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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第二章

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50 栽培条件

ブクマ&評価ありがとうございます!


「しかし、この麦にそんな効果があるとはねぇ」



 机の上に置かれた古代小麦を繁々と見ながら、コリンナさんは感心したように言った。


 パスタを作った翌日、蒸留室に行くと、すぐに皆に囲まれた。

 コリンナさんから古代小麦について聞いていたらしい。

 元々、蒸留室には薬草に興味のある人達が集まっている。

 こうなることは予測できた。

 ただ、その時点ではまだ第三騎士団の人達から話を聞いてなかったので、すぐに解散となったけどね。


 もちろん、それで終わりとなる訳がない。

 騎士団の待機所にポーションを届けに行き、戻ってきたところで再び囲まれた。

 そして皆に調査の結果を説明することになったのだ。



「麦にも色々な種類があって、この麦は特に含まれる栄養素が豊富なことで注目されていました」

「例の薬膳ってやつかい?」

「厳密には違うのですけど、似たような感じです」



 古代小麦に注目していたのは中世ヨーロッパの、とある修道女さんだ。

 趣味のアロマセラピーの本を探しに本屋に行った際に、偶々見かけた本でその修道女さんのことを知った。

 その修道女さんは健康を維持するためには食事が重要だと考えていたらしい。

 そのせいか、医学や薬草学に通じた人だったらしいけど、食文化にも大きな功績を残したそうだ。

 そして、そのときの本に古代小麦のことが書かれていたのよね。



「そうかい、益々興味深いね。他に注目されていた物はないのかい?」

「色々あり過ぎて、すぐには説明できないです」

「なら、おいおい教えてもらうことにしようかね。まずはこの麦からだ」



 スーパーフードと呼ばれ、注目されていた食材はあるけど、実はよく覚えていない。

 背中に冷や汗をかきながらごまかせば、とりあえずの興味は逸らせたみたいだ。

 コリンナさんは古代小麦を摘み、ぶつぶつ言いながら何かを考え始めた。

 前に言っていた、新しいポーションのレシピを考えているのかもしれない。

 しかし、小麦からポーション……。

 どんな物が、できるんだろう?

 麦……、飲み物……、ビール?

 あれは大麦か。



「上級HPポーションより効果が高い物ができそうですか?」

「おや、セイは更に効果が高いHPポーションを作りたいのかい?」

「はい。色々調べてみたのですけど、上級より上の効果を持つポーションのレシピは見つけられなくて」



 料理に追加された効果から、古代小麦をポーションにすることができれば、私が作ろうと思っていた上級ポーションよりも効果が高い物ができるのではないかと思った。

 秘伝のレシピのように、今までの上級HPポーションに古代小麦を追加したらできないかななんて安易な考えもある。

 今まで散々文献を探して見つからなかったけど、コリンナさんなら何か知ってるかもしれないという淡い期待も。

 何の気なしにコリンナさんに問い掛ければ、思いも寄らぬ答えが返ってきた。



「昔はあったんだけどねぇ」

「えっ!? あったんですか?」

「あぁ。だけど、今はもうないね」



 もうないの!?

