2章-2
夏菜にとって今まで携帯のアプリは、動画を見るアプリと音楽を聴くアプリ以外ダウンロードすることはなかった。
そもそもネット上で他人と交流すること自体に、抵抗があったからだ。
(まぁ、楽しくなかったらすぐに消せばいっか!)
まるで自分に言い聞かせるように、夏菜は少し頷いて『シルシ』をダウンロードした。
携帯の画面は20秒ほど経つと、ダウンロードの画面から、アプリの起動画面に移行した。
最初に、ニックネームとパスワード、簡単な自己紹介を入力するページがあった。
「ニックネームかぁ…何にしよう…」
優柔不断な夏菜にとって、このニックネームを決めるということは、想像以上に頭を悩ますことになった。
それはまるで、ケーキ屋に連れて来てもらったものの、数ある種類の中から一つのケーキを選ぶことができない子どものようだった。
自分の好きなキャラクター、色、動物。ありとあらゆるものを想像して入力を試みた。しかし、これといっては、しっくりとくるものはなかった。そして気付くと、失恋の疲れからか、夏菜は携帯を片手に持ったまま眠ってしまっていた。
目が覚めた時には、携帯の時計は午前8時を示していた。
「いけない!仕事の準備しなきゃ!」
夏菜は勢いよく、布団から飛び起きた。そして、最低限の身支度を済ませると、朝ご飯も食べずに家の玄関を飛び出した。
仕事場に着くと、4つ先輩の恵美が開店準備をしていた。
「ギリギリなって、すみませんっ!!」
夏菜は深々と頭を下げた。その勢いで、肩にかけていたクリーム色のトートバッグが地面をこすった。
「遅れてくるなんて珍しいじゃん。さては、何か昨日あったんでしょ?
あとで話はゆっくり聞くから、早く制服に着替えておいで!」
恵美は少し意地悪な笑みを浮かべて、レジの後ろにある休憩室を指差した。
夏菜はもう一度頭を下げ、小走りで休憩室に向かった。ドアを開けると、今日品出し予定のダンボールが右の隅に二箱並んでいた。そのうちの一箱は、カッターで上部が開けられていた。
(そういえば、今日は新商品が入荷するんだったけ。)
ふと上から覗き込むと、夏菜の頭に1つの言葉が浮かんだ。
「ルナ…そうだ。ルナにしよう!」
月と満天の星空がプリントされているパッケージをみて、夏菜の頭に咄嗟にその言葉浮かんだ。
忘れないようにと携帯のメモに二文字だけ入力すると、急いで着替えを済ませ、恵美の待つレジへ向かった。