164 そして頭を抱える
ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!
「合同討伐の誘いか……」
「はい!」
使節団に戻り、師団長様がウキウキとした様子でテンシャク殿下と会った際のことを報告すると、案の定、カイル殿下は額に手を当て項垂れた。
カイル殿下の横に控える側近の人も沈痛な面持ちで視線を落とす。
やっぱり、面倒事ですよね。
魔物討伐。
「これは、【英雄】殿を鑑定してしまった我々に対する意趣返しだろうか?」
「恐らく、そうではないかと思われます」
項垂れたまま呟くカイル殿下に、横の側近さんが答える。
意趣返しとは?
私の隣に立つ団長さんに視線を送ると、気付いた団長さんが小さな声で教えてくれた。
ザイデラの主要戦力である【英雄】殿の力量は、軍事的に重要な情報だ。
ざっくりとした情報は漏れても仕方ないとしても、詳細な情報はあまり大っぴらになって欲しくないものでもある。
特に他国には。
それを師団長様は鑑定魔法で丸裸にしてしまった。
軍事的に重要な情報をこちらだけが握ったのだ。
ザイデラ側としては面白くないことだろう。
そこで、こちら側の戦力を把握するために今回の合同討伐を提案してきたのではないかというのが団長さんの予想だ。
折しも、今回やらかしたのはスランタニア王国随一の魔道師である師団長様だ。
師団長様の戦力が把握できれば、ザイデラ側としても痛み分け。
更に、師団長様の護衛として付いて行くことになりそうな団長さんの戦力も把握できれば、満足といったところか?
多分、カイル殿下達も似たようなことを予想しているのだろう。
こちらとしても、師団長様や団長さんの実力を知られるのは、あまり嬉しくないことのようで、カイル殿下は黙したまま考え込んでいる。
「こちらから先に手出ししてしまった以上、断ることはできないな」
「はい。難しいと思います」
「はぁ……」
大きな溜息を吐いた後、カイル殿下の頭は更に下がってしまった。
それを痛ましそうに見る側近さんは、さりげなく胃の辺りに掌を当てていた。
なるほど、胃が痛むんですね。
後で、下級HPポーションでも差し入れようかしら?
いや、状態異常回復用のポーションの方がいいかな?
胃炎にも効くって前にうちの研究員さんが言ってたし。
「最大限に譲歩して、ドレヴェス師団長とホーク団長が参加するのはいいだろう。だが……」
言葉を切り、カイル殿下は何故だか私を見た。
えっ? 何?
「セイ様も同行する必要があるかと」
「駄目か?」
「何もなければ、ここに残る戦力だけでも問題はないかと思います。しかし、ドレヴェス師団長とホーク団長はこちらの最大戦力ですから」
「側にいる方が安全か」
「はい。それに、通訳できる者も必要です。セイ様以上にザイデラ語に通じている者はおりません」
なるほど。
問題になっているのは、師団長様が討伐に行っている間の私の所在か。
カイル殿下と側近さんの会話から、こちらに向けられた視線の意味を悟る。
「普通の通訳が討伐に参加するのは不自然ではないか?」
「例にないことだと思いますが、セイ様の安全を考えれば仕方がないことかと。それに、討伐は皇都周辺で行うと聞いています」
「ザイデラでも皇都周辺の魔物は、それほど強くないのだったか」
「仰る通り、我が国と同様だと耳にしております」
スランタニア王国と同様ということは、討伐先の魔物の強さは黒い沼があったゴーシュの森と同じくらいなのかしら?
流石に王立学園の授業で行く王都東や南の森程弱くはないわよね?
だとすると、私が付いて行って、まともな討伐になるんだろうか?
だって、ほら、ねぇ?
【聖女】って、そこにいるだけで弱い魔物は出てこなくなってしまうし?
