第7回 デビューしたい
土曜日、学校が休みの日はたいてい隼人はスタジオに1日中こもっていた。
「デビューしよう!!」
隼人がそう言い出したとき、和馬と直人は「はぁ?」と呆けた声を出し、リーダーだけが何も言わずに顔を上げた。
「おい隼人ー・・・デビューなんてそんな簡単にできるわけないだろ〜」
和馬が呆れたように歌う。たった今即行で作ったデタラメな曲だった。
「俺もできるんならしたいな〜」
和馬の調子に合わせて、直人もギターで歌い始める。
隼人はちらりとリーダーを見ると、いつのまにか俯いて楽譜の手直しをしている。
「リーダー・・・デビューしたいです・・」
「無理」
あっさりと彼は言い放った。
「簡単にできるもんじゃないよ」
「リーダーがうんって言えばもうメジャーデビューできるってこと・・俺は知ってるんです」
「俺はうんって言う気はない」
「なんでですか!俺が高校生だからですか!?」
リーダーが顔を上げた。眼鏡ごしにまっすぐな視線を向けられ、隼人はそれ以上何も言えなくなってしまった。
直人と和馬が驚いた表情で固まっている。2人は今何も言わないほうがいいことを知っている。
「俺は・・・例え今デビューしたとしてもだめになるような友達はいない」
リーダーは何も言わない。
「今が俺たちにとってのチャンスなんです。きっと・・・これが最初で最後の・・・・・」
今さらになって大声を出したことを後悔し始めていた。
思い返せば、リーダーに反抗したことは初めてだった。だから、今めちゃめちゃ怖い。
結局その後はダッシュで逃げてしまったので、リーダーがどう思ったのか隼人が知ることはなかった。
◇
翌日は日曜日で打ち合わせを行う日だったが隼人は気分が乗らず、なんとなくこないだ歌わせてもらったライブハウスまで来ていた。
中に入らずに、ただあのときの興奮を思い出していた。
歌いたい・・・またライブしたい・・・!
その思いはだんだん強くなってしまった。今さらもう戻ることはできない。
と、そのときだ。ライブハウスの中から見知った人が出てくるのが見えた。
「佐山さん・・・?」
それは佐山菜穂だった。隣には若い男がいて、とても仲良さそうに見えた。
なぜかこれ以上見ていられなくなった。
気がつくと、無意識に隠れてしまっている自分がいて、隼人は情けなくなってしまった。
なっさけねー・・・こんなんだからリーダーにも心配されるんだろうな。
メンバーの迷惑にはなりたくない。
菜穂たちが立ち去った後、道の真ん中に何かが落ちているのが見えた。
「・・・・・・・?」
思わず拾い上げると、それは菜穂の生徒手帳だということがわかった。
それだけなら明日返すだけの話だ。しかし、生徒手帳からはみ出しているものが見えて、逆に気になってしまった。
――なんで自分の写真があるんだろう・・・?
◇
その後、おそるおそるスタジオに行くと、プロデューサーの一宮がいた。
「あれ・・・一宮さん、どうしたんですか?」
「ああ、透也君から話があると言われて来たんですよ」
部屋の奥にはすでに他のメンバーが到着していた。和馬がこっちに来るように手招きをしてくる。
そこへ行くとき、リーダーの前を通る。なんとなく緊張してしまった。
「これで全員揃いましたね。それで、話とは?」
一宮が静かに切り出す。もちろん、それに答えたのはリーダーだった。
「単刀直入に言います。デビューの件、ぜひこちらからお願いしたいと考えています」
「えっ・・・!」
1番驚いたのは隼人だった。思わずリーダーを見ると、無表情だった彼の顔が急に優しくほころんだ。
「なんだよ。デビューしたいって言ったのはお前だろ」
「そうだけど・・・いいんですか?」
「正直、お前が高校卒業するまではって思ってたんだけどな。俺が高校中退だから・・・だけど、やっぱりこれが最初で最後のチャンスだって俺も思う。逃したくない」
リーダーが中退したなんて初めて聞いた。驚きと嬉しさでどう反応していいかわからずにいると、すぐ後ろにいた和馬に頭をぐしゃぐしゃとされた。
「隼人やるなぁ!リーダーにたてついたもんな!」
「そっそんなつもりないよ!」
さらに直人にも頭をぽんぽんと叩かれ、これ以上言い訳することができなくなった。
「よかった・・・じゃあ、本格的にこの話を進めていきたいと思います」
一宮が嬉しそうに立ち上がると、待ってくださいとリーダーがそれを制する。
「生意気を言うようですいませんが・・・俺たち、いきなり顔を出すのはちょっと・・・」
「わかってます。ですが、いつかはそのときが来ることを忘れないで下さい」
リーダーがこくんと頷くと、一宮も納得したように頷いた。
アルトのメジャーデビューが決まった。