舞台裏06-01 地方
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「報告は以上です」
「ご苦労」
スランタニア王国の国王は、報告を終えた文官が部屋を出ると、執務室のドアが閉まるのを見届けてから溜息を吐いた。
同席していた宰相も暗い表情で、執務室には重い雰囲気が漂う。
国王は机の上に置かれた書類を一枚、手に取った。
「地方の様子は相変わらずか」
「はい。王都周辺が落ち着いてきたこともあり、益々陳情が増えているようです」
「そうか」
セイによって西の森に現れた黒き沼が消滅してから、王都周辺の魔物の数は以前と比べて明らかに減少していた。
魔物の湧きが問題になる以前と同じくらいに。
色々な不都合があり、今までセイに関する情報は限りなく秘匿されていたが、魔物の減少はそうはいかなかった。
【聖女召喚の儀】の成功は貴族達の間で既に話題になっていたこともあり、今回の状況から必然的に【聖女】の活躍が囁かれるようになったのだ。
そうなると、今まで黙っていた貴族達も行動を起こすようになった。
今までは王宮の騎士団も王都周辺の治安を維持するため、地方に手を回す余裕はないだろうと、地方の領主達も理解を示していた。
しかし、王都周辺が落ち着いてきたことから、自分達だけで魔物に対応するのも限界に近かったこともあり、王宮に対して自分達の領に騎士団を派遣するよう、要請するようになった。
地方の様子は国王達も把握していたため、そろそろ騎士団の派遣を行なおうとは考えていた。
そこに問題はない。
問題は【聖女】だ。
領主の一部には、自分の領地が最も大変だと声高に叫び、【聖女】の派遣を要請してきた者もいたのだ。
「予想していたこととはいえ、これらの要請全てに応えることはできんな」
「【聖女】様の派遣については後ほど考えるとして、騎士団については優先順位をつけて、高いものから順に派遣していくしかありますまい」
「そうだな。今最も問題になっているのはクラウスナーか」
机の上には、各領地からの騎士団や【聖女】を派遣して欲しいという嘆願書が積まれていた。
王宮に届いた嘆願書は文官達によって一度精査されている。
国王の下へ届いたのは、西の森と同じく黒い沼が発生している可能性が高い領地からの嘆願書だった。
その山の一番上に置かれていたのは、スランタニア王国でも一、二を争う薬草の産地であるクラウスナー領からの物だ。
精査した者によって、最も優先度が高いと考えられ、一番上に載せられた物である。
国王は顎に手をやりながら、手に持った書類を眺めた。
「魔物も問題になっているようだが、それ以上に薬草の栽培に問題が出ているようだな」
「今期の王都への搬入量が少なかったのは、そのせいですか」
「そのようだ」
国王が眺めていた書類を宰相に渡す。
書類に一通り目を通した宰相も重く息を吐いた。
クラウスナー領からの嘆願書には、魔物の増加が薬草の収穫に影響していることが、騎士団の派遣を要請する理由として記されていた。
もちろん、クラウスナー領でも、他の領地と同様に傭兵団を雇い魔物に対応していたのだが、追い付かなくなったようだ。
クラウスナー領が普通の領地であれば、優先度は高くならなかっただろう。
しかし、かの領は屈指の薬草産出地であり、薬草の収穫に影響が出ていることから優先度が高くなった。
薬草はポーションの材料となるため軍事物資の一つでもある。
クラウスナー領は出荷される薬草の量もさることながら、他の地では栽培できない薬草を栽培していることでも有名だ。
代替がきかない軍事物資に影響が出ていることから、文官達もクラウスナー領が最も優先度が高いと判断したのである。
「それにしても、酷いものだな。これでは市場もさぞ影響を受けるだろう」
「王宮への納入を一時的に停止し、市場への供給量を確保するよう指示しましたが、恐らくは……」
嘆願書に記されている薬草の収穫量は前年の半分程度となっていた。
近年、クラウスナー領での収穫量は減少傾向にあったのだが、この一年の減少率は異常である。
薬草が領の主要産業となっている地の領主としては非常に危機感を覚えたのであろう。
これでは嘆願書を送ってくるのも無理はないと、国王と宰相は思った。
「魔物か……」
国王は机の上に両肘をつき、手を組んだ。
視線を落として暫く考え込んで、ぽつりと言葉を漏らす。
頭に浮かんだのは、西の森で発見された沼のことだった。
セイが謎の術によって消滅させた沼は、瘴気でできていたのではないかと考えられている。
理由は二つ。
一つ目は、沼から魔物が湧き出していたこと。
魔物は一定以上の濃度の瘴気から生まれる。
更にセイと共に討伐に向かった第三騎士団の団長であるアルベルト達からも、沼に近付くにつれ瘴気が濃くなっていったと報告されていた。
二つ目は、沼が消滅した後、明らかに魔物の湧きが減ったこと。
沼がいつから西の森にあったのかは定かではないが、消滅してからというもの、明らかに魔物の数は減っていた。
沼があった周辺の瘴気も時間が経つにつれ、徐々に薄まっていると、監視していた者から報告が上がっている。
暗く淀んでいたことから沼と呼ばれているが、本質的には瘴気が湧き出る泉のような物かもしれない。
宮廷魔道師団の師団長であるユーリは報告と共に、そんな自分の見解を述べていた。
嘆願書から想像するクラウスナー領の現状を考えると、もしかしたら同じような瘴気の沼が、彼の地にも発生しているのかもしれない。
そうなると、問題の解決方法はただ一つ。
そう考えたのは国王だけではなかったようで、国王の考えを見透かしたように宰相が口を開いた。
「【聖女】様にも出向いてもらう必要があるかもしれませんな」
宰相の言葉に国王は頷く。
確定ではないが、解決までの道筋がついたにも関わらず、国王と宰相が纏う空気は変わらない。
重苦しい雰囲気の中、国王と宰相はこれからのことについて更に話し合うのだった。