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かくして、少女は死と踊る 〜虐げられた少女は悪の道を歩む〜  作者: 八束
【急】第三章 燃えさかる鏑矢をつがえて
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(14)赤毛の女

 地震だ。先刻よりも激しい揺れに、不安定な足場は立っていることすらままならない。陥落穴のそこかしこから響く声が一斉に騒がしさを増し、クラエスの腕にしがみついた私の耳に木霊《こだま》した。

 ――幻聴だろうか? それにしては、ひどく胸がざわつく……。

「陳鎮雨はお前に《リエービチ》を移植したんだ。

 小型のモーターと複数のセンサーで稼働するバイオニクス義足とは異なり、ルスラン・カドィロフの作った一対の足――白鳥と黒鳥は魔術的な機構を持つ『生体』だ。内蔵するナノマシンには槍と同じ微生物が搭載されている。かれらは生体に移植されると、ある条件下では失われた部位を補う。神経系を再構築するんだ。金属の足を、本物と遜色ない足に変えていく……」

 地震に動じることなく、エレノアはその場に佇んでいる。小刻みな揺れが地面の砂を舞い上げ、黒い粒子は煙幕のように私たちの視界を遮った。

「――『ドヴッジャイラ』は生物兵器だ。宇宙より来たる悪魔の使者。ルスラン・カドィロフは兵器を考案した際、微生物の頂点を制御することで悪魔をコントロールしようとした。その結果が、一対の義足だった。

 微生物の上位種にして、その司令塔となる《女王》は、唯一生体に寄生をする。本来は繁殖のためだが、ルスラン・カドィロフはその核だけを取りだし、黒鳥へと入れ込んだ。微生物は義足の持ち主を《女王》と誤認し、《女王》の発する電気信号を意思と認識して失われた神経系を構築する。それが義足の仕組み。

 ――ゆえに黒鳥が稼働しなければ、白鳥も機能はしない。かれらは集団意識を統制する『女王』、その宿主以外には従わないからだ。……本来であれば。

 ――もう一度聞く。黒鳥はどこだ?」

 視界が黒ずむ――その瞬間、剣戟の音が火花とともに打ち鳴らされた。

 急激に間合いを詰めたエレノアが、私たちの正面に迫っていた。私の腕を振り払ったクラエスが、小剣でエレノアの半月刀《シャムシール》を受け止めている。

 数秒に渡る押し合いの末、クラエスの手から小剣が弾き飛ばされた。

「そこを退け、クラエス。――その娘を渡すんだ」

 クラエスは拳銃を掴んだが、この揺れでは照準を定めることもままならないようだった。彼は無言で頭《かぶり》を振り、私を庇うように前に踏み出す。

「ならばここでお前を始末するしかあるまい。私が直々に手を下してやるんだ、感謝するといい」

 大振りの半月刀《シャムシール》の柄を握り直しながら、エレノアは淡々と答えた。そんな彼女に対し、ふと、クラエスが首を傾げる。

「――そういう貴方のお仲間はどこへ?」

 言われて見れば、相応の地位にあるはずの彼女が単身この場にいるのも奇妙な話だ――彼女は唇をゆがめ、吐き捨てるように言った。

「……バラドの仕業さ。あの男が裏切った。地下水路《カナート》の脱出経路を水で塞がれたところを、毒ガス騒ぎだ。即死レベルでは無いにしても、皇帝直属軍《イェニチェリ》の大半は無効化されたよ」

 「残念ながら私は耐性があるからな」と、エレノアは続ける。

「政治的な道具として――女王《クイーン》の子として生まれた。昔から毒を盛られているのは慣れている」

「たとえ青酸ガスであっても――皇帝直属軍《イェニチェリ》の標準装備であれば、強行は無理な話でもない。ここに貴方ひとりでいるのは、貴方の個人的な思惑があるように思えてならない」

