追放されたけど、攻略法を考える
———不動。
太古の昔からある巨木を思わせるように、武舞台中央に立つルーク。彼の両足は武舞台から一時も離れることはなく、その場から全く動かない。
対戦相手の人間は、これを幸いと、果敢に彼へと攻め立てる。
相手のスキルは【剣術】【魔法】の二つ。オーソドックスな人大陸の戦士であり、攻守ともに優れたスキル構成であることは言うまでもない。レーヴァの持つ雑誌によると、対戦相手は地方都市を守護する騎士のようだ。
人大陸において騎士の身分を得るには【剣術】のスキルだけでなく、その冠位・レベル、この二つの要素が重要だ。
「見たところ———上級【剣術】のLv.10ってところかしら」
この手の戦士を見慣れているカナミが、ルークへの剣捌きから、眼科の戦士の実力を推測する。
「上級スキルはそこまで珍しくありませんが、Lv.10は初めて見ました」
レーヴァの言葉に僕も頷き、ルークに猛攻を繰り出す戦士の動きに注目する。銀に煌めく片手剣を操り、数多の剣技を繰り出す。その速度は並のものではなく、一般的な兵士であれば、あっという間に決着がつく。
————しかし。一般的な兵士であれば、の話だ。
「————あやつ、一歩も動いとらん上に、どうやってあの猛攻を防いでおるのじゃ?」
ラクスの言葉の通り、卓越された剣技によって攻め立てられるルーク。しかし、彼は一歩も動かない。その上————。
彼は一度も迎撃を行っていない。
物理法則に従って振り下ろされる刃は、何かの意思によってねじ曲げられ、在らぬ方向に逸れる。まるで、見えざる何かによって攻撃は阻まれているかのように。
腰の剣には手を触れず、その表情が歪むことは一度もない。舞い上がる埃ですら彼を避けているかのように、彼の周辺が歪み、彼へ到達する意思を持ったものを全てを拒絶し、歪めているような錯覚に陥る。
『こ、これはどういうことでしょうか———』
司会ですら、コメントに窮する。
第二仕合冒頭。ルークを果敢に攻め立てる対戦相手に盛り上がっていた会場も、今ではその異変に気がつき始めていた。
明らかに目の前で異質なことが起きている。しかし、その原因もわからなければ、理解もできない。
「これほど、とはな————」
鋭い表情を浮かべるラクスの言葉に、僕も頷いていた。剣を一度も抜かず、そして一歩も動かずに全ての攻撃を捌いてしまう超常の能力。これがスキルなのか、それとも単なる技量なのか。真相は定かでは無い。
———だけど。
———スキルであれば。
———魔力の通ったものであれば。
『———切れるぜ。俺様ならな』
腰の黒剣から、頼りになる言葉が届く。その声色も何処か嬉しそうだ。
『お前たち人間や魔人には分からねーが、あのガキの周りにとんでもない密度の魔力が漂ってやがる。恐らく、あの魔力で何らかの物理法則に干渉しているんだろうな』
確かに巧妙に隠された魔力は僕たちには知覚できない。
『魔力ってのはただのエネルギーだ。スキルってのはそれを転換して現象を生み出すことをいうが、あのガキは純粋な魔力ってエネルギーだけで、外界に干渉してやがる』
それは僕でも理解できる。魔力はただのエネルギーであり、それをどのように変換して、現実に出力するか。
言ってしまえば、魔力は粘土であり、スキルはその金型だ。元は同じものだけど、出力の型が異なれば、完成品の見た目や機能は大きく異なる。
『元来、魔力ってのは体内から生み出されるものだが、自然の空気中にも僅かに混ざっている。恐らく、あの魔力はその空気中のものを転用しているはずだ』
自然界にも魔力は存在する。一般的には自身の体から生み出された魔力は一定の指向性を持ち、操作性に長けている。一方で、自然界に漂う魔力には指向性がなく、干渉することはほぼ不可能と言われている。
『ちょっと待って。それだと彼は自然界の魔力を自在に操っていることになるよ。そんなの———』
『あぁ———特級のバケモンだぜ』
ルークの対戦相手は剣技での攻撃から魔法攻撃へと切り替え、距離をとって攻めるが、どれもこれも、歪められて打ち消されてしまう。
