32 出発
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秋になり、日の出の時刻も大分遅くなった。
目覚まし時計がないにも関わらず、こんな時間に起きれるようになったなんて、私も随分この世界に馴染んだなと思う。
もっとも、理由はそれだけではない。
何だかドキドキしてしまって、良く眠れなかったのだ。
まるで遠足に行く前の日の子供のように。
遠足とは違って、期待だけではなくて不安も入り混じっていたけど。
今日は西の森の討伐に出発する日だ。
ベッドから起き上がり、まずは歯を磨く。
磨きながら、今日の予定を思い返す。
そうしていると、段々と寝ていた頭が起きてくる。
顔を洗って化粧品で整えるまでが、いつものルーチンワークだけど、討伐中はこんな悠長なことしていられないかもなとも思う。
一応、持って行く荷物の中に小さめの瓶に移し変えた化粧品は入れてあるけどね。
それが済んだら、次は着替え。
今日から暫くはいつもの服は着ない。
討伐に着て行くのは宮廷魔道師団の人達が着ている物と同じローブだ。
ドレスとは違って、ローブだったら一人でも着れる。
戦闘することもあるからか、動きやすく、窮屈な感じはしない。
当然と言えば当然か。
ローブは数日前に渡されたのだけど、謁見の際に着ていたような派手なものじゃなくてよかった。
あんな綺麗な服、森の中じゃ目立つし、汚すのが怖いしで討伐には不便だと思うのよね。
髪を整えるのも忘れない。
いつもは下ろしっぱなしだけど、今日は邪魔にならないようにサイドの髪を後ろで纏めて髪留めで留める。
身支度が済んだら用意していた荷物を持って、階下に下りた。
始業には早い時間だけど、人の気配がする。
恐らく第三騎士団にポーションを届けるために早出してきた人達だろう。
研究所の入り口が少しだけ慌しい雰囲気に包まれている。
騎士団から依頼されていたポーションは昨日までに全て納品が終わっていた。
けれど、今回は私が参加すると言うことで、追加でポーションを持っていくことにしたのだ。
もちろん、第三騎士団にはその旨を伝えてある。
いきなり持っていっても、容量オーバーで荷馬車に載せられませんでしたってことになりかねないしね。
そして、そのポーションを運ぶための荷車に、私もついでに乗せてもらうことにしていた。
「おはよう、セイ」
「おはよう。ジュードも駆り出されたの?」
「あー、うん。まぁね」
研究所の入り口に行くと、ジュードがいた。
ポーションを騎士団に運ぶのに駆り出されたのだろうか?
ここまで早い時間にジュードが起きていたことなんて見たことがないから、起きるの大変だったんじゃないかな?
騎士団から注文を受けたポーションは、下働きの人が運ぶことが多い。
偶に気まぐれで研究員さんの誰かが運ぶこともある。
以前は私が休憩がてら騎士団まで届けることが多かったのだけど、最近は講義に出ていることもあり、他の人が運んでくれていたのよね。
今日の運搬は、かなり朝早くになるから、てっきり下働きの人が運ぶ物だと思っていた。
それなのにジュードがいるってことは、彼が運ぶのだろうか?
「もしかして、ジュードが運ぶの?」
「そうだよ」
「起きるの大変だったでしょ。朝早いから、下働きの人が運ぶんだと思ってた」
「ちょっと……、気が向いたからかな?」
思っていたことを伝えると、微妙な返事を返された。
少し気になって首を傾げたけど、明確な理由は教えてもらえない。
まぁ、いいか。
それ以上追及はせずに、ポーションの積み込みを手伝った。
載せ終えれば出発だ。
「セイ」
「所長?」
荷車に乗り込んで出発しようとすると、所長に声を掛けられた。
ジュードに引き続いて所長まで珍しい。
「どうしたんですか?」
「どうしたんですかって、お前……。見送りに来たんだろうが」
「えぇ!?」
見送りって……、それだけのためにこんなに朝早くに出勤してきたの?
驚いていると、凄く呆れた顔をされた。
所長だけでなく、ジュードにまで。
え? 何? 私が悪いの?
「まぁ、いい。討伐は大変だろうが、気を付けて行ってこい」
「ありがとうございます」
「危ないと感じたら逃げろ。いいな?」
「は、はい」
いつになく真剣な表情で言われて、反射で肯いてしまった。
しかも、頭を撫でられるオマケ付きである。
どうしたんだろう?
不思議に思いつつも、時間が迫っていたこともあり、それ以上は追及せずに荷車に乗った。
「それじゃあ、いってきます」
一言挨拶をして荷車に乗り、研究所を後にする。
走り出してすぐに振り返り、手を振ると、所長と下働きの人も振り返してくれたのが見えた。
「なんか、えらく大げさだったわね」
暫くしてから、先程疑問に思ったことを口に出すと、隣に座っているジュードが苦笑した。
そういえば、ジュードも呆れた顔をしていたわね。
「それはまあ、そうでしょ」
「えぇ?」
「だって討伐だよ? 俺も学園にいたころに行ったことはあるけど、東の森だったしね。でも今回は西だろ? あそこは本当に危ないから」
東や南の森と比べて危険だとは聞いていたけど、そんなに?
