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敬語でだらだら、でもリズミカルな文体でコメディ

いきなり、電車の中で凝視されました

 いきなり、電車の中で凝視されました。

 

 それは帰り道の電車の中での事で、その電車は人間を圧して何らかのエキスを吸収する為の装置なんじゃないかって思ってしまうくらいのぎゅうぎゅう詰めの満員電車だったのですが、その所為で僕は身体の向きを固定されてしまっていて、その方向にはやはり僕と同じ様に向きを固定されてしまっている女性がこちらを向いていたのです。

 “お互い大変ですね”

 まぁ、そんな感じで向い合う事になってしまったのも何かの縁だと思って、僕はその女性に向けて表情でそんな雰囲気をつくって訴えかけてみたのです。

 多分、僕は情けない感じの笑顔を彼女にみせていたのじゃないかと思うのですがね。

 僕は彼女も同じ様な感じの笑顔で返してくれるものとばかり思っていたのです。ところがどっこい、それから彼女は僕を血走った眼で凝視して来たのでした。

 なんでしょう? そんなに僕の情けない笑顔が気に食わなかったのでしょうか? ただ、その表情は別に怒っているようには思えなかったのです。“なに笑ってんのよ、こんちくしょー”的なメッセージは伝わって来ません。いえ、それどころか、悲しみも喜びも感情らしいものは何一つ感じないのです。ただただ僕を凝視しているだけです。

 僕にはその凝視の意図が分からず戸惑いました。

 それで、「どうして僕を見ているのですか?」と問いかけてみようかと悩みまくったのですが、怒られても好きだと告白されても何も応えてくれなくても、どんな反応でも恐怖しか感じそうにないと判断して、思い止まりました。

 もしかしたら、僕はいつの間にかに彼女に対してにらめっこ勝負を挑んでしまっていたのかもしれませんし。そんな記憶はどんなに掘り下げても出てきませんが、僕がすっかり忘れてしまっているだけで、例えば、僕が小学生の頃に彼女と同級生で、その時ににらめっこ勝負を約束したのかもしれませんし、仮にそんな約束をしていないにしても、彼女は実はプロのにらめっこ選手で、武者修行の為に無差別に電車の中で僕ににらっめこ勝負を挑んでいるのかもしれません。

 僕は別ににらっめこ勝負が得意ではありません。むしろ、よく笑う性質なので、かなり弱いと思うのですが、実は隠れた才能があって彼女がそれを見抜いたという可能性だってゼロではないでしょう。

 ま、そんな訳はないんですけどもね。

 僕がそんなどーでもいい事を考えている間も、彼女はずっと僕を凝視し続けていました。しかも、瞬きすらしていないように思えます。僕が瞬きをした瞬間を狙って彼女も瞬きをしているのならどうか分かりませんが、そんな神業が現存するのかどうか分からないので、やっぱり瞬きをしていないと思った方が良さそうです。

 そのうちに、僕はそんな彼女の視線に耐えて切れなくなってきました。いやぁ、いくらなんでも異常でしょう。今なら、目玉模様を嫌がる鳥の気持ちが分かります。

 それで僕はその苦痛から逃れるべく、その満員電車の中で、周りの迷惑も考えずに身体を思いっきり回転させたのでした。すると、僕の身体はちょうど吊革を持って立っている人達の間にすっぽりと入りました。

 ちょっと気まずい感じですが、それでもなんとか彼女の視線からは逃れられました。

 が、すると今度は、目の前で座席に座っている人と目が合ってしまったのです。しかも、その人はお爺さんでしたが、僕をじっと凝視しています。僕はいやーな予感を俄かに覚えました。

 いえいえ、もちろん僕は満員電車の中で変なアクションを突然にしたのですから、警戒されて当然で、人によっては怒ったりもするかもしれません。だから、凝視されても致し方ないのかもしれない……

 そんな風に僕は思おうとしたのです。ですが、そのお爺さん顔にはやはり先ほどの女性と同じように感情がなかったのでした。そればかりか、同じ表情のように思えます。

 性別も年齢も違うのに、まったく同じ顔をしたキャラクターがいたりしますが、そんなキャラクターを見ているような気分です。

 これは、やっぱり、ちょっと変です。

 ただ、今度は先ほどの女性と違って、顔は下の方にあります。顔の向きを変えてその凝視を視界の外に追いやってしまえば、気にもならないでしょう。

 それで僕は電車の窓の外に視線を移すことにしたのです。他の乗客は僕を見たりなんかしていません。誰かの視線を気にする必要もそれでなくなるはずでしょう。

 が、そこで僕は愕然となったのでした。

 電車のガラス窓は光を反射して、車内の光景を映しています。もちろん、そこには満員電車に苦しむたくさんの人が映っていたのですが、その顔は一様に血走った眼で僕を見ていたのです。ガラスの反射越しに。しかも、皆、同じ表情で。

 ……これは、駄目だ。

 

 僕はそこに至って、この電車から逃げる決心をしました。何が何だか分かりませんが、異常である事だけは確かです。次の駅は僕の降車駅ではないけれど、降りて次の電車を待つことにしました。できれば、満員電車じゃない方が良い。

 ところが、次の駅が近づいて来て、僕は更に愕然となってしまったのです。

 何故なら、駅で電車を待つ人々が、一様に僕を凝視していたからです。やっぱり、同じ表情で、何も言わず、じっと。

 

 家に帰ると、僕はパソコンの電源を入れました。電車の中で僕は、恐怖に震えていました。極力、周囲を見ないように、誰とも目を合わせないように努めたのは言うまでもありません。

 もっとも、僕はその人々の“凝視”が現実のものであるかどうか疑っていたのですが。そんな事が起こるだなんて信じられません。つまり、あの“凝視”は僕の妄想ではないかと考えていたのです。

 僕は立ち上げたパソコンでネットに繋げると、臨床心理士のサイトに飛びました。そのサイトでは、管理人をやっている臨床心理士の方が相談を受け付けてくれているのです。掲示板になっていて、そこに誰かが書き込むと、それに対する返事をくれるという仕組みになっています。もちろん、パフォーマンスの一つなのでしょうが、相談には真摯に返してくれているようです。

 僕は今日体験した電車での“凝視”を、そこに書き込みました。

 これでしばらくが経てば、何かアドバイスをくれるはずでしょう。

 が、その時に僕は異変に気が付きました。

 そのサイトは、それほどアクセス数は多くはありません。ところが、僕が書き込みを終えると、物凄い勢いでカウンターが回り始めたのです。

 

 まさか……

 

 僕はパソコン画面の前で、再び愕然となりました。

 

 みんな、“見て”いるのか?


最近、このシリーズを書いてないなって思ったので書こうと思ったのですが、気分的にはホラーが良い。

なので、ホラーにしてみました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  見知らぬ人間に、何故これほど自分が凝視されるのか、その理由を必死で探している主人公の心情が秀悦でした。  怖いですよ、電車の中で知らない人にじっと見つめられるのって。  経験あります。そ…
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