「噂には聞いていたけど、あれがルーク・オブリージュの———【絶対空間】。何人も彼に刃届けることはできない、と言われている理由が頷けるわね」
なるほど。確かに【絶対空間】だ。超高密度に圧縮された魔力によって侵入が阻まれるあの領域は、確かに彼にとっては絶対であろう。
「だけど———僕とダインなら」
確信めいたものが心のうちにある。先程のダインの言葉が真実なのであれば、僕の相棒なら、あの【絶対空間】を切り裂ける。
———【魔力吸収】と【絶対空間】の勝負。
僕の言葉に、ムッとラクスが反応する。
「気がついたか。あの【絶対空間】の正体に」
「うん。もしかしてと思って、ダインに相談したら、ビンゴだったよ。むしろラクスも気がついていたんだね」
僕の言葉に彼女はお馴染みのポーズで、胸を張る。
「これでも魔人の王じゃからな! 特に魔力に関しては敏感じゃぞ」
そこまでいうと、ラクスはスッと目を細め、真剣な表情を浮かべる。ラクスがこの表情をする場合は、彼女ですら手こずるということだ。
「悔しいが———現状の私では攻略できない男じゃな」
ラクスでも?と驚きの言葉を返す。
「この会場に来る際のカナミの言葉の通り、確かに私の記憶にはまだ欠損があるのじゃろう。詳しく覚えとらんが、恐らく能力も2000年前の同等は言えん。戦えば、あれを突破できずに負けるじゃろうな」
記憶と能力が十全でないのに、これほどまでの戦闘能力を有している彼女。本来の力を取り戻したら、どれだけの力を持つのだろうか。想像するだけで、背筋がスッと伸びる。
「現状、あれを攻略できるのはワートくらいじゃろうな」
眼下の戦いには、そろそろ終わりが見えてきた。
初めから何もしないルークは相変わらず涼しい顔をしているが、出しうる全ての攻撃を行なった対戦相手の表情は、絶望に包まれており、完全に心が折れかけている。
「その場合、焦点となるのがダインの吸収速度と、あの魔力空間の供給速度じゃ。吸収と供給、どちらの速度が上回っているかで、勝敗が大きく左右されるじゃろうな」
確かに僕も同意見だ。恐らく普通の斬撃ではあの空間は切り裂けない。【暴食一閃】かそれ以上の、魔力斬が必要になってくる。
そして同時に、先程のルークの視線の意味にも気がついた。
あの視線は、僕だけが攻略できると理解したからだ。初戦の【暴食一閃】による観客席の破壊と、魔力の吸収。それを見た彼は一瞬で、僕が自分の天敵であると気がついたのだろう。
だからこその、あの視線。あれは———問いだ。
恐らくこの戦いも、相手の攻撃を受け続けるのも、全ては僕に【絶対空間】を攻略させるため。一回戦は彼が僕の攻撃の質を見抜いた。次は、僕に示し返す、そんなつもりだったのだろう。
「君なら攻略できる?」という、彼からの問い。
そう思案に耽っていると、会場が歓声に包まれた。
『おぉっと!対戦相手の降参により、ルーク選手、初戦突破です!』
司会によるルークの勝利宣言と共に、人大陸サイドから大きな歓声が上がる。人大陸側の観客席は主に、王都に務める兵士が多く、僕の時よりもさらに歓声が大きい。自分の直属の上司が勝利したのだ。その喜びもひとしおだろう。
仕合終了の宣言が為されると、ルークは倒れ伏した対戦者の元へと歩みを進め、手を貸す。何とか立ち上がった対戦者はルークに頭を下げると、武舞台でガッチリと握手をした。
『対戦者たちの熱い握手と共に第二仕合終了となりました! 競技者の皆様はお疲れですから早めに休んで頂きましょう!』
万雷の拍手に包まれて、ルークと対戦相手は武舞台を後にしていく。
『さて、それでは勝利したルーク・オブリージュ様のご親族の方に感想を伺ってみましょう!』
司会のその言葉と共に、観客席の巨大スクリーンに、とある人物が映し出された。荘厳な装飾をされた空間———決闘都市のVIPルームだろうか。僕たち一般客がいる空間とは隔絶した内装。そこに一人、ルークと同じ髪色の女性が座っている。