「……ただの気まぐれさ」

 エレノアは形のよい眉を跳ね上げ、再度、剣を振りかぶろうとする。その瞬間、大きく湾曲した刃をかいくぐり、クラエスが深く踏み込んだ。

 銃のグリップで、エレノアの右肩を強かに殴る。

「―――っ!」

 ――昨日、クラエスが撃った肩だ。軍衣から覗く襯衣《シャツ》がじわりと赤く染まり、彼女の体勢が揺らいだ。その隙を見逃さず、クラエスが私の腕を掴んだ。

 断続的な地震が続くなか、クラエスは荷物か何かのよに私の体を抱えた。

「待て!」

「待ちません」

 そして脱兎のごとく駆けだしたのだった。

 クラエスが向かう先は、穴の果て。黒く侵食された地面のむこうに、東ブロックの道が見えていた。

 飛び込み、息をつく暇もなくクラエスが走る。東ブロックの構造は、一見すれば西側と大差ないように思われたが――その無機質な床や壁、低い天井の至るところにまで、植物の根が張るように、漆黒の糸が無数に張り巡らされていた。

 そしてその糸は、現在進行形で伸びていた。遺構のより深い場所を目指して。

 クラエスの腕のなかで揺られながら、私はその異様な光景を眺めていたが――ふと前方に視線を向け、目を瞠《みは》った。

「クラエス、道が!」

 角を曲がった先に続くはずの廊下が、途中で消失していたのだ。

 先程の『穴』と同様に、ぽっかりと陥落している。クラエスは舌打ちをして、足を止め――私をその場に下ろすと、ぴったりと壁に背中を寄せた。

 拳銃を構え、角のむこうを窺う。

 ――数十秒か、もっと長く。痛いほどの沈黙があたりを包んだ。

 そしてカツン、と長靴《ちょうか》が床を打ち鳴らす。すかさず身を乗り出したクラエスは、引鉄《ひきがね》を弾こうとして――私の視界から、消(・)え(・)た(・)。

 乾いた発砲音だけがむなしく響く。そして私の視界に映ったのは、天井を抉っただけの弾丸――銃を奪われ、襟首を掴まれたクラエス。その体が、壁にむかって勢いよく投げ飛ばされた光景だった。

 クラエスの体はずるずると床にくずれ落ちた。低く呻いたかと思えば、頭《こうべ》を垂れる。意識を失ったのだ。

「……鬼ごっこはここまでか?」

 大振りの半月刀《シャムシール》を左手で引きずりながら、エレノアが私と彼の間に立った。もつれ合う赤毛を頭《かぶり》を振って流し、ゆっくりとおとがいを上げる。

 深い青色の瞳が、私を睨みつけた。

 私はちらりと壁の側面を見やった――換気口が目に留まる。そしてすさまじい威圧感を放つ女へと、視線を戻した。

「……黒鳥なら、前に言ったとおりよ。ウルヤナ・ファランドールが所有しているわ」

「彼は死人だ」

「でも、持っている。私にはそれしか分からない」

 エレノアは低い声で笑い――「馬鹿らしい」と呟いた。

 背が高く大柄な彼女は、巨大な影のように私の前に立ちはだかっている。そのむこう側で倒れたクラエスを視界に入れ、拳を握りしめた。

 そして彼女を睨みつけると、頭を左右に振った。

「……なるほど」

 エレノアはふいに半月刀を背面の鞘に仕舞った。かと思えば、突然、私に掴みかかってくる。なすすべもなく仰向けに転倒した私に跨り、手を振りかぶった。

「歯を食いしばれ、ユリアナ・ファランドール」

 必死になって抵抗するが、大きな手に両腕をまとめて掴まれる。

 そして次の瞬間、平手で頬を打たれた。

「――一〇年前、何が起きた? なぜ義足が分散した?」

 頬の内側の粘膜が切れ、鉄の味が口の中に広がった。

「……っ」

 私に答える暇も与えず、エレノアはさらにもう片方の頬を叩いた。歯を食いしばりながら、私は涙のにじむ目で彼女を睨み続けた。

「ウルヤナ・ファランドールは本当に死んだのか。陳鎮雨はなぜお前に《リエービチ》を移植した? あの足さえ持ち出さなければ、あの男は死ななかったというのに――なぜお前のような小娘を生かすことを選んだのだ?」

