番外編2.5or第4話 お別れの日
現在、 気温は30度という猛暑日となっている。
そんな事も気にせず、 俺は外出して大汗をかいていた。
何でそんな熱中症になり兼ねない事をしているのかと問われれば、 理由は1つに絞られる。
「今頃、 先輩はクラスの人達とお別れ会でもしてんだろうな……」
先輩は今日が最後の登校日となっていて、 2年生で先輩のクラスはお別れ会をしている様だ。
あの先輩は今、 笑ってんのかな……。
気持ちが沈んじまって仕方がない。
俺の初恋相手である先輩と会える日がもう無いかも知れない事がとても辛かった。
だからこうして学校の門の所に座ってるけど、 多分、 先輩は来ないと思う。
「……はぁ、 もう、 忘れる事なんて一生出来なくなったのに」
俺はこの前に先輩と海に行った日の夜、 告白していて、 先輩にも好きって言われた。
そんな事を忘れられる訳がなく、 さらに胸が苦しくなっていった。
「結局先輩、 住所自体は教えてくれなかったな」
俺が溜息を吐き、 俯いていると『兄貴』と呼ぶ声が聞こえた。
目の前を見ると、 スポーツドリンクが飛んで来ていて、 顔面を強打した。
「いってえぇぇ……!! 」
「んなトコに何も持ってかねーで居たらぶっ倒れんぞ」
そこに居たのは三男の涼だった。
いつもならバカにするだけして素通りする様な奴なのに、 わざわざ飲み物を持って来てくれるなんて珍しい。
スポーツドリンクを飲み、 飲み物代を渡そうと金を差し出すと、 断られた。
「珍しいな涼、 お前が俺に気を使うなんて」
「蘭兄が持ってけって言ったからだよ」
相変わらず捻くれていらっしゃる。
そう言いつつも俺の隣に座り、 エナジードリンクを飲む涼。
飲み終えると、 少し黙ってから遠くを見て俺に話しかけて来た。
「言っただろ、 言ったら後々辛くなるって。 どうせお前だから言うと思ってたけどな」
「言わなきゃ後悔すると思ったからな」
告白をするかどうかの話で、 俺は告白をしている。
涼は溜息を吐くと、 再びエナジードリンクを口にする。
「んで、 どうだよ結果は。 言う前とどっちが辛い」
「さあね……」
俺はスッキリはしたが苦しくなったので、 そう答えるしかなかった。
──────────────────────
涼は再び……今度はとても深く溜息を吐くと立ち上がり、 俺の方を向いた。
「言っとくけど俺は兄貴の事は嫌いじゃない」
あ? 何だ急に……てか俺の事嫌ってないっていうか、 遊び道具にするのが楽しいだけだろ。
俺が眉を曲げ、 疑問に思っていると涼は持っているエナジードリンクのペットボトルで俺の頭を軽く殴って来た。
「お前なぁ……」
「後悔だけはすんな……それだけだ。 飲み物代は蘭兄にでも渡しとけ」
俺がキレかけると、 涼はそう言ってこの場を去って行った。
……後悔だけはすんな……か。
ここまで来たらどう後悔すれば良いんだかも分からなくなって来たけどな。
それにしても涼が俺の心配をしてるなんてハゲるくらいに驚きだった……ハゲてないけどね。
「よし、 一か八かやってみるか」
俺はスポーツドリンクを大量に飲むと、 バッグからスマホを出し、 メールを打ち始めた。
「ん、 篠宮君からメールだ……」
俺がメールを送った相手は、 今お別れ会をしている赤薙先輩だった。
彼女がスマホを見ていると、 同じクラスの女子が話しかけて来た。
「赤薙さんスマホ買ったんだ! ねーねー、 別れる前にメアド交換しよ! 」
俺も私もと集まって来るクラスメイトに驚いた彼女の表情はいつもより和らかなものだった。
「どれもこれも全部……篠宮君のお陰かな……」
彼女がそう呟くとクラス中が静まり、 彼女を見つめて来た。
