カージラス魔法学院 ②
学院へと忍び込んだ侵入者の男は、目的のものが保管されている場所へと向かう。
“神代の遺産”と呼ばれているその目的物は、盗もうとするだけでも大罪になりかねないほどの代物。
ただそのリスクを負ってでも、侵入者にとってはどうしても必要なものだった。
(“アレ”さえあれば息子の病気を治してやることができる!息子が完治するのであれば、私は死刑になってもかまわない!!)
不治の病にかかった息子を助けるため、男は通常では起こりえない奇跡を“遺産”に求めた。
多額の金を払って協力者を増やし、並々ならぬ執念でここまでたどり着く。
命を捨ててもいいという覚悟は本物だった。
侵入者の男は狭い一本道の廊下を走っていく。
すると、一本道の先に一組の男女の姿が目に入る。
その男女二人は侵入者を見ても怯むことなく、真っすぐに侵入者を見据える。
二人が自分の目的を阻止するためにその場にいることを、侵入者の男は簡単に理解できた。
しかし、その二人は学院の教師陣や警備兵などではなく、着ている服からただの一生徒であることがわかる。
(こっちは魔獣狩りとして第一線で戦い続けてきたんだ。たかだか学生相手におくれをとるものか。このまま押し通らせてもらう!)
侵入者の男は、かまわず強行突破しようと二人に向かって突っ込む。
「じゃ、頼むぜエリー。カッコいいとこ見せてくれよ」
「ああ、しっかり見ておくんだぞアーク」
少年のほうはその場から少し離れ、少女のほうは腰に携えていた剣をいつでも抜ける状態に構えた。
侵入者の男は臆することなく、少女のもとへ近づいていく。
その二人の距離があと少しでぶつかる距離まで近づいた、その時だった。
侵入者はゾクリと、体が凍るような殺気を感じる。
今まで味わったことのないレベルの恐ろしい殺気を。
それは間違いなく、目の前にいる少女の放つ殺気だった。
侵入者は理解する。
自分がすでに、少女の殺傷範囲に足を踏み入れてしまっていることを。
そして理解したときにはもう遅かった。
すでに少女は剣を振り終わっていた。
「バカな……まったく、見えな――」
少女によって、腹部から肩にかけて斬られた侵入者はその場に倒れる。
「殺したのか?」
「いや、浅めに斬ったから死にはしない……と思う」
少女の言葉はどこか少し不安げだった。
「そうか、それより前見たときより大分速くなってたな」
「そうだろそうだろ!惚れ直しただろ!!」
「そもそも惚れてねえよ」
『勇者になる』
それは、小さい子供がありえない夢を語るのようなもの。
大きくなるにつれ、みな気づく。
そんなものは無理だと。
大声で吹聴すれば、いつまで夢を見ているのだと呆れられる言葉。
にもかかわらず、エリーと呼ばれた少女、エリサ・シャユウがそのような発言をしてバカにされないのには、単純な一つの理由がある。
その発言を、現実にしてしまいそうなほどの尋常ならざる力が、エリサに備わっているからだ。
ーーーーーー
侵入者をエリサが倒してから数時間後
「侵入者を捕らえたの、あのエリサさんらしいですね」
「ええ、相手は一級ライセンス持ちの魔獣狩りだったとか。それを一瞬で倒してしまったとは……心の底から驚きですよ」
二人の教師が、タバコを吸いながらエリサのことを噂する。
「本当に、あの子の実力は群を抜いています。歴代勇者といえど、あの若さであれほどの強さは持ちあわせていませんでしたよ」
二人の内、それなりに年を重ねているであろう見た目の教師は、どこか懐かしそうにつぶやく。
「先代魔王を倒した勇者にも匹敵すると言われてますからね。まあ600年も前の人物なんで比べようがありませんけど」
「それに、エリサさんだけじゃありませんよ。ナイル王子も、素行に問題があるとはいえあの聖女様も。どちらも歴代の王族、聖女の中ではとびぬけた実力の持ち主たちです。魔族の侵攻で、年々人類の生存圏が狭まるなか、若い世代が育っているというのは喜ばしいことですね……」
人類は、少しずつ影が差し込むような時代の真っただ中にある。
そんな中でも、希望の光となりえる若い世代たちに期待を寄せ、人々は笑いあう。
それがとある人物によって、意図して作られた希望だとも知らずに。
ーーーーーー
夕暮れ時、沈む太陽を見ながらアークは、校舎の屋上でたたずむ。
彼がこのような場所にいるのは、なにも感傷に浸ることが目的ではない。
ある報告を聞くためだ。
「学問に勤しみ、実力を磨き、たまに喧嘩もし、友と仲良く笑いながら過ごす。いいですね~これこそ青春!って感じですよ。いいな~私もこの学院に通いたいな~。そんで複雑怪奇な人間関係、全部めちゃくちゃにしてしまいた~い」
アークの傍に現れたのは、肩に髪がぎりぎりかかるくらいの、まだ顔に幼さが残る13、4歳ほどの少女だった。
「んなことはどでもいい。さっさといつも通り王子と聖女の報告を聞かせろ、シェル」
「ちぇー、つまんないのー」
アークはその少女の存在に驚くこともなく、冷静に対応する。
シェルと呼ばれた少女は、拗ねながらもアークの言葉に従う。
「ナイル王子は、いつもどおりすごいペースで成長していってるらしいですよ。聖女様のほうは……努力とか、技術を磨くとか、そういうことは相変わらずまったくしてないですね。まあそれでも、有り余る才能でどんどん成長してるらしいですけど。報告は以上、要するにいつも通りです」
「成長はいいんだけどな、いつになったら魔王軍とまともにやりあえるようになるんだ?」
「そうですね~……今のままだと魔王軍、それも幹部クラスと互角に戦えるようになるには、あと数年は必要ですね~」
「数年か、先は長いな」
アークは少し残念そうに話す。
「まあまあ、殺されない限り死なない私たちにとって、数年なんてあっという間じゃないですか。ね、アーク様――あ、それとも二人の時はちゃんとこう呼んだ方がいいですか?」
そこで一旦言葉を区切ったシェルは、薄く笑みを浮かべて続きの言葉を語る。
「魔王さま」
「どっちでもいいさ、好きに呼べ」
繰り返しになるが、この物語は人族を救おうとする勇者の話ではない。
人々に尽くす聖女の話でもない。
国を思う王子の話でもなければ、才能あふれる魔法使いの話でもない。
自分勝手に生き、自分勝手な欲望を持ち、自分勝手な気まぐれのために、世界のすべてを巻き込む史上最悪の魔王。
そんな魔王の物語。
そして、その魔王によって巻き込まれていくすべての人族、魔族の物語だ。