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アルト  作者: 若林夏樹
12/18

第12回 彼女の家で

「私たちって・・・つきあってるんだよね・・・?」

 一瞬どきっとしてしまった。この後の奈穂の言葉が怖かった。


「―――俺はつきあってるつもりでいたんだけど、佐山さんは違うの?」

 もっと男らしく言えたらいいんだけど、今の隼人にはそれが精一杯だった。情けない。本当に頼りない。

 やっぱり菜穂は不満に思っていたんだ。俺は全然菜穂のこと考えてなかったもんな・・・


 だけど、菜穂は頬を少しだけ赤くして急に向こうを向いてしまった。

「・・・佐山さん?」

「今こっち見ないで」

「へ?なんで?」


 見るなと言われると見たくなる。しかし、隼人は奈穂が照れていることを知っていた。

 こんな小さなことで喜んでくれることが嬉しい。だから、何も言えないでいることが辛かった。


「佐山さん」

「ん?」

「俺・・今は言えないんだけどちょっとしたバイトみたいなのやってるんだ。それで・・・あんまり一緒にいられないかもしれない」


 菜穂はきょとんとしていたが、やがて小さくこくんと頷いた。

「そんなに忙しいバイトなの?」

「忙しいときもあるけど、そうでもないときもある」

 曖昧にしか答えることができなかった。


「・・・下の名前で呼んでくれるんならいいよ」

「え?」

「佐山さんってやめてよ・・・・・・呼び捨てでいい」

 菜穂にきっと睨みつけられ、そういえばやめろと言われてから1度も呼んでいないことに気がついた。だから、時々反応が微妙だったのか。


 改めて顔を菜穂に向けると、彼女はあさっての方向を見ている。

 あ・・・今・・・

「菜穂」

 名前を呼んでみて振り返った彼女に、隼人は初めてキスをした。


            ◇


「ただいまー。あれ、なんか靴がある」

 それは突然の出来事だった。ちょうど部屋にあったDVDを菜穂と一緒に見ているとき、玄関のドアが開いた。

「お母さんだ・・・!」

「えっ嘘!」


 まさか帰ってくるなんて考えていなかったから、まるで浮気でもしていたかのように慌ててしまった。

 しかし、驚いている間にリビングの扉が開いた。

「菜穂?・・・・あれ、友達?」

「あ、うん・・・・・彼氏」


 現れたのはどこかで見たことがあるような清楚な女の人だった。言われなくてもわかる。この人が菜穂のお母さんなんだ。

 そんな人と、今隼人は目が合っている。

「は、はじめまして・・・!菜穂さんとおつきあいさせてもらってる西村隼人といいます!」

 緊張で上手く口が回らない。とにかく好印象を持たれることだけを考えていた。


「あらー!はじめまして、菜穂の母です。やだ言ってよー。そうしたらいいもの買ってきたのに・・・」

「あ、あの・・お気遣いなく」

 隼人の言葉のすぐ後、玄関のほうから姿を現した人物と目が合った。

 佐山友紀だった。そうだ、2人は双子なんだった。


 だけど、隼人が挨拶しようとしたときにはすでに顔を引っ込めてしまい、友紀がリビングに現れることはなかった。


            ◇


 翌日の共同スタジオ。

「よっしゃ!行くぞ」

 基本的にアルトは一発録りはしていない。ノリのいい曲でたまに行うが、演奏内容が甘くなるような気がするからだ。

 その代わりマルチトラック録音というものでレコーディングをしている。時間がかかってしまうが、1人1人の音がちゃんと確認できるのだ。


 今は和馬のレコーディングが行われている。

「和馬のベース、最近さらに上手くなったことね?」

 隣に座っていた直人が感心しながら訊ねてくる。

「今はベースが恋人なんだって言ってました」


 アルトとしてやっていくために、大切な人と別れた。それが和馬のケジメだった。

 いつかアルトとして成功し、そのときに隣にその大切な彼女がいればいいと隼人は思う。

 それだけ本気なんだってことがわかったから。


 隼人にはまだわからない。

 だけど、真実を菜穂に話したときに決めよう。案外なんでもないことのように言ってくれるかもしれない。


 リーダーがヘッドホンをはずしてこっちに歩み寄ってきた。

「まだレコーディング続けるけど、2人とも大丈夫か?」

「「もちろん。大丈夫っす」」

 時刻は夜の9時を回っている。


 そのとき、ケータイのマナー音がした。慌てて部屋から飛び出して着信画面を見てみたが、英二からだとわかった瞬間、画面がふっと消えてしまった。

「あれっ?電池切れちゃった」

 少し考えたが、

「隼人ー、次お前の番だぞー」

 直人に呼ばれて、すぐに忘れ去ってしまった。だから、英二がどんな用でかけてきたのかなんて隼人が考えることはなかった。


 結局その日は専用スタジオで寝てしまった。

 だから、それを知るのは翌日の夜、レコーディングを終えてようやくケータイを充電したすぐ後のことだった。


「――応援?」

 英二の用は、野球部が夏の地区予選で順調に勝ち進んでいるため、クラスのみんなで応援しに行くというものだった。

 隼人のクラスに野球部のレギュラーが6人もいた・・・・・隼人だけが行かなかったそうだ・・・・・・

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