何も分からない侑梨菜は、 また無表情に戻り困っていた。
「篠宮君って、 あの金髪のデカい1年だろ? ならさっき正門で見たぜ俺」
クラスの男子の1人がそう言うと、 侑梨菜は目を見開きスマホを見つめた。
そして急に紙とペンを用意し、 そこに自分のメアドを記し、 教室のドアを開ける。
「私とメールしたい人はそのアドレスを登録して下さい、 そして終わったらその紙は捨てて下さい。 皆、 さようなら」
焦ってる様だが笑顔にも見える彼女は教室を飛び出した。
「おい! 赤薙!? ……ってもう居ねぇ! 」
誰の声も届かず走る彼女のスマホの画面には、 鈴都からの一言が映っていた。
──『話がしたいです』──。
校門に着くと、 誰もいない。
先輩は俺の姿を必死に探している。
──────────────────────
「先輩、 コッチです」
俺は高校から少し遠い公園から叫んだ……近所迷惑なんて関係はない。
先輩は笑顔でこちらに駆けてくるが、 途中でその黒い宝石の様に美しい瞳から、 大粒の雫が溢れ落ちだした。
俺の元へ着くと先輩は、 陽の光で反射し煌めく涙を拭った。
「先輩、 俺は先輩が大好きです。 愛しています。 今はまだガキでどうする事も出来ませんが、 それは信じていて下さい」
俺が再び告白をすると、 さらに溢れ出て来る涙を拭き取る先輩は大きく頷いた。
「本当は、 先輩と絶対に離れたくありません。 でも、 現実そうはいかないみたいです」
先輩は心を落ち着かせ、 2回小さく頷いた。
俺は覚悟を決めたように拳を握り締め、 先輩に言った。
「いつか、 金貯めて絶対会いに行きますから、 その為に先輩の次の住所……教えて下さい!! 」
俺は深く頭を下げ、 先輩にお願いしたが、 先輩の雰囲気は少し暗くなり、 首を振った。
そんなに、 教えられないのか……。
そう思っていると、 先輩は理由を口にし出した。
「引っ越しを決めたのはお父様で、 私はそれに反対する事も資格もないんだ……私だけが住むわけじゃないから、 篠宮君にすら教えてあげられないんだよ。 本当にごめん」
先輩も深々と頭を下げ、 いつまでも上げようとしない……それ程申し訳なく思っているのだろう。
「分かりました。 じゃあ、 駅で見送りくらいはさせてもらえますか? 」
「それは是非来て欲しい」
先輩はこの後、 何月何日の何曜日か、 何時何分にどの駅から出るかを凄く詳しく説明してくれた。
……ただしそれは、 永遠の別れを告げる様なものだった。
いや、 実際にそうなるのかも知れない。
その後先輩はお別れ会に戻って行ったが、 正門を過ぎるまでずっと俺に大きく手を振っていた。
最初の頃は見る事もないと思っていた、 満面に咲くとびきりの笑顔で。
───────────────────────
家に帰ると、 俺はそのまま部屋のベッドに倒れこんだ……もしかしたら暑さでやられたのかも知れない。
そしてそのまま寝たため、 先輩のメールに気付けなかった。
──────────────────────
翌日、 そろそろ学校の準備をしようとネットで掲示されている高校の情報を見る為、 スマホを点けると先輩からのメールが届いていた。
送信されて来たのは昨日の夜7時14分、 俺が寝ていた間だった。
「え……」
メールの内容を見た俺は驚愕していた……。
そして急いで着替え、 家を飛び出した。
「アイツ、 朝からどうしたんだ? 」
「さあね、 何かあったんじゃん? 」
「彼女さんの引越し日が早くなったとか? 」
メールの内容は亜奈が言う様に引越し日がとても早くなった事だった。
時間などは変わらないが、 日にちが大分早まって今日となってしまったらしい。
