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アルト  作者: 若林夏樹
10/18

第10回 幸せ

 翌朝のニュース。芸能のコーナーでアルトのことが報じられた。

 自分が出ているものを見るのは妙に照れくさかったが、デビューしてもどうしても隼人は気になることがあった。

「どう?母さん」


 それは、テレビに映った自分が、本当に西村隼人だとわかるかどうかだった。

「んー・・・っていうか座る席が悪いんじゃない?1番奥なんて顔全然見えないし、横顔じゃない・・・誰もアンタだって言われなきゃわかんないわよ」

「マジで?よかったー」

「はぁ?それが嫌だったんじゃなかったの?」

 母は心底不思議そうに訊ねてくる。


「まだクラスのみんなには言わない」

 デビューしたけれど、クラスメートにそれを言うつもりはなかった。というか、それが一宮プロデューサーの言葉だった。


『隼人君、君は卒業するまで周囲にはアルトだということは伏せておいてください』


 理由はわからなかったが、卒業するまではアルトのテレビ出演もないらしい。

 とにかく隼人は自分の正体がバレないようにしなければならないのだ。

 結局昨日は本番前に帽子を取らなくちゃいけないことに気づいてヒヤヒヤしたが、実の母親がわからないというのだから大丈夫だろう。


           ◇


 しかし、小心者の隼人はやっぱり肩身が狭い思いで登校した。

「よっ!隼人ー」

 たまたま会った友達に挨拶されたとき、一瞬心臓が飛び出るかと思った。昨日の生放送のときとはまた違った緊張だ。



 最も緊張したのは佐山友紀におはよーと言われたときだ。彼女は確かアルトが大好きだと言っていたはずだ。

「風邪大丈夫?」

「う、うん。もう大丈夫」

 しどろもどろになりながら答える。とにかく昨日の話からすぐに離れたかった。


「英ちゃんって来てる?」

「あ・・うん。来てるよ・・・」

 そのとき、なぜか友紀の様子がおかしいことに気づいた。そういえば、この前も英二の様子がおかしかったような気がする。


 そのとき、英二が戻ってきた。なんとなく様子がおかしい。

「英ちゃん、おーっす・・・」

 相手の反応を(うかが)いながら隼人は挨拶をする。

「ああ・・隼人か。おっす」

「ああって・・・・お前どうしたんだよ。元気ねぇな」


 隼人の問いにすぐには答えず、英二は教室を見渡した。そして、ある一点で止まったかと思うと、目を伏せてしまった。

 振り返ってみると、そこにいたのは・・・佐山友紀だった。

「佐山さん・・・・・?」


 視線を英二に戻すと、すでにそこにはいなかった。

 隼人が真実を知るのは、それからしばらく後のことだった。


            ◇


「――昨日?」

「うん。俺休んでる間になんかあった?」

 別のクラスの菜穂に、さっき感じた違和感のことを訊ねてみたが、

「さぁ・・・別に昨日の友紀は普通だったけど」

「そうだよなぁ・・・」


 お昼休み、たまたま学食で会った隼人たちは一緒に屋上でごはんを食べることにした。

 人が他にいないため、2人だけになると妙に緊張してしまった。隼人は買ったばかりのパンの袋を開けた。


「いつもそういうものなの?」

 隣に座っている奈穂がパンを見ながら言う。

「まあ・・・ウチの親、朝早いときが多いからなー」

「もし迷惑じゃなかったらさ・・・私作ってきてもいい?」


 一瞬、隼人の思考が全て停止した。

 マジで?なんかよくある彼女に弁当作ってきてもらうってヤツか?

「うん・・・!楽しみにしてる!」


 その一言で奈穂がはにかんだように笑ったのが嬉しかった。

 こういうのを平凡な幸せっていうんだろうな・・・なんかいいな、こういうの・・・


            ◇


 1週間後、次に発売予定のアルバムのレコーディングが行われた。

 その最中に、マネージャーの池田からその連絡を受ける。

「週間オリコンチャート1位!?池ちゃんマジでぇ!?」

「超マジー!!」


 池田と和馬のノリはめちゃめちゃ合う。漫才コンビだ。

 ちなみに池田は三十路(みそじ)前。臨機応変な男で、一見軽そうに見えるのだが、上司の前ではかなり礼儀正しくなる男でもあった。


「やったな隼人!初めての歌詞がオリコン1位だぞ!」

 直人の声で和馬も集まってきて、なぜだか隼人は袋叩きになってしまった。

「う・・うれっ・・嬉しいです!」


 こんなに幸先がよくて逆に怖くなる。これ以上の幸せはもう絶対ないだろう。

 隼人はたった今感じている幸せを十分に噛みしめた。

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