 衝撃の新事実に、思わず目を見開いた。

 周りを見回せば、蒸留室の人達の間では知られている話らしく、同じように驚いている人はいない。

 再びコリンナさんを見れば、奥の部屋へと手招きされた。

 ついて行くと、コリンナさんが鍵付きの扉が付いた本棚から一冊の本を取り出し、ページを開いた。

 色々なポーションのレシピを書き記した物のようだ。



「ご覧。これが最上級HPポーションのレシピだ」

「これが……」

「効果も高い分、値段も高い。使われる薬草が元々簡単に手に入る物じゃなくてね。恐ろしく高価だったのさ。それに、蒸留室(ここ)ですら作れる人間がほとんどいなかった」



 薬師の聖地と言われるだけあって、クラウスナー領にいる薬師さん達のレベルは高い。

 実際に王都の薬師さんと比べても、クラウスナー領の薬師さんの方が製薬スキルのレベルも、経験も段違いなのだそうだ。

 ここの筆頭薬師であるコリンナさんの言うことだから、贔屓目も入っているかもしれない。

 ただ、王都の薬師さんがどの程度なのかは知らないけど、研究所の人達と比べても、蒸留室にいる薬師さん達のレベルは高かった。

 研究所では私だけだったけど、ここには上級ポーションを作れるほどの製薬スキルを保持する人が何人もいるのよね。

 それでも、最上級ポーションを作れるほどのレベルとなると、現在はいないらしい。


 これほど優秀な薬師が集まるのに、過去には作れていた最上級ポーションが作れなくなったのには理由がある。

 材料である薬草が採れなくなり、製薬スキルのレベルを上げることができなくなったからだ。


 その薬草は元々クラウスナー領よりも北にある地方でしか採れなかったらしい。

 更に、北の地方でも生えている場所は限られていて、それこそ深い森の奥の方に行かないと見つけられなかったそうだ。

 そんな珍しい薬草だったけど、ある時を境にクラウスナー領で栽培できるようになった。



「え? 栽培できたんですか?」

「あぁ、できていた(・・)んだよ」

「できていた(・・)?」



 微妙な言い回しに首を傾げると、コリンナさんは詳しく教えてくれた。


 かつてクラウスナー領には非常に優秀な薬師さんがいた。

 その薬師さんは今に伝わる製薬の基礎を築いた人でもあり、この国の製薬の祖とも呼ばれているそうだ。

 クラウスナー領の薬師さん達からは、敬意を込めて、【薬師様】と呼ばれているその人は、やはりと言うべきか、なんというか。

 なんとかと天才は紙一重というやつで、変わり者としても有名だったらしい。

 口さがない人達は【薬師様】のことを、薬草狂いと呼んでいたそうだ。


 そう。

 この【薬師様】がクラウスナー領で様々な薬草を栽培できるようにした人でもある。

 それまでは自生している物を採るしかなかった薬草を、ポーションを自由に作りたいがためだけに栽培方法を確立させてしまったのだ。

 材料が採れないなら、採れるようにすればいいじゃないと言ったかどうかは、定かではないけど。


 最上級ポーションの材料である薬草も【薬師様】が栽培方法を確立させた薬草の一つだ。

 もちろん、いくら栽培方法を確立させたと言っても、そう簡単に栽培できる物ではないらしい。

 コリンナさん曰く、育てるためには色々と条件があるそうだ。



「栽培するための条件は秘匿されていることも多くてね。はっきりとはしていないが、恐らく何らかの条件が不足するようになったんだろう。最上級ポーション用の薬草が育たなくなったんだよ」

「条件が秘匿されているんですか?」

「あぁ。全ての条件を知っているのは、ごく一部の人間だけさ」



 そこまで言って、コリンナさんは本棚から更に一冊の本を取り出し、私に手渡した。

 開かれることもなく手渡された本の表紙とコリンナさんの顔を見比べる。

 開いてみろという風に顎をしゃくられたのでパラパラとページを捲ったが……。

 思わず眉間に皺が寄ってしまったのは当然だろう。

 そこに記述されていたのは、たった今秘匿されている(・・・・・・・)と言われた内容なのだから。



「あの……。これって、私が見てもいいんですか?」

「ここの責任者である私がいいって言ってるんだ。問題ないだろう?」



 そういうものなんだろうか?

 疑問に思いながらも、お目当ての薬草について書かれているページを探す。

 ほどなくして見つけたページを読んでいると、隣に立って見ていたコリンナさんがポツリと零した。



「一応、機密事項だ。他言は無用だよ。まぁ、条件が分かったところで、どうしようもできないこともあるがね」



 コリンナさんの言葉の意味が分かるのは、もう少し読み進めた後だった。


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