先輩も急な事で準備に手間取っているらしいが、 もうすぐ駅に着いてしまうらしい。
「クソっ! こんなパターン有りかよ! 」
俺は自転車を全速力で漕ぎ、 時間短縮のため林などの道無き道を進んでいく。
信号のある道路は横断歩道の自転車用の道を通るのではなく、 信号から遠く離れた所から歩道を使わず渡る。
こうして何とか駅の駐輪場に着いた俺は、 今まで出せた事のない速度で自転車を設置し、 腕時計を確認する。
「あと11分、 よし行ける! 」
俺は人にぶつかる事のない様、 注意しながら駅の中を駆けていく。
駅内に店などが多く、 結構利用している大き過ぎる駅がこれ程憎く感じる事はなかった。
改札口のある所へ着くと、 まだ先輩の姿はなかった。
時間もあと6分ある。
「篠宮君! 」
後ろから俺を呼ぶ声がしたので、 息を切らしながら振り返ると先輩とその親子達が居た。
「良かった……会えた」
「来てくれたんだね、 篠宮君。 ありがとう」
俺がメールに気づかなかった事を謝っていると、 先輩の父親が割って入って来た。
「君は誰だね? 侑梨菜とはどんな関係だ」
威圧する様に睨んで来る先輩の父に対して、 全く怯む事なく自己紹介をした。
「関係は、 とにかく先輩と後輩でして、 勉強仲間でもあります」
そう言うと更に睨みを利かせてくる父親。
「君みたいに明らかに低能そうな男と侑梨菜が勉強仲間だと? ふざけた事を言ってるんじゃない。 せいぜい教えてもらっていたと言う所だろう」
低能って……いや確かに頭は良くないけどよ。
──────────────────────
「確かに最初はただ教えてもらっていただけでしたが、 先輩が教えてくれた為学年でも上位の成績になりました。 それでその後はそれぞれで勉強する事にもなり、 一緒に行動するようになりました」
俺がそう説明すると、 父親は納得したかのように相槌を打ち、 一旦先輩を見てもう一度俺を睨んで来た。
「そうか……君が侑梨菜の成績が下がる原因となった疫病神か」
「!!! 」
疫病神だと!? 確かに俺のせいで先輩は成績が一度落ちたがその言い方は酷すぎんだろ……!!
「君さえ居なければ今日まで侑梨菜は一度も首位を逃す事も無かったと言うのに、 とんだ後輩だな侑梨菜」
先輩はそう言った父親の頬を無表情で叩いた。
しかも2発。
駅内にクラッカーを鳴らした様な音が鳴り響き、 注目を集める。
「お父様、 ご勝手な事を言うのは控えて下さい。 彼に勉強を教えると決めたのは私ですし、 成績が下がったのも私が1つの事に集中出来なかったからです」
先輩の表情は凛々しく、 刺すような眼差しで父親を睨んでいる。
「1つの事だと? 」
父親は両頬を手で押さえながら先輩を見る。
先輩は急に俺の腕に抱き付いて来た。
「私は篠宮君が大好きです。 そこを邪魔される気はありません」
「先輩……」
先輩は臆する事なく、 周りの視線も気にせずに真っ直ぐな心を打ち明けた。
先輩の両親は目を丸くさせて驚いている。
「……先輩の両親、 俺は先輩を愛しています。 大人になったらいつか、 先輩を貰いに行きますので、 その時はよろしくお願いします」
俺も覚悟を決め、 先輩の方を見つめた。
「この先ずっと、 俺を好きでいてくれるのなら、 再び出会えた時俺と……結婚してくれますか? 」
先輩は少し照れるとすぐに微笑み
「もちろんです」
と答えた。
電車に乗る先輩に手を振り、 別れた俺はこれから先もずっと、 先輩への愛を絶やす事なく生きて行こうと心に決めた。
ーー いつか絶対、 迎えに行きます。 ーー。
こうして俺と先輩の高校生活は幕を閉じた。
ーーーー END ーーーー