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強くてニュー輪廻  作者: さくらとももみ
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1 世界は俺のためには存在していない

 東誠。三〇歳。無職。特技なし。

 三冠王である。


 彼は困っていた。

 三日前に、自分を養ってくれていた母親が亡くなったのだ。父親は彼が物心つくまえに蒸発している。よって、彼を飼育してくれる者は存在しなくなった。


 所持金五百十二円。

 詰みである。


「どーすんの?」

 誠の妹、玲香は苛立ちを隠せないようにそう言った。


 葬式のために、実家である誠が住む家まで駆けつけてきた。葬式などの雑務も結局彼女がすべて執り行った。玲香がいなければ、誠は母親を葬式に出すことすらできずにいただろう。


 玲香のトゲのある言葉に、誠はうつむいているしかできなかった。


「もう三〇だよ? 私も二七。もう結婚したいわけ。でも、こんな兄貴、人前に出すわけにはいかないでしょ? お願いだから仕事してよ」


 もう何度目の言葉だろうか。玲香はつまづくことなく、流れるようにそのセリフを吐いた。


「俺は作家になる……」


「いつ?」


 またしても黙り込む誠。


「結局、お母さんは兄貴のために生きてたようなものなんだよ? 私もいくら仕送りしたかわかんないぐらい支えた。欲しい服も我慢して、ね。おかげで結婚も遅れた。もうウンザリなの」


 玲香のいうことは至極まともだった。


「いつまでも夢見てないでさ、もう現実に帰ってこようよ。ゲームじゃないし、漫画でもないの。誰も助けてくれないんだよ?」


 三つ下の妹に何も言い返せないでいる誠。そもそもこの兄妹のあいだで、何百回と交わされた会話でもあった。しかし今回はいつものように流せない。誠の住む家は今月なくなってしまう。そうなると身内として放っておけなくなってしまう。


 まさか妹の自宅に転がり込むわけにもいかない。玲香がこれ以上仕送りするのも厳しい。現実問題、誠に働いてもらう以外に解決策はないのだ。しかし当の本人はここまで追い詰められていても、まだ夢を追いかけようとしている。


 このふたりに、身寄りはもうなかった。水商売で誠と玲香を育てた母・ユリは、親戚付き合いも希薄だった。彼女たちは幼い頃からふたりで過ごすことも多かったのである。


 それ故に、玲香も並の兄妹よりも、兄・誠を思う気持ちが強かった。だからここまで、文句を言いながらも支援してきたのである。だが、このままでは誠のためにはならないし、自分の人生も食い潰されてしまうと感じていた。


 玲香の見た目はそう悪くない。多少ブラコンなことを除けば、性格にさしたる問題もなかった。男性経験も人並みにあるし、モテないわけでもない。彼女単体で考えれば、二十代前半で結婚して子供をもうけていても不思議はなかった。


 それがこの有様である。

 付き合っていても、結婚の二文字が交際相手との間に出ると尻込みしてしまう。誠を紹介する勇気がなかったのだ。そしてその結果、相手が離れていってしまうことも怖かった。


「私、いま好きな人いるんだよね。もう今度は逃したくないの。お母さんがこんなことにならなかったら、もう結婚まで踏み込んでしまおうと思ってたんだけどさ」


 先ほどから、喋っているのはほとんど玲香だった。市営住宅の3Kという間取り。ふたりでは多少持て余す広さである。元々この住宅は母の交友関係のツテでなんとか入居できたものだった。


 ふたり掛けのテーブルの向かい側に腰掛けている玲香は、目の前でうつむいたまま目を合わせようとしない誠をジッと見ていた。


「さすがに兄貴放っておいてはねぇ」


 ため息混じりに玲香。


「ねえ、きいてるの?」


 さっきから返事のない誠に対して、のぞき込むように言った。


「きいてる……」


 元々誠は声が大きくない方だ。シンと静まりかえっているこの部屋でも、囁くような声量だった。慣れているのか、玲香はそんな声をきき逃さず拾う。


「どうするつもり?」


 そう迫る玲香に、誠は答えを用意していなかった。


「クラウドソーシングだっけ? いまは在宅でも仕事しやくなってるんでしょ? パソコンで。あれはどうなったの?」


「もうやってない……」


「辞めたの? なんで?」


「安かったから……給料が」


「安くてもいいじゃない……みんなそんなもんだよ? 私だって手取り安いんだから」


 また黙り込む誠。


「私、兄貴のこと好きだったんだけどねぇ。小さい頃、よく一緒に遊んでくれたしさ」


「よせよ」


「やっぱりなっちゃんにフラれたのが、大きかったのかねぇ」


「奈津美の話はやめてくれ……」


「まだ引きずってんでしょ?」


 意地悪そうに口を結ぶ玲香。


「ちょっと散歩してくる」


「あ、ちょっと! 兄貴! 私、明日帰るんだからね?」


「勝手に帰ればいいだろ」


「そういうこという? 心配してる妹にいうことじゃないでしょ」


 玲香の言葉に答えずに、誠は家を出て深夜の街へと姿を消した。

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