「……っ、らないわよ、そんなこと――」

 さらに頬を殴られ、舌を噛んだ。私の視界でふと頭《こうべ》を垂れたエレノアの表情を、長い前髪が覆い隠す。

 彼女は強い力で私の顎を掴んだ。骨が割れそうだった。鼻先に顔を寄せ、至近距離に青い目が迫る。彼女の赤く染まった襯衣《シャツ》が、視界の隅に映り――むせるような血の匂いが漂った。

 彼女の呼吸は切れ切れとしていて、肌は青白かった。

 しかし色を失った唇を開き、彼女はなおも怒声を轟かせるのだった。

「なぜこの国には祈るべき神がいない……私たちは理不尽に生き、理不尽に死ぬ。死んだ相手を弔う方法すらない……ただ生きて死ぬだけ……他人の道具として使い捨てられ、使い捨てて……なぜお前が私の前に立ちはだかる!? 死してまであの男は私に背くのか。

 ――あの日生かした命をもって、なおも私をあざ笑うつもりなのか!?」」

 そのとき、ズン、と地上から突き上げるような揺れが私たちを襲った。そこかしこに張り巡らされた「糸」が一斉に周囲を侵食する。狙(・)い(・)す(・)ま(・)し(・)た(・)かのように、私たちのいる足場を黒く染め上げた。

 床が崩落しかけているのだ。

「……っ、クラエス……!」

 祈るような気持ちでクラエスの名を叫んだ。その瞬間、いよいよ床に穴が開きはじめ――エレノアが舌打ちとともに私の上を飛び退いた。

「――ユリアナ!」

 と同時に、視界に見慣れた金髪が映った。意識の戻ったクラエスが、私の腕を掴んだのだった。足場が無くなる間一髪で、彼に体を引き上げられる。そのままふたりもろとも地面に倒れ込んだ。

 しかしその地面もほどなく崩れることが予見され――とっさに、私は側面の換気口を見た。この際、迷っている暇はない。目線だけで示し合わせ、クラエスが換気口の蓋を蹴破った。幸い、内側のダクトは人が通れるだけの幅があった。

 内部のダクトは横方向にむかって伸びていた。クラエスを中に押しやり、後を追って私もそのなかに潜り込んだ――ダクトの内側にまで黒い糸は侵食していたが、不思議とそこはくずれる気配がなかった。

 ただザワザワと、《何か》の声が聞こえるだけ。それが何の言語なのか、私には分からない――焦燥感だけをかき立てる声。

 先導するクラエスの後を追って、金属の板の上を這い進もうとした私は、その瞬間、何者かに右足を掴まれた。

「……っ」

 ――エレノアだった。

 ともすれば義足を引っこ抜かれそうな力に、私は金属板に爪を立てた。

 しかし彼女の腕力には敵わないまま、じりじりと、入り口に向かって体が後退していく。

「ちょっと、もうっ、いい加減、離しなさいよ……!」

 自由な左足でエレノアの頭を蹴りつける。しかし彼女の手は離れない。

「離すものか……絶対に……!」

 じたばたともがいても埒が明かない。それどころか、クラエスとの距離が引き離されていくだけだ。私はとっさにスカートのポケットに手を突っ込み、「それ」を取り出した。

 薬莢の先端に突き刺さったピンを、義足の側面に思い切り叩き付ける――間を置かず、火花が散った。

 その瞬間、閃光と激しい噴煙がダクト内を覆った。

「っ、なによ、花火!? ぜったいウルヤナが作ったやつよ、これ!」

 ――爆薬ではなかった。しかし明るい光が破裂した瞬間、私の義足を掴む手が緩んだ。必死になってその手を振りほどき、彼女の頭を蹴りつけた。

 ダクト内を這い進めば、その先で、いち早く外に出たクラエスが私の腕を掴んだ。

 立て続けに、ダクトの奥で火花が弾けるのが見えた。それをもろに食らったのか、エレノアの呻き声がかすかに反響する。

 彼女の姿を見届けることはなく――私はダクトの外へと引っ張り出されたのだった。


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