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耳かき小説

おばあちゃんの耳かき

作者: バスチアン


私が中学生の頃に亡くなったおばあちゃん。実家に帰ると、そんなおばあちゃんの遺品がひとつタンスの奥から発掘された。


「何それ?」


母親が差し出してきた桐の箱を見て尋ねる。中に入っているのは金属製の細い棒だ。長さはボールペンより気持ち長いくらい。持ち手なのか何なのか黒いボールがついている。黒いボールはたぶん蒔絵(まきえ)かな? 金色の植物の蔓みたいなのが描かれていて、小さく一点だけ赤い花。見た目はオシャレなアンティークって感じなのだが、用途が何なのか分からない。


「何って(かんざし)でしょ」

「へぇ~、かんざし……これが?」


初めて見た。時代劇とかでしか見たことないかも。


「おばあちゃんが若い頃使ってたの? 着物とか着てる印象ないんだけど?」

「私もないわよ。そもそもおばあちゃん、母さんが小さいときから髪短かったし」

「だよね」


私の記憶の中のおばあちゃんも髪を伸ばしてた記憶はない。白い髪をボブカットにしている姿だ。

自然と手が自分の髪の毛に伸びたとき、お母さんが言った。


「アンタにあげるわ。髪の毛長いし」

「えぇ~」

「いらないの?」

「いや、もらってもねぇ?」


一応髪の毛は背中まで伸ばしているんだけど、簪なんて当然使ったことはない。成人式もとっくに終わり、結婚式も一昨年済ませているので、当分着物なんて着る予定もない。


「母さんが持ってても仕方ないんだから、アンタ持ってなさいよ。おばあちゃんの形見だよ」

「いや、おばあちゃんも多分使ってないでしょ」

「いいからもらっときなさいよ」


そう言って、お母さんは簪を私に押し付けた。





「で、それ持って帰って来たんだ?」


(かんざし)を持って帰って来た私に旦那が言う。


「まぁ、邪魔にはならないからね。いちおうおばあちゃんの形見(仮)だし」

「たしかにいちおうは形見には違いないよな。きっとおばあちゃんも、使わないけど親の形見みたいな感じで持ってたのかもよ」

「大事に桐の箱に入れてたみたいだから、多分そんなとこでしょうね」


箱から取り出して旦那に見せる。


「へぇ~、綺麗じゃん。実は値打ちものなんじゃないの。鑑定団に出そうぜ」

「古い物だろうけど、どうなんだろ? おばあちゃんの更におばあちゃんの形見だったとしても明治時代とかだろうから、そこまで値打ちはないんじゃないの?」

「いやいや、こういうのは時代よりも、誰がどこで作ったとかの方が大事なんだよ」

「だったら余計ないでしょ」

「いや、解んないぜ。おばあちゃんの実家が落ちぶれた士族から借金のかたにもらった簪かもしれないしさ」

「それ、鑑定団だったらほとんど偽物のパターンじゃないの。あと、おばあちゃん家が金持ちだったとかも聞いたことないから」

「そりゃ、残念……で、それ使えるの?」

「とりあえずさっき動画で調べた」


言いながらスマホを取り出しYouTubeで「かんざし」「挿し方」を検索。

出て来た動画を見ながら簪を構える。


「髪を束ねて、簪に巻き付けて、グルっと回して、髪に引っ掛けて、最後にグサ……どう?」

「おおっ!? けっこう簡単に出来るんだ」

「私もビックリ。まぁ、普段から使えないこともないかな?」

「へぇ~」


よほど珍しいのか、旦那は私の髪に刺さった簪をしげしげと眺める。

その時だ。


「そういや、この簪の先っちょって、変な形してるよな」

「そう?」

「ああ、なんかスプーンみたいになってる」

「スプーン?」

「ああ、これも髪の毛を引っ掛けやすくするための工夫とかなのかな?」


言われてみて、私は髪の毛から簪を抜く。すると同時にシュルっと音がしてまとめた髪の毛が一瞬で解ける。

うん、この感覚は悪くないな。

そんなことを考えながら引き抜いた簪を見る。すると飾り玉になってる黒い蒔絵の部分からちょこっと飛び出てる方の先端の形状がスプーンみたいな形になっていた。


「本当だ」

「な?」

「何か耳かきみたいね」

「あ~、そういやそうだな。案外本当に耳かきだったりして。江戸時代の庶民の知恵とか」

