第17回 病院にて
「・・・・・・なーにが意識不明の重体だよ。お前なぁ、こういうときは感動的な言葉の1つでも吐いてピーってなるんだよ」
「そんな縁起でもないこと言わんといてくださいよ」
都内の大学病院。その一室の個室で、お見舞いのみかんを食べながら1人の入院患者が深くため息をつく。
「とにかく良かった。検査結果はもう出たんだろ?」
「異常ないみたいっす。明日にでも退院できるだろうって医者が・・・・・あの、リーダー」
隼人は上目遣いに目の前の人を見る。
「ん?どうした?」
「すいませんでした・・・俺のせいでせっかくのライブが・・・」
「お前のせいじゃないだろ。もう犯人も見つかったことだし、隼人は早く怪我を治すことだけ考えてればいいよ」
リーダーはぽんぽんと頭を叩いてくる。傷に影響がないようにすごく軽い力だった。
――2日前・・・
イベントの最中、隼人は誰かによって足を引っ張られてしまった。観客の1人がすごく身を乗り出してきたのを見た瞬間の出来事だった。
その後、バランスを崩して、ステージから転落。打ちどころが悪くて気を失ったのだ。
和馬の話によると、自分は結構な量の血を流していたようだ。
会場は一時騒然となり、隼人は気絶している間にいろいろなことが過ぎていった。
重体と言われながらも、その日の夜に当の本人はあっさりと目を覚ました。
「なんかCDもすげー売れてるみたいでさ、昨日のオリコンチャート1位だって」
直人が軽く笑いながら言う。
「すげー!隼人が体を張って出した結果だな。お前の苦労は無駄にはしないぜ」
「なんか俺が死んだみたいじゃないですか」
だんだん和馬のノリについていけなくなるのを感じた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
リーダーが立ち上がったので、隼人も見送ろうとベッドから出ようとしたとき、
「いいからいいから。怪我人はおとなしく寝てろ」
和馬によって強引に寝かされてしまった。
「お大事に」
「はい。ありがとうございました」
◇
メンバーが出て行くと、急に病室は静かになってしまった。
安静にしてろとは言われたが、隼人は電源の切ったケータイを握り締め、病院の外に出てみた。
メールを問い合わせてみると、案の定、すごい数のメールが届いていたようだ。
隼人はその中からある人のメールを探していた。
・・・・・ないか。
液晶画面をぼんやりと見つめていたとき、それにぽつっと何かが落ちた。――雨だ。
しかし、隼人は中に入ろうとはせず、ただじっとそこにたたずんでいた。
雨が強くなっていく。
ようやく中に入ろうとケータイを閉じたそのときだった。
「濡れちゃうよ」
その声にはっとして隼人は振り返った。
コツコツというブーツの音が鳴り響き、白い傘をさして歩いてくる少女がいた。
「・・・・・菜穂・・・」
雨のノイズが強くなっていく。
◇
病室に入るまで、菜穂は一言も喋ろうとはしなかった。
覚悟はしていたが、いざこのときが来ると緊張してしまう。とにかく落ち着こうと隼人は深呼吸をした。
・・・よしっ!
「菜穂・・・あのさ!」
そう言いかけたときだ。奈穂が涙ぐんだ顔でこっちを見ているのがわかった。そして、ゆっくりと歩いてきて隼人の包帯に触れた。
「・・・・心配したんだから」
赤くなった瞳にまっすぐに見つめられ、隼人はうろたえてしまった。
「ごめん・・・テレビで知った?」
「――うん」
「ごめん・・・・・・」
それしか言えなかった。
隼人は全部話した。中学3年生のときにアルトに入ったことから、こないだステージから落ちたときのことまで全てを。
菜穂はそれを黙って聴いていてくれた。時々相槌をうってくれたが、ほとんど隼人が1人で喋り続けた。
「―――ずっと黙っててごめん」
「・・・・・私がアルトに興味がないから言わなかったんだよね」
肯定も否定もしなかった。
「・・・西村君が今別れたいって思ってるのなら・・・・フラれる覚悟はできてるよ」
別れたくない・・・って言いたかった。だけど、それを菜穂自身に言われてしまってとてもショックだった。
「別れねぇよ・・・誕生日1ヶ月間違えたけど、それでも菜穂の彼氏でいたいよ・・・・・」
その言葉に、対する奈穂は驚いた表情をしていたが、すぐに顔を赤くして俯いた。
一瞬隼人はうろたえたが、その後の奈穂の言葉に苦笑してしまった。
「まぁ・・・アルトのボーカルが彼氏でもいっか!」
「うわー・・さっすが菜穂ちゃん、言うねぇ」
互いの唇が重なったのは、それからすぐだった。
次回最終回です。