しの良い所へ私も移動する。

ここまで来たのならば、見守りましょう。今はそれのみ。





「はい、何でしょうか。ミネオラスト殿下」



「お前の数々の悪行により、スクールの多くの者が苦しんだ。

特にこの、憐れなミツヤ・ビーツへの所業…彼女の身分が低いことを理由に、暴挙の嵐!証拠は挙がっている!」



エトワール様は冷静な眼差しで、べったりと殿下の横に張り付くふわふわピンク頭を見て、殿下を見て、殿下とピンク頭を取り巻く高位貴族の子息たちを見やります。

ーーどの顔も、『正義』とやらに鼻を膨らませて、幼なじみたるエトワール様に情のないこと。



「殿下がおっしゃるその私の行いとは、如何様なものでございましょう」



「はっ!素直に認めるなら温情も湧こうが、知らぬふりを通す気か!…エッセン!」

「はっ、ここに」



侯爵子息エッセンが紙の束を殿下に手渡す。



「スクールに入学してから今日までの2年間、長きに渡ってミツヤを苦しめてきた証拠がここにある」

「…そうですか」



「昨年の4月!春の茶会では、彼女にお茶を引っかけた!令嬢の所業とは思えぬな!」

「あれは、態とではないと分かっていただけたと思っていたのですが」



本当はワザとです。機転を効かせてなさったことでしたけれどもね。

かける前に机の下でほとんど地面に溢して、スカートの端にぬる~いお茶をぱっと散らしましたね。あれは、手早く、正確な動きでした。

そしてエトワール様の失態のように大騒ぎして、ミツヤさんの学園長に対する大ッ失態を隠したというのに!

その後エトワール様は着替えをお貸しし、丁寧に染み抜きを施した衣服を返し、さらにドレスを1着お詫びにとお贈りされていたこと、私は知っております!



「後の行いから、計画的であったと判明している!」

「…そうですか」

エトワール様は表情を変えずに殿下の言葉を受け流して、続きを促されます。

殿下はフンと鼻を鳴らして、また紙を読み出します。





「5月!水辺の集いでは、彼女の衣装を公衆の面前で罵倒した!」

「場に合っていないドレスを着ていれば、注意くらい致しますわ」

「しかも、その衣装は先日の詫びにと、お前から贈った物ではないか!」

「ですから、『水辺の集い』にあっていなかったのです」



あぁ、そんなこともありましたね。

ーー川遊びの日に、ミツヤさんはパーティードレスを着てきたのです。

女生徒は、軽やかなワンピースや、身体の線の出にくいゆったりとしたパンツスタイルで過ごすものです。学園入学したばかりの14歳の皆は、まだ子供と見なされ、足を出してちょっと水に浸けるのも見逃してもらえる…数少ない、子供らしい遊びのできる1日。



4月にスクールに入学し、慣れない生活に疲れた皆を癒す為の1日。

ミネオラスト殿下の婚約者として、副寮長を務め、皆を気遣い続けたエトワール様も、涼やかな水辺でほっと一息つく……はずだったのにっ、この、ミツヤさんがっ!

寮で顔を会わせていれば、いつものようにエトワール様がさらりとフォローされていたのに……ドレスアップに時間をかけたのでしょう、遅刻して集合場所に来たものだから…っ。







「贈り物として渡しておけば、金銭の余裕のないミツヤが水辺の集いに着てくることも計算していたのだろう!やり方が汚いな!」

「なんたる非道!」「賢い頭をそのようなことにしか遣えないとは…!」

殿下の周りがうるさくて、思い出に浸っていた私も現実に帰ってきました。



「はぁ。…そうですか」

エトワール様は安定のクールビューティー。さすがです!



「6月!植物園での研修では、皆の前で傘を取り上げた!これも、事前に傘を持ってこいと執拗に声をかけていたそうだな。これを聞いていた者は、幾人もいるぞ!」



植物園の研修とは、国立の植物園に付随する広大な庭の見学がメイン。王宮の庭園を整備する国の資格をもつ国定庭師が施した、伝統的な木々の配置や庭園の様相、その国定庭師が提案した庭について学ぶのです。



いわゆる遠足なのですが、必要なのはミツヤさんが持ってきた雨傘ではありません。日傘なのです。それはそれは何度も確かめていらっしゃいましたとも!



ーー植物園は、スクールの生徒以外の目がありました。徐に雨傘を差そうとしたミツヤさんを、すんでのところでエトワール様が止められたのです。予備でと御用意されていた日傘をさっと手渡された時も、私たちのように青い顔など見せず、超然とされておりました。





「次の雨の日、エトワールさんに渡された傘を使った父に、ひどく叱られたのです ~ふぇ~ん 」

…レースの日傘を雨の日に使えば、濡れるでしょうね。



えっ、待って。持って帰ったの?エトワール様にお返しせずに?エトワール様の傘…うらやま…けしからん!



