人狼 ③
魔族のトップが魔王。
一番偉いものが一番強い。
それは魔族にとっての常識。
人族で一番強いのは勇者。
しかし、人族で一番偉いのは勇者ではない。
ガールド王国の国王、それが人間で一番偉いらしい。
魔族の常識を母に教えられた自分には、いまいち理解できない。
そしてその王には弟が一人いる。
名をガルデア・ガールド。
人間の王族でありながら、魔族との戦いの最前線に出て戦う男。
その男こそが、母の尊厳を踏みにじり、命を奪った張本人だ。
殺したくて殺したくて仕方がなかった。
何度、母の死ぬ瞬間を夢に見たことか。
できるならばすぐにでも殺してやりたかった。
しかし、それができないことは理解していた。
強かった母を一撃で殺したガルデアの実力は本物だからだ。
魔王軍幹部と対等に渡り合えるとまで噂される相手に、自分なんかが敵うはずない。
だから決めた、殺すための牙を磨くと。
母の死後、同じ魔族である女に匿われ、カージラス魔法学院に入学した。
ヒトに囲まれながらというのは、あまり気分の良いものでなかったが、最先端の魔法技術など、学ぶことも多かった。
いつの日か、この牙をやつの喉元にとどかせる。
まだずいぶん先になると思っていたその日は、あまりにもあっけなく訪れた。
ーーーーーー
ここは人類が魔族からの侵攻を防ぐ砦の一つ。
王弟ガルデアを中心として、何年も魔族を退けた歴史ある砦が、なすすべもなく破壊しつくされている。
あちこちで火の手が上がり、際限なくあふれ出る魔獣。
もはや手の施しようがないほどに、その砦は原型を保っていなかった。
魔族の中で、知性を持たないものを魔獣と呼ぶ。
動物の性格を何倍も凶暴化させたものだと思えばいい。
数多くの種類の魔獣が存在し、そのすべてが人間にとって不利益に働く存在。
そんな魔獣に襲われ、多くの人間が逃げまどい、悲鳴を上げ、なすすべもなく死んでいく。
控えめに言って地獄だろう。
もし同じ人間が見れば怒り悲しむであろう光景を、空を飛ぶ魔獣に乗って、俺は見下ろすように眺めている。
黒い獅子のような姿に骨ばった羽が生えており、暴れると手が付けられないとまで言われている魔獣が、借りてきた猫のようにおとなしい。
そして大人しくさせているのは、間違いなく隣で座っている男だ。
「ほら見ろよウォルフ。あの兵士、特に強いわけでもないのに、魔獣に囲まれながら長いこと粘ってるぜ。やるなあ」
そう言いながら魔王様は、俺に呼びかける。
言われるがままに、魔王様の指さした兵士を見ようとするが、どの兵士のことかわからない。
「あ、死んだ」
少し残念そうに、されどどうでもよさそうに。
この騒動を引き起こした張本人である魔王が、他人事のようにその光景を眺める。
理事長室でこのアークと呼ばれる男が、魔王だと聞いたときは信じられなかった。
それは今もそうだ。
生にしがみつこうと、必死に足掻く人間の姿を、愛おしそうに眺める魔王。
こんな目で人間を見る魔族など見たことがない。
魔王どころか魔族ということすら疑わしいほどだ。
しかし、魔獣を思い通りに操る『魔王蹂躙』。
魔王の特権であるその力を、思うがままに操ることから、確かに魔王であることが証明されている。
理事長室で復讐に手を貸すと言われでから、まだ数時間しか経っていない。
それにもかかわらず、人類が誇る砦は壊滅状態。
魔王とシェル、他にも何人か協力者はいるようだが、彼らの手腕は完璧だった。
「魔王さま~、大体やることは終わりましたよ」
俺と魔王さまが乗っていた魔獣に、王弟ほどではないが、いつか殺してやりたいと思っている少女、シェルが飛び乗ってくる。
あくまで見た目が少女というだけで、実年齢は人間でいう老人をはるかに凌駕しているが。
「あ、そうそう。そこの犬が昔いた地下室も見てきましたよ」
心臓が跳ね上がるような気分だった。
かつて自分が生まれ、育てられたこの砦の地下室。
いい思い出など一つもない場所。
「品行方正で有名な王弟の趣味が、まさか異種間交尾だったなんて。いや~、さすがの私もドン引き。捕らえられた女の魔族、それも人間の姿に近い魔族が何人も鎖でつながれてましたよ」
ヘラヘラと、笑いながら楽しそうに報告するシェル。
それだけで殴りたくなってくる。
「ねえウォルフ、あなたのお母さんもあそこにいたんでしょ?聞いてるよ、なかなか精神的に壊れなかったあなたのお母さんは、王弟のお気に入りだったって。どんな気持ちだったのかな?憎くて憎くてしょうがない人間に――
犯される気持ちってさ」
俺に対して投げかけられる、わかりやすい挑発。
他者のトラウマを容赦なくつついてくるのは、シェルの悪癖のようなものだ。
挑発に乗ればさらに事態が悪化することをわかっているため、殺したくなる気持ちをおさえ無視する。
「それで、鎖につながれてた魔族の方々はどうしたんですか?」
話をそらすために投げかけた言葉。
しかし、帰ってきた言葉は予想外のものだった。
「……?別にどうもしてないけど」
それはまるで、質問の意図がわからないと言っているようだった。
「助けなかったんですか!?」
「え、そんな命令あったっけ?魔王さま~、地下室にいた魔族って助けた方がよかったですか?」
「いや、別にどうでもいい」
さも当然のように、同族を見捨てる判断を下した魔王様とシェル。
二人の発現が俺には信じられなかった。
「砦には火の手も上がってるんですよ!
このままじゃ――」
「まあ死ぬと思うけど~。どうせ壊れてたのがほとんどだったし、いいんじゃない?捕まったばっかのもいたけど」
「助けたかったら助けてもいいんだぜ、止めやしねえよ」
アハハと笑うシェル。
他人事のように話す魔王様。
シェルの異常さは昔から知っていた。
そしてこの魔王もやはりどこかおかしいと、この先何度も実感させられる魔王の異常さを、初めて理解したのがこの時だった。
「王弟の居場所も突き止めましたよ。どうやらこの砦は、放棄する判断を下したみたいです。逃げる準備を始めてました。さすがに王弟相手には魔獣も歯が立たないみたいですけど……どうします?」
まるで何かを期待するように、無邪気な笑みで魔王に尋ねるシェル。
よくないことを考えているのは確かだった。
「相手は人族の王の家系だ。失礼のないようにしなきゃな」
「じゃあ――」
「ああ、俺が出る」
そう言って魔王は、魔獣の背から飛び降りる。
ついに魔王が戦場の地へと降り立った。