コレア ①
昔から、危険な人間というのが私にはわかった。
一目見ただけで、この人は敵に回さない方がいい、あの人は機嫌をとっておいたほうがいい、といったように。
こんな能力が身についたのは、そこそこ力を持つ商家の娘として生まれ、育てられてきたのが原因だと思う。
とはいえ、兄弟姉妹の中でそんな力を持っていたのは私だけだったわけだが。
そんな私がアークという人物を初めて見たとき、一体どう感じたか。
これ以上ないというほどの危険信号だった。
入学式の日にアークさんの姿を見た時、他の人間が霞んでしまうほどの存在感を感じた。
まるでそこには、アークさんしかいないのではないかと錯覚するほどに。
いろんな薄汚い貴族や、ずる賢い商人を見てきたが、そのどれもが比較にならない恐ろしさだった。
そんな第一印象もあって、同位生でありながら、私は自然とアークという人物に敬語を使うようになった。
しかし学院でのアークさんは、言ってしまえば普通だった。
態度や言葉遣いは誰に対しても偉そうだが、特別何かすごいというわけでもない。
授業での成績は平均的、風紀委員に入るだけあって、荒事にはそれなりに慣れているくらい。
勇者候補と期待されている少女、エリサと一緒によくいるという理由で有名だが、それ以外に目立つようなことは何もなかった。
そのため『私の勘違いか……』なんていうように軽く考えていた。
けど、人狼を目の前にして、一歩も引かずに笑い続けるアークさんの姿を見ると、初めてアークさんを見たときの恐怖が思い出される。
「さあて、じゃあさっそく――ん、なに?右を向け?なんだよ、いいところだっていうのに……」
笑い続けていたアークさんが、突如として私のほうを向く。
誰かと会話をしていたような話し方だったが、周りには私と人狼以外誰もいない。
「ああー……やっべ、そういやこいついるの忘れてた」
どうやらアークさんは、私の存在などすっかり忘れてしまっていたらしい。
ただ私のほうを向くということは、人狼を相手によそ見したということ。
「っ!アークさん!!」
アークさんに向かって、一瞬で距離を詰める人狼の姿が目に入る。
次の瞬間、アークさんの左腕が空を舞った。
人狼の振り下ろされた鋭い爪により、肩からざっくりと切断される。
血しぶきが舞い散っていく。
それにもかかわらず、アークさんはちぎれた左腕には目もくれず、人狼に反撃を加える。
振り出された右の拳により、体格差などものともせず、人狼をまたもや壁まで吹き飛ばす。
「軽く身体強化をかけといたんだが、一振りで切断するか。なかなかやるねえ、将来有望だ」
腕がとれたこと自体にはまったく気にしないような素振りで、落ちていた自らの腕を拾い上げる。
一体何をするのかと思えば、アークさんは腕の切断面と切断面を、ぐりぐりと押し付け始めた。
「よし、ちゃんとくっついたな」
押し付けていた右手を離すと、アークさんは確認するように、左手を数回開け閉じを繰り返す。
血の跡はあるものの、アークさんの左腕は完全に元通りになっているように見えた。
ありえないありえないありえない!!
治療系統の魔法を使っている様子もなかったし、聖女クラスの魔法でもあんな一瞬でくっつくことはありえない。
なに……なんなのこの人は!?
いや、そもそもほんとうに人間なの……?
そこからの展開は一方的だった。
人狼がどんなに攻撃を加えようとも、アークさんは余裕の笑みを絶やさない。
人狼は壁に、地面に、幾度となくたたきつけられる。
何度やられても立ち上がるタフさはさすがだが、それ以降一度も人狼の攻撃がアークさんに当たることはなかった。
しばらくすると、人狼は力尽きるように倒れた。
二倍近くに膨れ上がっていた体躯が徐々に小さくなっていき、人狼は元の人間の姿へと戻る。
「魔力切れか?才能はあるが、魔力の扱いはまだまだ下手くそだな」
そう言ったアークさんは、やはり笑っていた。
目の前で起こった一連の出来事を、自分の中で処理できない。
なにこれ?なにをすればいい?ウォルフの拘束?アークさんは何を知っている?
いや、まず警備兵にこのことを伝えて――
完全にパニック状態だったその時、どこからか声が聞こえてきた。
『動くな』
威圧感のあるその声に、動こうとした足がぴたりと止まる。
まるで、足が石になってしまったかのような感覚だった。
私は辺りを見回すも、声の主らしき人物はどこにもいない。
おそらく女性の声だった。
どこかで聞いたことのあるような声の気もしたけど確証は持てない。
『今すぐ理事長室にきなさい』
その言葉を最後に、声は一切聞こえなくなる。
アークさんのほうを見ると、気絶したウォルフを肩に抱え、こちらの方へ歩いてきていた。
「ついてこいよコレア、お前も理事長室に来いって言われたんだろ?」
「……はい」
わからない、一体何が起こっているのか、何をすべきなのか。
ただひとつわかることは、アークさんに逆らってはいけないということだけだ。
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