「…お父上がお使いになられるとは、思いもよらず…」

「ふぇ…その傘のせいで、父と母が大喧嘩になって…」



泣き出したふわピンク(借りパク女)を、殿下は頬擦りせんばかりに撫でまわして慰める。



「両親の喧嘩を見せつけるなんて、虐待だっ」

……都合の良い部分だけ、最先端の見識を持ってくるのですね。

えっと、今の状況を見せつけられている私達の苦行は、虐待的な何かではないのでしょうか。

況してや、エトワール様へのその態度、品位を疑い…えぇ、もう、殿下たちへ求める品位などないので、今更ですわね。



「それも全て計算だろう!」

「…そうですか」



凡人には到底辿り着けない斜めな理論も、エトワール様はさらりと受け流し…。







春夏秋冬、一巡り、ミネオラスト殿下一味は語り尽くしました。







「…そこまででしょうか?」



静かに、エトワール様はミネオラスト殿下に問いかけられました。



「昨年の、下級生の頃のお話だけなのですが、上級生になられてのお話は?」



スクールは2年制です。ミネオラスト殿下たちの一巡りは、昨年度のことばかり。ーー当然なのですが。



「上級になって、お前と私達はクラスが離れたからな!ミツヤと私達が側にいるので中々手出しが出来なかったのだろう! お前もいつの間にか退寮して、寮での苛めを諦めたのがいい証拠じゃないか!

ーー昨年のことだからもう罪はないとでも言うのか!」



「まさか。罪は罪でございましょう。向き合わず逃亡することで罪が減るはずがございません。ーーですが」

「なんだ?」

「始めに『今日までの2年間』と仰っていたものですから」



そう言えば、ミネオラスト殿下は、そんな戯れ言をほざ…仰っていましたわね。



「あと一年、若しくは昨日今日の話を聞かせてくださるかと思ってしまいました」



ミネオラスト殿下は分かりやすく顔をしかめます。



「お前のそういう四角四面なところがずっと気に食わなかったんだ!それに、お前の取り巻きたちが、ずっとミツヤに罵詈雑言の限りを尽くしていたことを知っているぞ!」



「私にお友達はいても、取り巻きなどおりませんが」



「プレイジュ侯爵令嬢を筆頭に、何人もいるだろう!」



あら、私の名前も出しますか。そうですか。ふふふ。

「私にも罪がある、とおっしゃいますの?」



そこで、初めてエトワール様の表情が波立ちます。渦中に飛び込んできた私を気遣ってのこと。なんて、お優しい!

でも、ごめんなさい。貴女の望む結末にもって行く気は、さらさらないのです。



「エトワール様が訳あってスクールから離れている間、私、確かにミツヤさんの『お守り』を多少しておりましたけれど」

「ほらっ、ミネーの前でも!ふぇ~ん」



あー。

と、思うと、すかさずエトワール様の一言が。



「このような場では『殿下』とお呼びなさい」

「で、殿下ァ」

「この性悪っ」



卒業パーティーという半公式の場で『殿下』とも呼べないふわふわちゃんに、エトワール様のように延々付き合って差し上げる気の長い人間はそう居ません。

私にはとても。全くもって忍耐が持ちませんでしたわ。



「私は立場上、初めから寮には入っておりませんし、どれほどの悪事ができたのでしょう」



スクールは全寮制ではありません。

殿下は見識を深めるため、エトワール様は婚約者としてそれに付き合う形で寮生活をされました。

私は、ミネオラスト殿下の『兄殿下の婚約者』という立場。寮の護りが散漫にならないよう、2年間家から通っております。

理由がなければ、エトワール様と朝から晩まで一緒の生活ができた…!血の涙を流して諦めたのです!



「私の居ないところでミツヤにあれこれと文句を言い…っ!クラスの女子で無視をしたじゃないか!最後にはクラスの皆で!」

「勉学に於いて必要なことはお話していたのですが。班活動は、1度も一緒にはできませんでしたし。ミツヤさんは、ずっと騎士[ナイト]たちに守られておいででしたから…。

あぁ、班を決めるとき、先に決めてしまったから?ーーでは、そちらの皆様でミツヤさんを取り合いしているのをちゃんと待って、それから、クラスの皆で班を決めれば良かったのですね!」



『殿下達』はいつも5人。4人班になるのはまだしも、3人班になる時には、殿下を除いて同じ班になるのはひとりだ!と、謎の勝負が始まるのを、ずうっと見守る必要が我々同じクラスの者にはあったと。

へぇ。

溢[あぶ]れて苛立つ者を受け入れる班をフォローするので、私は精一杯でしたもの。

「…あら、そうしてお待ちしていても、ミツヤさんと一緒の班にはなれませんわね。うふふ。おかしいこと」



「嫌味な女だな!そういう風にミツヤに影で文句を言い続けたのだな!可哀想に!」



ーーハイハイ。

もう2年間、見続けたメロドラマは皆にも単なる景色となっていることでしょう。げんなりはしちゃうけど。



「それで、私はミツヤさんに、どんな罵詈雑言の悪行を?」

「…ミツヤ?」

「えっと…睨まれたり…」



教室内でメロドラマしてたら狐目になるのくらいは許してほしい。



「殿下に差し上げようとしたハンカチを取り上げたりっ」

「何だとっ」



ハンカチ?あー、ありました。

刺繍の苦手なミツヤさんが、「殿下に差し上げてしまった」と先生に言いたいがために、花を一輪縫い止めただけの物をこそこそ包んでいたのを、取り上げて提出しましたけど何か?