「ならば、セイ様の手を煩わせる事態は起こらないか」
「絶対とは言えませんが……」
「ドレヴェス師団長とホーク団長の実力を把握されるのも問題だが、セイ様の力を把握されてしまうのが最も問題だ。表立てば間違いなく目を付けられる」
あー。
カイル殿下が私の参加を渋っていたのは、そういう理由もあったのね。
確かに、テンシャク殿下に目を付けられるのは丁重にお断りしたい。
だとすると、通訳以外の仕事はしない方が良さそうね。
テンユウ殿下には研究所で働いていることがバレていることもあり、この機会に薬草の採集、いや、観察くらいはしたいなって思うけど……。
今回は薬草観察は主目的ではないし、そのために皆の足を止めるのも不自然だ。
ここはスランタニア王国じゃないから、無理も言えない。
大人しく諦めよう。
「セイ様」
「は、はい!?」
邪なことを考えていたところに名前を呼ばれて、思わず声が引っくり返る。
怪訝な顔をするカイル殿下に冷や汗が流れる。
ちゃんと話は聞いていましたよ?
大体だけど。
疚しい気持ちを隠すように、何でもない風な笑顔を返すと、カイル殿下は続きを話し出した。
「申し訳ありませんが、貴女も討伐に同行していただきたい」
「分かりました」
「ただし、戦闘行為は行わないように」
「それは魔法を使わないということでしょうか?」
「そうです。聖属性魔法はドレヴェス師団長も使えます。必要があればドレヴェス師団長に使ってもらってください」
カイル殿下が言う通り、全属性の魔法が使える師団長様は当然、聖属性魔法も使える。
けれども、普段は攻撃魔法しか使わないんだけど、大丈夫かしら?
カイル殿下からの命令なら、流石に使うかな?
少し心配になったので、カイル殿下の言葉に頷きつつも、代替案の確認を取った。
魔法は使えずとも、回復の手段は他にもある。
「ポーションの使用は大丈夫でしょうか?」
「必要があれば構いません。しかし、こちらもできれば使用するのは中級までとしていただきたい」
「中級までですか?」
「研究所から提供されているポーションは効果が高いですから」
これは……。
研究所からというか、私が作ったポーションが問題なのね。
五割増しの呪い故、一般のポーションよりも効果が高いから。
察するに、ポーションの効果の高さもザイデラ側に知られるのはまずいということか?
「中級なら上級だと誤魔化せますが、上級だと誤魔化せないからということですか」
「そうだ」
考え込んでいる間に、師団長様がカイル殿下に意図を確認していた。
誤魔化すのを肯定している辺り、察した内容で正しかったようだ。
「では、我々も使うのは中級までとします」
「あぁ。ポーションで回復できない場合は魔法で対応して欲しい」
「承知いたしました」
続けて、カイル殿下の意図を汲み取った団長さんが口を開いた。
ポーションの効果の高さを知られたくないのなら、私だけじゃなくて他の人達が使う分も制限されるわよね。
魔法で対応して欲しいと言ったところで、カイル殿下が師団長様を見た。
師団長様は視線を受けて、団長さんと一緒に大人しく頷いていたけど、その表情から微妙に不満がありそうだった。
本当に大丈夫かな?
そこはかとなく一抹の不安が過る。
「まぁ、回復魔法が必要になるようなことが起きる可能性は低いと思いますけどねぇ」
ポツリと呟かれた師団長様の言葉は、思いの外、室内に響いた。
何となく周囲を見回せば、師団長様だけでなく団長さんとも目が合った。
視線は雄弁だ。
言わない。
分かってるけど、私からは何も言わない!
私がいたら魔物の数が減るなんて!!
むしろ遭遇しないことを心配する必要があるなんて!!!
気不味い思いを抱えながらスルーしていると、次の話題へと移った。
そうして、その他にも細々としたことが決められた。
ザイデラ側には討伐に参加する旨を返信し、後は当日になるのを待つばかり。
なお、薬草の観察も控えるようお願いされた。
大丈夫です。
言われなくても。
ちょっと残念だけど。