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元ボクサーは異世界でお姫様となる  作者: シュヴァリエ
2/2

目覚め

 ボクシング日本タイトルマッチをチャレンジャーとして挑んだ青葉司は、最終ランドまで戦い抜くも、チャンピオンとの激しい打ち合いの中、その意識は失われていた。

 

 意識を失いながらもリングに足を着き、倒れる事なく戦う事が出来たのは、司がそれまで練習で築き上げた肉体と勝ちたいと思う強い意志によるものだろう。

 

 チャンピオンとチャレンジャー、両者は倒れることなく最終ラウンドの終わりを迎えた。


 しかし、司が判定結果を自分の耳で聞く事も、自分の足でリングを降りる事も無かった。


 司は、意識がないままリングを後にしたのだ。


 そして、彼が次に意識を取り戻した先は、見知らぬ部屋のベットの上だった。


(ここは?)


 司が目覚めてまず目にしたものは、自身の記憶にない天井。


 虚ろな意識の中、自分が何故ここにいるのかを考える。


 自身にある最後の記憶を思い出す。


 チャンピオンとの死闘


 そして、結果の分からない勝敗


(そうか… 俺… 負けたのか…)  


 司は最終ラウンドまで戦い抜き、勝負を判定結果という形まで持っていく事ができた。


 けれど、彼には最後までリングに立っていたという記憶は無い、途中でチャンピオンに倒されたと考え着くのは自然な事だった。


(一からやり直しだな。もう一度、あの場所を目指そう)


 ベットから体を起こし、胸元で軽く握った拳を見つめながら、再びチャレンジャーとしてチャンピオンに挑むことを誓った司だが、


(ん?)


 その時、彼は視線の先にある、自身の(こぶしを見て違和感を感じた。


(小さい……)


 司が見つめる自身の手は、それまでボクサーとして鍛え上げた物と違い、小さく、そして酷く頼りない物へと変わっていた。

 

 ギュッ…


 握った手を緩め、今度は力を込めて再度握る。


(力が入らない…)


 ボクサーである司の手の握力は、どんなに調子の悪い時でも最低60キロはあった。

 

 ところが、目の前にあるその手は、本来彼が持っている握力の半分もあるかどうかという微妙なもの。


(ええ! どういう事、俺の手、なんかめちゃくちゃ弱ってるんですけど! こんなんじゃ戦えない、相手を倒すどころかダメージだって与えられるかどうか、下手したら逆に俺の手の骨が折れるんじゃないか? もしかして俺… かなり長い間寝たきりの状態だったんじゃ……)


 司は自身の体がこれまで長い間昏睡状態だったのではと考えたのだが、目の前にある小さな手を見てすぐにその考えを捨てた。


(いや、これ、衰えたとかじゃないよな?)


 こぶしを緩め、指を開き、手首を反転させ手の平と甲を交互に見る司。


(なんか、すごく綺麗で若々しいんだけど……)


 今までボクシングを含め、25年間共にしてきたはずの彼の手は、細く華奢ではあるが、とてもなめらかな潤いを持つ綺麗な手へと変わっていた。


 その変化は、とても衰えによるものとは思えなかった。


 むしろ、若返ったとさえ感じさせる。


 その手を見つめ、若干うっとりする司。


 力は入らないが、綺麗な手ではある。


 今迄の自分の手と比べ、不自然と感じる程に。


 だが、司が感じている一番の違和感はそこではない。


「やっぱり小さい、これじゃあ大人というより子供の手じゃないか」


 司が言うように、目の前にある自身の手は25歳の大人の手というには余りに小さく、10~12歳の子供の手と言った表現の方が正しかった。


(痩せた… とかの問題じゃないよな)


 信じられない、何故だ? そんな気持ちでいっぱいになりながら、じっと手を見つめる彼に突如横から声がかかる。

 

「そりゃあ、子供の手だもんね」

 

 いつから居たのか、見知らぬ少年がベットに腰を掛け、ニコニと笑顔で司の顔を覗き込んでいた。


(イケメンだ)


 イケメンだった。


 急な不意打ちの様に表れた少年は中性的なイケメンだった。


 しかしこのイケメンには語弊がある。現時点での少年の事ではなく未来を見据えての表現だからだ。


 近い将来きっとモテモテだろう。


 司はまず初めに、少年の髪に目が行った。  


 男性にしては長く、女性としてはショートと言われる部類。


 トップの髪が耳にかかる程度、それでもその髪がどんなに伸びようと崩すことのなさそうな直毛、少年という若さによるものか、瑞々しく潤いを保っている。

 

 更に目に付くのは色、金髪なのだ。


 染めたものではなく、司にとっては初めて生で見る天然の金髪、思わず触れたくなる程に奇麗な金色の輝きを放っている。


 そして、その上質な髪に合わせたかのような大きく二重な目、高く筋の通った鼻、唇は髪と同じく潤いを持ち色気を感じさせた。


 そんないきなりの美少年の登場によって、呆気に取られている司を余所に、少年は話かけるわけでもなく、まるで自分自身の考えに納得するかの様に司を見ながら優しく口を開いた。


