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アルト  作者: 若林夏樹
14/18

第14回 路上ライブ

「隼人、ちょっと休憩しよう」

 試しに作ってみた曲を何度か歌っている最中、突然リーダーからそんなことを言われた。15分前に休憩したばかりだ。

「え・・なんでですか。俺まだ大丈夫ですよ」

「いいから。休めるときに休んでろ」


 リーダーはすでに眼鏡をとって、パソコンで作った楽譜を持って座り込んでいる。

「休憩してる時間がもったいないです。やろう!」

 そこでようやくリーダーが顔を上げた。

「今のお前は、何やったってだめだ」


 そのリーダーの一言が、隼人の中の大きな石をさらに重たくした。


            ◇


 だめだ・・・集中できない。

 1度顔を洗いにトイレに行き、その後スタジオ内をぐるぐると回っていた。

 どのくらい休憩の時間があるのかわからなかったが、今メンバーの元に戻ってもまだ何も始まらないような気がしていた。


 ぶーん ぶーん

 ケータイが振動する。隼人は特に相手を確認することなく電話に出た。

「もしもし」


『・・・・・おっす。今いいか?』

 一瞬口から何かを吐き出すかと思った。相手は高橋英二だったのだ。

「うん。いいよ・・」

『今日暇か?ちょっと用があるんだけど』

「今日――・・・」

 無意識に呟いて、今日のスケジュールを考えた。


「夜なら開いてるけど」

『よっしゃ。なら、7時に駅前のマックに集合』

「あ、うん」

『じゃっ』


 英二はおそらく用件だけ伝えてさっさと電話を切ってしまった。

 7時に駅前のマック・・・隼人は会わせる顔がなかった。


            ◇


 スタジオから直で駅へと向かい、マックで夕食をとった。

 約束の時間にはまだ早い。そう思って時計を見ていると、「遅くなった」と言って向かい側の席に座る英二を見た。

「まだ20分以上あるよ」

「マジかよ。早すぎたなぁ」


 英二はいつもの調子で話す。友達じゃなけりゃよかったと言っていたことを隼人は思い出していたが、英二はこないだのことを特に口にすることはなかった。

「で、用って何?」

 話題に困って隼人はさっそく本題を切り出す。


 しばらく黙っていた英二だったが、ようやく口を開いたかと思ったら、

「隼人って・・・アコギ弾けるって言ってたよな?」

 隼人は何を言われているのかわからなくなった。

 ちなみに、隼人が弾ける楽器はギターとピアノだ。ピアノはたまたま習っていたのだが、ギターは直人に「俺が死んだらお前がギターだぞ」と、教えられたことがあるのだ。


「少しだけど」

「アルトの曲だったら何が弾ける?」

「今弾けるのは『花びら』くらい・・・あとは楽譜がないと無理かも」

 一体英二が何をやろうとしているのかわからなかった。わからないままどこかに連れて行かれた。


            ◇


 気がつくと、人通りのある路上にて、隼人はアコギを持って立たされていた。

「・・・・・はっ?」

「1曲だけでいいから。路上ライブにつきあえよ」

 淡々とその準備をし始める英二。


「まずいよ。バレたら・・・」

「隼人は弾いてるだけでいいよ。あ、直人さんがハモってるとこだけ歌ってほしいな」

 アルトのハモリは基本的に直人が行う。時々、リーダーや和馬が参戦することもあるが。『花びら』の場合は、直人だけがハモっているのだ。

「よーし。準備できた」


 こちらの事情なんてお構いなしに英二は立ち上がった。そして、無言でこっちを見る。

 ・・・・・仕方ない。弾くだけなら大丈夫だろ・・・

 半ばあきらめてリズムをとる。もちろんアコギだけで可能な伴奏ではないが、ないよりはマシだろう。


 歌い出し。何の打ち合わせもないのに英二は完璧だった。曲の細部に渡ってまでそれは完璧に歌われている。

 すげー・・・英ちゃん、すげー上手いな。

 一歩後ろで聞きながら、隼人はそんな感想を持った。


 最初は誰もいなかったのに、いつのまにか何人かが足を止めてこっちを見ている。

 この感じは前にも感じたことがある。そうだ・・・仮装ライブのときだ・・・・・

 英ちゃん、俺やっぱり歌が好きだ。アルトとしてこれからもやっていきたい。


 歌の途中で英二がこっちを振り返った。ちょうど大サビに入る少し前のときだ。

 英二の目が「お前も歌え」と訴えかけているのがわかった。

 隼人は頷いた。


 後のことなんて考えていなかった。とにかく今は最後まで歌いきりたかった。

 英二と2人で。大きな声で。思う存分―――・・・


            ◇


 気がつくと、隼人たちは拍手喝采(かっさい)に包まれていた。

 そして・・・その中に佐山友紀の姿があることにも気がついた。

「2人ともすっごいよかった・・・私感動しちゃった」

 その瞳が(うる)む。友紀だけじゃない。他の何人かの人たちも目頭を押さえていたのだ。

 歌で誰かを勇気づけられたらいい・・・そのとき隼人は漠然と思った。


「英二君に呼ばれて来たの。こういうことだったんだね」

 英二は曖昧に笑っただけだった。


「この曲は・・・・・」

 隼人は英二を見ながら言う。

「片想いをしている人のための曲なんだよ―――・・・」


 自分が友紀に片想いしていたときのように・・・・・

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