表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の勇者のその隣で魔王は笑う  作者: 考える人
序章 魔王の日常
4/31

二人の一日


「アーク!朝だぞ!!」


 ここはカージラス魔法学院の男子寮。

 当然、女性は立入禁止であるにもかかわらず、勢いよく扉を開け、堂々と部屋に侵入する少女の姿があった。


「朝っぱらから元気だな……おはようエリー」


「おはよう!!」


 眠そうに目をこすりながら起きるアークの挨拶に、男子寮侵入者エリーは満面の笑みで返事を返す。

 言うまでもなく不法侵入である。


 男子寮は一人部屋だが壁は薄く、大声を出せば隣の部屋に丸聞こえになる。

 当然、先ほどのように叫ぶほどの挨拶をすれば、隣の部屋どころかその階全体に響き渡る。

 にもかかわらず、エリーの行動を咎める者は誰一人いない。


 文句を言うため部屋に突撃すれば、二人きりの朝を邪魔するなと、未来の勇者によって半殺しにされるからだ。

 そのため、寮の住人はみなエリーの行動に触れることはない。

 慣れた住人の中には、いい目覚まし時計と考えている者もいる。


「今日は放課後、私とデートしよう」


「今日“も”だろ?」


 二人にとって毎日のように繰り返す会話をしながら、アークの一日はこうして始まる。




 寮内にて、朝食を含めた朝の身支度を済ませた後、寮生たちは徒歩五分とかからない学院へ向かう。

 当然、朝の身支度も男女別なのだが、エリーはさも当たり前のようにアークと行動している。



 午前中は座学中心、午後からは実際に魔法を使う実技中心。

 それが学院における大体の一日のスケジュール。


 そして放課後になると、生徒たちは寮の問限まで各自自由に過ごす。


 自主練に励むもの。

 友と語り合うもの。

 遊びに出かけるもの。

 勉学に励むもの。


 その過ごし方はさまざま。


 とある一国の王子は、学院の生徒会長として業務をこなし、それが終われば取り巻きの部下と共に鍛錬に励む。

 とある聖女は、お付きである同年代の友人と共に、街へと遊びに出かけ、頻繁にケンカ騒ぎを起こす。


 ではアークとエリーの放課後は?


 場所は学院の第26訓練室。

 そこはめったに学院生が訪れることのない場所であり、そのため整備などもされておらず、細かな傷跡や設備不足が目立っている。


 そんな訓練室に二人はいた。


「んん、もう少し強く押してくれ」


「こんなもんか?」


「そんな感じだ」


 エリーの背中をアークが押し、エリサの柔軟を手伝っている。


「昔のほうがもっと曲がってなかったか?」


「仕方ないだろう、昔と違って胸がつっかえてるんだ」


「そういうもんか」


「そういうもんだ」


 年頃の男女二人っきりにも関わらず、全く甘い雰囲気にならないまま、二人は柔軟を終えお互い立ち上がる。


「さて、準備はいいか?アーク」


「いつでもこいよ、エリー」


 アークの返事に、エリーは満面の笑みになる。

 しかしそれは朝の笑みとは違う。


 好戦的な、獣のような笑みを浮かべ、エリーは剣を抜いた――






 数時間後


「ふう、今日はこのくらいにしとくか」


「疲れた、アークおんぶ」


「しねえよ」


 ひたすら休憩なしで動き続けた二人は、軽口をたたきながら床に腰を下ろす。


「明日はどこでする?」


「30番台の訓練室なら人がいないらしい。明日はそこらでやるか」


「じゃあそうしよう!」


 簡単に言ってしまえば、二人がこの訓練室で行っていたのはただの鍛錬であり、二人で戦いあうだけの実践的な訓練。

 ではなぜ、次の日に場所を変える必要があるのか?


 もうこの訓練室を使うことは不可能(・・・)だからだ。

 訓練室の床は足の踏み場がほとんどないほどに破壊しつくされており、天井は一部が崩壊して崩れ落ちている。

 壁にはいくつもの剣で斬られた跡が深く残っている。


 当然、ただの訓練ごときで残されていい破壊痕ではない。

 しかし二人にとってこれが日常であり、一日一訓練室の破壊は日課のようなものだった。


 だが、それで二人が学院から何か言われたことはない。


「そろそろ帰るか。そういや前から思ってたんだが……」


「?」


「これってデートって言えるのか?俺の聞いたデートとは違う気がする」


「そうなのか?男女二人きりで何かすればそれはデートだと、私はそう聞いたぞ」 


「そういうもんか」


「そういうもんだ」


 やはり甘い雰囲気などには全くなることなく、二人のデートは今日も終わる。




 その後、二人で夕食を食べ、それぞれ風呂に入った後は、またエリーがアークの部屋に突撃する(もちろん規則破り)。

 就寝時間ギリギリまで二人は話し続ける。

 その日の訓練の反省、二人が幼いころ住んでいた故郷の話、エリーの意気込み等々。


 話すといっても、基本エリーが一方的に話しかけるだけで、アークはたまに返事をしたり相槌を打ったりするだけ。

 それでも、エリーはひたすら楽しそうにしゃべり続ける。


 就寝時間がくるとエリーは立ち上がり、いつものように(・・・・・・・)アークに向かって宣言する。


「アーク、私は絶対に魔王を倒す!そして魔王を倒したら、ずっとずっとアークと一緒に暮らす」


 その宣言は、二人が昔交わした約束。

 何も知らない純真無垢な笑顔で、幼いころのエリーがアークに持ちかけた約束。


 就寝直前、必ずその約束を宣言し、おやすみと一言かけて部屋を出ていくエリー。

 その背中を、手のかかる子供を見るような優しい笑顔でアークは見つめる。



 二人の交わした約束が、万が一にも叶わないことを知りながら。


 こうして、一部を除けばまるで一般生徒のようなアークの――魔王の一日が終わる。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