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アルト  作者: 若林夏樹
17/18

第17回 病院にて

「・・・・・・なーにが意識不明の重体だよ。お前なぁ、こういうときは感動的な言葉の1つでも吐いてピーってなるんだよ」

「そんな縁起でもないこと言わんといてくださいよ」


 都内の大学病院。その一室の個室で、お見舞いのみかんを食べながら1人の入院患者が深くため息をつく。

「とにかく良かった。検査結果はもう出たんだろ?」

「異常ないみたいっす。明日にでも退院できるだろうって医者が・・・・・あの、リーダー」

 隼人は上目遣いに目の前の人を見る。


「ん?どうした?」

「すいませんでした・・・俺のせいでせっかくのライブが・・・」

「お前のせいじゃないだろ。もう犯人も見つかったことだし、隼人は早く怪我を治すことだけ考えてればいいよ」

 リーダーはぽんぽんと頭を叩いてくる。傷に影響がないようにすごく軽い力だった。


 ――2日前・・・

 イベントの最中、隼人は誰かによって足を引っ張られてしまった。観客の1人がすごく身を乗り出してきたのを見た瞬間の出来事だった。

 その後、バランスを崩して、ステージから転落。打ちどころが悪くて気を失ったのだ。


 和馬の話によると、自分は結構な量の血を流していたようだ。

 会場は一時騒然となり、隼人は気絶している間にいろいろなことが過ぎていった。

 重体と言われながらも、その日の夜に当の本人はあっさりと目を覚ました。


「なんかCDもすげー売れてるみたいでさ、昨日のオリコンチャート1位だって」

 直人が軽く笑いながら言う。

「すげー!隼人が体を張って出した結果だな。お前の苦労は無駄にはしないぜ」

「なんか俺が死んだみたいじゃないですか」

 だんだん和馬のノリについていけなくなるのを感じた。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

 リーダーが立ち上がったので、隼人も見送ろうとベッドから出ようとしたとき、

「いいからいいから。怪我人はおとなしく寝てろ」

 和馬によって強引に寝かされてしまった。


「お大事に」

「はい。ありがとうございました」


            ◇


 メンバーが出て行くと、急に病室は静かになってしまった。

 安静にしてろとは言われたが、隼人は電源の切ったケータイを握り締め、病院の外に出てみた。

 メールを問い合わせてみると、案の定、すごい数のメールが届いていたようだ。

 隼人はその中からある人のメールを探していた。


 ・・・・・ないか。

 液晶画面をぼんやりと見つめていたとき、それにぽつっと何かが落ちた。――雨だ。

 しかし、隼人は中に入ろうとはせず、ただじっとそこにたたずんでいた。


 雨が強くなっていく。

 ようやく中に入ろうとケータイを閉じたそのときだった。


「濡れちゃうよ」


 その声にはっとして隼人は振り返った。

 コツコツというブーツの音が鳴り響き、白い傘をさして歩いてくる少女がいた。

「・・・・・菜穂・・・」


 雨のノイズが強くなっていく。


            ◇


 病室に入るまで、菜穂は一言も喋ろうとはしなかった。

 覚悟はしていたが、いざこのときが来ると緊張してしまう。とにかく落ち着こうと隼人は深呼吸をした。

 ・・・よしっ!


「菜穂・・・あのさ!」

 そう言いかけたときだ。奈穂が涙ぐんだ顔でこっちを見ているのがわかった。そして、ゆっくりと歩いてきて隼人の包帯に触れた。

「・・・・心配したんだから」


 赤くなった瞳にまっすぐに見つめられ、隼人はうろたえてしまった。

「ごめん・・・テレビで知った?」

「――うん」

「ごめん・・・・・・」

 それしか言えなかった。


 隼人は全部話した。中学3年生のときにアルトに入ったことから、こないだステージから落ちたときのことまで全てを。

 菜穂はそれを黙って聴いていてくれた。時々相槌をうってくれたが、ほとんど隼人が1人で喋り続けた。


「―――ずっと黙っててごめん」

「・・・・・私がアルトに興味がないから言わなかったんだよね」

 肯定も否定もしなかった。

「・・・西村君が今別れたいって思ってるのなら・・・・フラれる覚悟はできてるよ」


 別れたくない・・・って言いたかった。だけど、それを菜穂自身に言われてしまってとてもショックだった。

「別れねぇよ・・・誕生日1ヶ月間違えたけど、それでも菜穂の彼氏でいたいよ・・・・・」


 その言葉に、対する奈穂は驚いた表情をしていたが、すぐに顔を赤くして俯いた。

 一瞬隼人はうろたえたが、その後の奈穂の言葉に苦笑してしまった。

「まぁ・・・アルトのボーカルが彼氏でもいっか!」

「うわー・・さっすが菜穂ちゃん、言うねぇ」


 互いの唇が重なったのは、それからすぐだった。

次回最終回です。

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