よくよく思い返せば、サラマンダーがいたり、魔物が大量発生していたりと、言われたとおり危険な場所だった。
今まで行った森で魔物に遭わなかったから、中々実感が湧かないのか、もしくは脳が考えることを拒否しているのか。
それ程、危ない場所であれば、所長のあの態度も納得ができる。
「本当に気を付けてね」
「うん」
「本当にだよ? 薬草を見つけたからって、一人でふらふら移動しないように」
「わかってるわ」
ジュードにまで心配そうに言われてしまった。
如何せん、今までのことがあるから、その忠告には素直に肯くしかない。
新しい薬草を見つけても勝手に移動しないようにしようと気持ちを引き締めた。
暫くして騎士団の隊舎に到着すると、更に気持ちは引き締まった。
慌しく最後の準備をする騎士団の人達の雰囲気が緊張感をはらんでいたからだ。
その緊張感が私にも伝染した。
ジュードと共に荷車から降りる。
ジュードが騎士団の下働きの人に話しかけると、下働きの人が次々と荷物を降ろし、騎士団の荷馬車へと積み直して行く。
それを眺めていると、ジュードが戻ってきた。
顔を見上げると、先程の所長のように真剣な顔をしている。
ジュードも心配してくれているんだなと思っていると、するりと左手を取られ、指先を握りこまれた。
「無事に戻ってきてね」
「ありがとう」
ここに来るまでに色々と聞いていたからか、見送りの挨拶は言葉少なめだった。
お礼を言うと、ジュードは一度だけ視線を地面に落とした後、にっこりといつもの笑顔を浮かべて、研究所に戻っていった。
それを見送り、私も踵を返す。
目的の人物を探すためだ。
暫くうろうろしていると、向こうが見つけてくれたようで、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「セイ」
「おはようございます」
「おはよう」
近くに来た団長さんに挨拶をする。
文官さんとの事前の打ち合わせで聞いた話では、今回私は第三騎士団と共に西の森まで移動することになっていた。
魔法の練習に付き合ってもらっていることもあって、第三騎士団には顔見知りの騎士さんが多いので、これには助かった。
あまりよく知らない人達にずっと囲まれているのも疲れるしね。
後のことを考えると、なるべくなら移動の間に疲れたくはない。
騎士さん達に後で聞いた話によると、第二騎士団と第三騎士団のどちらが私と行動を共にするかで少々争いがあったらしい。
第二騎士団の、私に対するあの謎の陶酔っぷりを見ると、然もありなんって思う。
正直なところ、あの陶酔していますって態度で接せられるのは非常に居心地が悪いので、第三騎士団に決まってくれてほっとした。
どうも師団長様の後押しがあったようだ。
副師団長のインテリ眼鏡様は団長さんのお兄さんらしいので、その関係もあったのだろうか?
グッジョブです、師団長様。
「セイは西の森までは馬車で移動するんだったか?」
「そう聞いてます」
「そうか……」
文官さんから聞いた話では、王宮から西の森までは少し距離があるので馬車で移動すると聞いている。
騎士さん達は馬に乗る人が多く、第三騎士団から馬車に乗って移動するのは私くらいらしい。
一人でずっと馬車の中というのも退屈かもしれないけど、移動の間寝ていれば気にはならないだろう。
しかし、何故だか団長さんの表情は険しい。
私が一人で馬車の中というのを気にしているんだろうか?
そんな疑問は馬車の近くまで来たときに解消された。
「セイ様、おはようございます」
「あれ? 師団長様?」
私が乗る予定っぽい馬車の側に師団長様が立っていた。
聞いていた予定では宮廷魔道師団は、そちらの隊舎から出発することになっていたはずだけど……。
「おはようございます。いかがされたんですか?」
「ご一緒させていただこうかと思いまして」
「一緒って……、もしかして馬車を、ですか?」
「はい」
師団長様は微笑みながら肯いた。
私の隣で渋い表情をしている団長さんとは対照的だ。
「移動には時間が掛かりますし、その間に馬車の中で魔法のことについてお話しようかと」
「講義として、でしょうか?」
「はい。馬車の中ではお一人だと伺っていますし、退屈なさるかと思いまして」
「そうですね……」
寝ていようかとも思ったけど、魔法の講義をしてくれるというのは、それはそれでありがたい。
討伐に行っている間は講義を全てお休みしないといけなくて、討伐の間に忘れなければいいけど、と少し心配していたのよ。
「ありがとうございます」
「いえ。さて、そろそろ出発の時間でしょうか?」
「そうだな」
お礼を言うと、師団長様の笑みが深くなった。
師団長様の言葉に周りを見回すと、そろそろ準備も完了したようで、それぞれ馬に乗って待機している人が多くなってきていた。
団長さんと師団長さんに促され、馬車の乗り口まで移動する。
乗り込む順番はレディーファーストなのか、私が最初だ。
乗り口が高い位置にあるので、入り口の枠を掴んで上ろうとすると、そっと横から手が差し出された。
手の主を見ると、団長さんだった。
何となく気恥ずかしいけど、お礼を言いつつ、差し出された手に自分の手を載せる。
こういうエスコートにも慣れたなぁ。
マナーの講義のお陰もあるのかしら?
少しばかり現実逃避をしつつ馬車に乗り込むと、思ったよりも広い。
座席にはクッションや毛布が置いてあり、快適に過ごせるように心配りしてもらっていることが窺えた。
ありがたい。
奥の方に腰を下ろすと、続いて師団長様が乗り込んできた。
隣に座られたけど、前に王都に行ったときに乗った馬車よりも車内は広く、それほど気にはならない。
うん、イケメン密着旅は切に遠慮したい。
馬車の扉が閉められ、少ししてから動き出した。
西の森までは約一日かかるらしい。
師団長様から魔法の講義を受けつつ、西の森についても話を聞いてみることにした。