「いや、便利グッズにしても簪に耳かきはつけないでしょ。何、その十徳ナイフ的発想」


笑いながら本当の使い方をスマホで調べて、私は絶句した。


「っ…………マジで!?」

「ん? 何? どうした?」

「いや、さきっちょの耳かきなんだけどさ」


そう言って、スマホの画面を見せると旦那も絶句する。


「マジか?」

「うん」


検索結果。

どうやら簪の先っちょのスプーンは本当に耳かきらしい。

江戸時代にあった贅沢禁止令が出たときに、贅沢な簪をしてても「これは贅沢品じゃありませんよ~」「日用品の耳かきですよ~」と追及をかわすために、簪に耳かきをつけるアイデアが生まれたらしい。


「いや、それでいいのか江戸幕府」

「意外と役人側も贅沢禁止令が嫌でお目こぼししてたのかもな」

「ありそう……あっ、いちおう髪を結ったままでも頭が掻けるようにって、用途でも使われてたんだって」

「そっちの方がしっくりくる……って言うか、どのみち掻くために使われてたのか」


旦那は意外そうな顔で簪を持ち、簪を眺める。

そんで言った。


「なぁ、ちょっと耳掻いてみていい」

「え? ああ、まぁ、いいけど」

「んじゃ、ちょっと失敬して……」


旦那はそのままおもむろに耳の穴に簪を突っ込む。


「…………うほっ!?」


んで、いきなりゴリラみたいな声を出した。


「え? 何? 急に??」

「この耳かき……いや、簪なんだけど、スゴっ、うほっ!?」

「いや、だから、何でゴリラ??」

「いや、だから、この簪がスゲー……おおおっ!?」

「え? 何? だから何?」


簪か? あの耳かき簪がそんなにスゴイのか??

困惑する私を他所に、旦那は耳の穴に簪を突っ込んでウホウホとゴリラみたいに唸っている。


「うわっ、これ……奥まで届く。痒い所にピンポイントで……おおぅぅ!?」


よほど掻き心地がいいのか、旦那は耳の穴をほじりながら恍惚とした表情になっている。

それを見ていると、私の耳の穴が急にウズウズと痒みを訴え出した。


「スゲ~♪ いっぱい採れる♪ 面白~い♪」


耳の中をほじくり返しては、何度も何度も耳垢を搔き出していく。耳の穴から引き出した匙の上にはこんもりと耳垢が溜まっていた。そうして存分に耳の中を掻きむしった後、大きく息を吐いて言った。


「あ~あぁ~、ヤバかった~ぁ」


顔色も何だかツヤツヤしている。

むぅ……これはもう我慢出来ん。


「ねぇ、ちょっと」

「ん?」

「私にも貸して」


そう言って、旦那から簪を取り上げた。


「どれどれ……」


ゆっくりと耳かき簪を耳の中へと入れる。


「ぬほっ!?」


いきなりゴリラみたいな声が出た。

なんか、こう、耳の中でイイ感じに引っかかるのだ。


「ほら、何か引っかかるだろ?」

「うん、引っかかる? え?? ぬほほっ!?」


耳の穴の中って、こんな引っかかるような出っ張りって、あったっけ??

私が知らないだけで、あったのか??

よく分んないけど、この耳かき簪で耳の中を掻くと、スプーンの部分が耳壁の僅かにあるだろう出っ張りにガッチリと引っかかる。そこを掻くとゴリっと音がして――


「うほっ!!」


ゴリラみたいな声が出る。

耳の中を、ゴリゴリ、ポリポリ……ああぁ、効く~ぅ。


「これ……すごい、ホントにかゆいところに手が届く」

「だろ?」


何か入口の方のくぼみにハマる感じだ。

これをもう少し、奥の方へ――


「ぬほぅっ!!」


またも飛び出るゴリラ言語。

耳かき簪は絶妙な角度で耳の穴の上の方を刺激する。

カユイ、イタイ、キモチイイ!

その連続だ。


「うわ~ぁ、これイイわ~、おばあちゃんに感謝~ぁ」


昔から髪が短かったおばあちゃんだが、どうしてこの(かんざし)を桐の箱に入れて取っておいたのか解った気がする。


カリカリ、コリコリ、ポリポリ


う~ん、たまらん~~♪

耳かきになった簪の先っちょで耳の奥を擽りながら、私は耳かき簪がもたらす快楽に身を震わせた。



<了>




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