「何となくだけど、悪い人じゃないと思うな」


 少年は、その顔立ちに見合った綺麗な微笑みを見せながらそう呟く。


(どうだろう… 自分じゃ悪い人ではないと思うんだが… いざ面と向かって言われると自信がない。それに、何だ? 何故か目の前にいるこの少年が俺に話しかけている気がしない、まるで俺からの返事を期待していないかの様な、寝ている人や、言葉を話す事が出来ない動物に話しかけてる感じがする。 しゃべりかけて… いいのかな?)


 独り言としかとることの出来ない少年の言葉に、反応すべきかどうか躊躇したが、このままでは気まずいと思い、とりあえず司は思った事を口にした。


「どちらかといえば悪い人じゃない…… と思いたい今日この頃です」


(んん? あれ?)


 司は、目が覚めてから初めて発した自分の声に違和感を覚えた。


(これ俺の声か? 喉を痛めたのか、やけに高く感じるぞ)


 喉に手を当て首をかしげる。そんな彼に、少年が目を見開き、驚いた様な顔をして司を凝視していた。


 さらに付け加えると、少年は固まっていた。


 微動だにしない、呼吸すらしていないのではと思わせる程に。


(え? 何だ? 俺、なんかまずい事言っちゃった!?)


 突然動かなくなった少年を見て司は焦った。


(え、え、何? 一体急にどうしちゃったの?  俺が喋ったから? 俺が喋ったせいでこの子は動かなくなったの? 死んで… ないよね?)


 司は恐る恐る、生死を確かめようと固まった少年に右手を伸ばし、触れようとした。


 すると、


 ガシッ!


(うお!)


 先程まで微動だにしなかった少年は、まるで水を得た魚の様に急に動き出し、伸ばした司の右手を逆に左手でつかみ返して来た。


 そして、司の目をしっかりと見つめ力強く問いかけた。


「君、僕が見えるの!?」と、


(僕が見える? はて? 何を言ってるんだこの子は?)


「まあ、視力は良いからね」


 おかしな事を言う少年に視力を自慢する司。内心、生きていて良かったとホッとする。


「違うよ! そうじゃなくて!」


 手をバタバタとさせ、今度は慌てふためく少年。

 

 表情に至っては、泣いているのか笑っているのかさえ分からない程に取り乱している。


(よし、一旦落ち着かせよう)


 この時、目の前の少年を落ち着かせようとした司の脳裏に、一瞬物騒な選択肢が浮かんだ。


 ジャブ

 左ボディーフック

 右ボディーフック


 司も司で慌てふためいた。


(おいおい、なんだよ。ジャブにフックって、他人を落ち着かせるのにパンチの種類が浮かぶほど俺って危ない奴だったか? これは落ち着かせるじゃなくて動きを止める選択肢だ。寝起きだからボケてるのかもしれない。俺も落ち着かなくては、こういった場合はやっぱりあれだよな、あれ)


 司は幼い頃より人見知りな面があり、特に子供とはどう接していいか分からない程だった。


 しかし、プロのボクサーといえど生活を安定させる程の収入が無かった司は、副業として始めたスイミングスクールのコーチのバイトをする事で、子供達と気軽に話せる様になっていた。


 バイトを始めてから五年経った今では、一般のスクールに通う子供達とは違い、大会を目指して練習する選手の子供たちも任されるようになっていた。


 初めの内は司への選手の子供達の反応は今一だったのだが、真面目に指導に取り込む司を見て感化され、次第に選手の子供達にとって最も信頼されるコーチの一人となった。


 そんな子供達に悩みや相談を持ち掛けられた時、司がよく取る行動が一つある。


 それは、子供達の頭に手を乗せ撫でる事。


 その行動は不思議と子供達を落ち着かせる効果と、司自身が冷静になって子供たちの話を聞く事が出来る果があった。


 そして、その行動を今この場で実行に移そうとする。


 司は少年に近い右手を上げ、そのまま取り乱している金髪の美少年の頭に手を置こうとした。


 ところが、


 スルッ


「なに!!」


 少年の頭に乗せたと思った司の手は、少年の頭をすり抜け、少年の胸の位置まで下がってしまった。


「キャッ、何するんだよ!」   


 両手で胸を隠すように抑え、こちらを見ながら後ろへ飛びのく少年。

 

 目には若干の涙が浮かんでいる。


 よく見ると、少年の胸は僅かに膨らんでいた。


 様に見えたがそうでもなかった。


 むしろ悲しいくらいに平坦な草原だった。


 

 ここに来てようやく一つの誤解が解かれる。


 金髪の美少年は、美少年ではなく金髪の美少女だったのだ。


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