表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の勇者のその隣で魔王は笑う  作者: 考える人
序章 魔王の日常
9/31

人狼 ③


 魔族のトップが魔王。

 一番偉いものが一番強い。

 それは魔族にとっての常識。


 人族で一番強いのは勇者。

 しかし、人族で一番偉いのは勇者ではない。


 ガールド王国の国王、それが人間で一番偉いらしい。

 魔族の常識を母に教えられた自分には、いまいち理解できない。


 そしてその王には弟が一人いる。

 名をガルデア・ガールド。


 人間の王族でありながら、魔族との戦いの最前線に出て戦う男。

 その男こそが、母の尊厳を踏みにじり、命を奪った張本人だ。


 殺したくて殺したくて仕方がなかった。

 何度、母の死ぬ瞬間を夢に見たことか。


 できるならばすぐにでも殺してやりたかった。

 しかし、それができないことは理解していた。


 強かった母を一撃で殺したガルデアの実力は本物だからだ。

 魔王軍幹部と対等に渡り合えるとまで噂される相手に、自分なんかが敵うはずない。


 だから決めた、殺すための牙を磨くと。

 

 母の死後、同じ魔族である女に匿われ、カージラス魔法学院に入学した。

 ヒトに囲まれながらというのは、あまり気分の良いものでなかったが、最先端の魔法技術など、学ぶことも多かった。


 いつの日か、この牙をやつの喉元にとどかせる。

 まだずいぶん先になると思っていたその日は、あまりにもあっけなく訪れた。





ーーーーーー



 ここは人類が魔族からの侵攻を防ぐ砦の一つ。

 王弟ガルデアを中心として、何年も魔族を退けた歴史ある砦が、なすすべもなく破壊しつくされている。


 あちこちで火の手が上がり、際限なくあふれ出る魔獣。

 もはや手の施しようがないほどに、その砦は原型を保っていなかった。


 魔族の中で、知性を持たないものを魔獣と呼ぶ。

 動物の性格を何倍も凶暴化させたものだと思えばいい。

 数多くの種類の魔獣が存在し、そのすべてが人間にとって不利益に働く存在。


 そんな魔獣に襲われ、多くの人間が逃げまどい、悲鳴を上げ、なすすべもなく死んでいく。

 控えめに言って地獄だろう。


 もし同じ人間が見れば怒り悲しむであろう光景を、空を飛ぶ魔獣に乗って、俺は見下ろすように眺めている。

 黒い獅子のような姿に骨ばった羽が生えており、暴れると手が付けられないとまで言われている魔獣が、借りてきた猫のようにおとなしい。


 そして大人しくさせているのは、間違いなく隣で座っている男だ。


「ほら見ろよウォルフ。あの兵士、特に強いわけでもないのに、魔獣に囲まれながら長いこと粘ってるぜ。やるなあ」


 そう言いながら魔王様は、俺に呼びかける。

 言われるがままに、魔王様の指さした兵士を見ようとするが、どの兵士のことかわからない。


「あ、死んだ」


 少し残念そうに、されどどうでもよさそうに。

 この騒動を引き起こした張本人である魔王が、他人事のようにその光景を眺める。


 理事長室でこのアークと呼ばれる男が、魔王だと聞いたときは信じられなかった。

 それは今もそうだ。


 生にしがみつこうと、必死に足掻く人間の姿を、愛おしそうに眺める魔王。

 こんな目で人間を見る魔族など見たことがない。

 魔王どころか魔族ということすら疑わしいほどだ。


 しかし、魔獣を思い通りに操る『魔王蹂躙』。

 魔王の特権であるその力を、思うがままに操ることから、確かに魔王であることが証明されている。


 

 理事長室で復讐に手を貸すと言われでから、まだ数時間しか経っていない。

 それにもかかわらず、人類が誇る砦は壊滅状態。

 魔王とシェル、他にも何人か協力者はいるようだが、彼らの手腕は完璧だった。


「魔王さま~、大体やることは終わりましたよ」

 

 俺と魔王さまが乗っていた魔獣に、王弟ほどではないが、いつか殺してやりたいと思っている少女、シェルが飛び乗ってくる。

 あくまで見た目が少女というだけで、実年齢は人間でいう老人をはるかに凌駕しているが。


「あ、そうそう。そこの犬(・・・・)が昔いた地下室も見てきましたよ」


 心臓が跳ね上がるような気分だった。

 かつて自分が生まれ、育てられたこの砦の地下室。

 いい思い出など一つもない場所。


「品行方正で有名な王弟の趣味が、まさか異種間交尾だったなんて。いや~、さすがの私もドン引き。捕らえられた女の魔族、それも人間の姿に近い魔族が何人も鎖でつながれてましたよ」


 ヘラヘラと、笑いながら楽しそうに報告するシェル。

 それだけで殴りたくなってくる。

 

「ねえウォルフ、あなたのお母さんもあそこにいたんでしょ?聞いてるよ、なかなか精神的に壊れなかったあなたのお母さんは、王弟のお気に入りだったって。どんな気持ちだったのかな?憎くて憎くてしょうがない人間に――


 犯される気持ちってさ」


 俺に対して投げかけられる、わかりやすい挑発。

 他者のトラウマを容赦なくつついてくるのは、シェルの悪癖のようなものだ。

 挑発に乗ればさらに事態が悪化することをわかっているため、殺したくなる気持ちをおさえ無視する。


「それで、鎖につながれてた魔族の方々はどうしたんですか?」


 話をそらすために投げかけた言葉。

 しかし、帰ってきた言葉は予想外のものだった。


「……?別にどうもしてないけど」


 それはまるで、質問の意図がわからないと言っているようだった。


「助けなかったんですか!?」


「え、そんな命令あったっけ?魔王さま~、地下室にいた魔族って助けた方がよかったですか?」


「いや、別にどうでもいい」


 さも当然のように、同族を見捨てる判断を下した魔王様とシェル。

 二人の発現が俺には信じられなかった。


「砦には火の手も上がってるんですよ!

 このままじゃ――」


「まあ死ぬと思うけど~。どうせ壊れてたのがほとんどだったし、いいんじゃない?捕まったばっかのもいたけど」


「助けたかったら助けてもいいんだぜ、止めやしねえよ」


 アハハと笑うシェル。

 他人事のように話す魔王様。


 シェルの異常さは昔から知っていた。

 そしてこの魔王もやはりどこかおかしいと、この先何度も実感させられる魔王の異常さを、初めて理解したのがこの時だった。


「王弟の居場所も突き止めましたよ。どうやらこの砦は、放棄する判断を下したみたいです。逃げる準備を始めてました。さすがに王弟相手には魔獣も歯が立たないみたいですけど……どうします?」


 まるで何かを期待するように、無邪気な笑みで魔王に尋ねるシェル。

 よくないことを考えているのは確かだった。


「相手は人族の王の家系だ。失礼のないようにしなきゃな」


「じゃあ――」


「ああ、俺が出る」


 そう言って魔王は、魔獣の背から飛び降りる。


 ついに魔王が戦場の地へと降り立った。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