先生方の中にも、殿下に睨まれたくない方もいて、提出日を十日も過ぎた所で私に相談してくださったのよ。

ふわふわちゃんの方程式は、たぶんこんな感じ。



殿下に差し上げて(当然)喜ばれる→

提出できない→

先生に事情を話す→

殿下に喜ばれる出来なら百点満点花丸な出来だったのでしょうね!→

成績上がる。



あり得ない。





「刺繍の学習課題は、きちんと採点基準に及んでから摘出の上、差し上げたら宜しいかと。で、差し上げたのですか?」



「ええ!殿下は喜んでいたわ!」

「私のイニシャルが見事な崩し文字で刺繍されたハンカチなら、もらったぞ!」

「イニシャル…えと…ハイ、殿下」



提出後、先生が放課後補習をしようと声をかけていたのを、殿下が嫌っていたわね。あのまま完成となったのではないかしら。



「課題は花でしたわ。ーーあら、じゃああのハンカチは…誰が手にしたのかしら?」



さっと、殿下の周りの気温が下がる。睨み合う男4人。

「あの刺繍は、実は…お花だったのですぅ~」「えっあっ、見間違った私がいけないのだ!黄色い花…水仙だな!」「タンポポですぅ」

この茶番劇も見納めね~。あー、長かった。



「では、私が取り上げたなどとおっしゃるハンカチは、今、殿下の元にあるのでお間違いないということですね。

殿下はーー提出日を過ぎたものを、先生にお渡ししたことが罪だとおっしゃる?」



ぐっ、とミネオラスト殿下が言葉を飲み込んだのを見て、畳み掛ける。

「私、クラスメイトとして『必要なこと』はお話してきましたわ。殿下に邪魔されない限りは」



「プレイジュ…侯爵令嬢たるものが、誰に物申しているつもりだ!」



「『未来の弟君』は、苦言を聞き入れられませんのね」



どの立場でと問われれば、 義理の姉ですけど何か?と申し上げたい。王太子妃となれば、決して弟王子ごときに見下されて良い立場ではない。ーー先の話だけれども。



「ミツヤさんを囲いこみ、スクールの誰とも関わりを持たせなかったのは、彼女の学生生活を奪ったも同然だとは分かりませんか? 分かりませんよね、殿下方5人で学生生活を送られていたのですから」



殿下にひっつくふわふわも、侯爵令息も騎士崩れもテストだけ出来る伯爵令息も。



「5人とも、スクールで得るべき多くの物を取り零してしまったのですよ」



エトワール様が、私を止めようと間に身を乗り出したとき、殿下は赤黒い顔をして、鋭い声を上げた。



「兄上もお前などすぐに見限るだろう!」



鼻で笑ってしまいそうになる。



「『も』でございますか?」



「婚約破棄だ!エトワール・セ・ワ・レッドグローブ!

周りの生徒を遣ってミツヤを苛めるような女と結婚などもっての他!まともな友人も選べない人間など、私の妻に相応しくない!」



ざわついた卒業パーティーの会場が、ぴたりと止まる。



「ミネオラスト殿下。ーー王子たるもの、理由なき婚約破棄など道理に反しましょう」



グラスをピンと弾いたような、澄んだ声音。

エトワール様は、心の震えを面には出さない。痛んでいることを、知っていて、尚、私はこの結末を望んで、掴む。

エトワール様の手を包む。ごめんなさい。



「罪あるものが王家に連なれるものか!」



「ですから、エトワール様や私たちクラスメイトに、何の罪咎がございますか?」



「もう良い。うるさい!破棄だ!」



言い捨て、殿下は広間の出口へ向かった。夜の闇を押しやるようなこの会場を抜けると、きっと恐ろしく深い闇が5人を包むことだろう。

ーーいや、夜というスパイスにまたメロドラマを繰り広げるのかもしれない。



「興が削がれてしまいましたね。ーー改めて、皆の卒業を祝いましょう!」



ミネオラスト殿下が会場を去った今、侯爵令嬢かつ、王太子殿下の婚約者である私が、この場で最も上の立場になる。



差し出されたグラスを掲げる。



「アキシラリス国立スクールに、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

周りの皆の声も重なる。



騒ぎを耳にしたのでしょう。当初の挨拶だけで退出していたはずの学園長が、慌てた様子で戻ってこられました。

慌てた所で仕方ないのです。私の望みは叶いました。



「学園長に、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」



「我々、卒業生の未来に、乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」





エトワール様の手を、もう一度きゅっと包む。

「なるように、なりますから。ーー今は、皆と楽しみましょう。せっかくですもの!」



「ではーー2年間、皆を見守った学園樹に、乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」





極々弱い酒を嗜んで、卒業生の浮かれたパーティーは幕を閉じた。





三日後の卒業式には、5人組は当たり前の様に顔を出し、エトワール様は、来られなかった。

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