第13回 友達の言葉
『一応家の都合で行けなかったってことにしといたけど、明日はどうだ?クラス全員応援に行くことになってるけど』
英二との電話で、隼人は無意識に奥歯を噛みしめていた。
「ごめん・・・英ちゃん、俺行けないわ」
『・・・・・・仕事か?』
「ちょっと・・・打ち合わせがあって、何時に終わるかわからない」
一瞬か、それとも永遠とも思える長い時間が経過して、隼人と英二は互いに電話を切った。
今、何を考えればいいのかわからない。
ただ自分1人だけがクラスメートの応援に行けないことが悔しかった。
◇
「こういうのを恐れていたんです」
その日、たまたまスタジオに来ていた一宮が隼人の電話の様子を見ながら呟いた。隣では無表情のリーダーの透也の姿がある。
「彼は繊細だ。たぶん何かで目立つよりも、輪の中で友達と一緒に納まっていたいんですね」
「そう・・かもしれませんね」
透也はわかっていたのかもしれない。隼人の性格からして、きっとクラスの輪についていけないことがどんなにこたえるかということが。
それでも、デビューしたいという感情には敵わなかった。
「だけど、隼人にはそれを乗り越えてもらわないと困ります」
ひどい言い方かもしれないが、これは当人の問題だ。他人が口出しできることではない・・・・・
◇
夏休みの補講日、隼人は久しぶりに学校に顔を出した。今までも何回か補講があったのだが、仕事の関係で行くことができなかった。
うしろめたい気持ちで教室の扉に手をかける。
結局野球部は負けてしまったと後から菜穂に訊いて知った。
ガラッ・・・・・
「おっ!隼人だー!お前今までサボりかよー」
「ほんとだー!隼人君おはよー」
「隼人ー」
意外にもクラスメートみんながにこやかに出迎えてくれて、隼人は拍子抜けした。
あれっ・・・?1度も応援に行かなかったこと怒ってると思ったのに・・・
そこで、ようやく英二が上手くフォローしてくれたんだと気づいた。彼の席を見てみると、ちょうど英二と目が合った。
しかし、その表情はなかった。
「英ちゃん、いろいろ迷惑かけてごめん」
英二の席に行ってまず謝ると、なんとなくいつもよりよそよそしい態度で笑っただけだった。
「どうした・・・?」
そう隼人が訊ねたときだった。
「あ、西村君だ。おはよー」
「おはよー」
佐山友紀が今登校してきて隼人に挨拶してきた。そのとき、英二が別の方向を見たのがわかった。
「なんか久しぶりだね。西村君見るのって」
「そんなことないだろ。こないだ俺佐山さんち行ったじゃん」
菜穂と初めてデートしたときのことだ。DVDの配線をつないだことを思い出した。
「そっか・・・そうだよね」
友紀は曖昧に笑って、そのまま友達に呼ばれてそっちに行ってしまった。
後には、隼人と英二が残った。
「―――なぁ、佐山さんち行ったって、なんで?」
いつもより何倍もローテンションな声で英二が呟いた。この時点で、隼人は英二が怒っていることに気づき始めていた。
「・・・・・佐山菜穂とつきあうことにしたんだ、俺」
「はっ・・・?隼人、お前友紀のことが好きだったんじゃねぇの?」
「・・・それは昔の話だよ」
そう言ったとき、唐突に英二が動いて隼人は自分の胸ぐらを掴まれていた。
「―――っ!!」
だけど、周囲の目を気にしてかすぐに放してくれた。
「英・・ちゃん・・・・・?」
「お前なんにも知らないようだから教えとくよ。今まで俺1人でお前のフォローしてきたわけじゃない。佐山さんはお前がアルトのボーカルだって知ってたんだよ。だけどそんなこと言わずに黙ってお前のフォローしてきたんだ・・・」
「――えっ」
「佐山さんはずっとお前のことが好きだったんだよ。お前がアルトとして活動している間もいつも支えてたんだ・・・・・俺だってずっと佐山さんのことが好きだったんだ・・・・・」
「―――っ」
「隼人なんか・・・・・友達じゃなけりゃよかった・・・・・」
どの言葉も英二は小声で話していたので、周囲には会話の内容は聞こえていなかっただろう。
隼人は足元がぐらぐらするのを感じた。
知らなかった・・・・・英ちゃんが言ったこと、全部・・・・・・
◇
改めてわかった。自分がどれだけ英二に迷惑をかけていたということが。
「はぁー・・・・・」
デビューするときはきっとこれからもこんな生活が続いていくんだと漠然と思っていた。
しかし、現実は甘くない。
悩んでいちゃいけないことぐらいわかっている。
だけど、こたえた。英二が、友紀が。今までどんな思いで隼人と一緒にいたのか、支えてきたのか。
・・・・・自分はなんにもわかっていなかった。
『友達じゃなけりゃよかった』
その言葉が1番痛かった。