『魔道具は人大陸第3王女———アーシャ・オブリージュ様に繋がっております!』
「———いぃ!?」
思いがけない人物の登場に、素っ頓狂な声をあげてしまう。
映像に映し出された少女。腰まで伸びた嫋やかなゴールドヘアーに、皇女に相応しい出立ち。エメラルドグリーンのドレスに身を包み、どこからどう見ても一国の王女にしか見えない。
『獣大陸の皆様、そして闘技者の皆様。お初にお目にかかります。人大陸第3王女———アーシャ・オブリージュでございます』
そう言って、スカートの裾を少しあげ一礼する彼女。その姿によって、一気に場の雰囲気が変わった。
ルークとは似ても似つかないカリスマ性。ルークが一瞬で人を惹きつける英雄であるのなら、彼女は一瞬で人を虜にする教祖。
勇者パーティーにいたころは何も感じなかったというのに、今になって彼女のカリスマ性に惹きつけられそうになる。
【聖女】———まさに彼女を形容するにはぴったりの言葉だと思う。
————ムギィ。
「痛タタタっ!」
いつの間にか僕の後ろに移動したカナミに、頬を引っ張られる。涙目で彼女を見ると、えらくご立腹している。
「あの女は貴方を勇者パーティーから追い出した張本人よ!なに惚けているのよ!」
「そ、それはそうだけどさ……。あれだけの他人を惹きつけられる人だとは思っていなくて………」
僕の感想にカナミはフンっと鼻を鳴らす。
「あれは【聖女】スキルの恩恵よ。勇者パーティーにいた時にワートが感じなかった理由は————」
カナミが続きを言いかけたときに、会場がどよめきに包まれる。
「お、おい……聖女様がお泣きになられているぞ」
「あぁ……そんな表情を浮かべないでください……」
周囲からそのような言葉が聞こえてくる。
慌ててスクリーンに視線を戻すと、彼女は美しい瞳いっぱいに涙を溜めて、何かに耐えるように震えている。確かに彼女の姿を見ていると、こちらの胸も痛くなってくるような———。
————ムギィ。
「痛タタタっ!」
頬を膨らませて拗ねるカナミ。どうやら彼女は僕以上にアーシャさんにご立腹のようだ。
「そりゃ僕だって勇者パーティーから理不尽に追い出された時は、ムッとしたけどさ。リードの街で勧誘を断った時に、これまでのことは水に流すことにしたんだよ」
「……ったく、ワート、貴方は優しすぎよ———」
カナミが僕の代わりに怒ってくれていることは理解している。だからこそ、僕は早く心の整理を付けなくちゃいけない。これだけ優しい彼女を、僕の代わりに怒らせたくない。
「いいんだよ。それにあの人はもう、僕には関係のない人だ」
スクリーンに映し出された美しい人大陸の姫をみる。
元はと言えば、僕なんかと関わりを持つ方がおかしい身分の人だ。
2000年前の魔王が隣にいるとはいえ、今の魔王が人大陸に悪影響を及ぼしていることは変わらない。きっと勇者グランと魔王との戦いに決着をつけてくれることだろう。
「でも……どうして彼女はここにいるんだろう? 勇者パーティーの旅はどうなったのかな?」
僕の疑問にはカナミも答えることができない。彼女もリードの街以降、勇者パーティとの関わりを絶っている。
『お兄様の勇敢な姿を見て、私も一つ、決心を致しました』
アーシャさんの綺麗な声が決闘都市に響き渡る。彼女は言葉に合わせて、優雅に身振りを加える。まるで、自分の言葉という音楽で、踊っているかのような、幻想的光景。
『何度も心を震わせました。幾度もあの人のことを考えました。一度は届かなかったこの思い。———必ず、必ず』
そこまでいうと、彼女は胸に手を当て、心の底に秘めた大切な思いを吐露するかのように、静かに言葉を紡いだ。
『———私の騎士になって頂きたいのです。ワート・ストライド様』
僕を勇者パーティーから追い出した張本人は、一万人を超える観衆の前で、僕を手に入れたいと宣言する。スクリーンに映し出された彼女の表情はまるで、僕を『ニガサナイ』と言いたげだった。
———あぁ。本当に。
僕は、厄介な星の下に生まれて来たのかもしれない。




